2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
永遠の不服従のために(64)

思想や芸術は、国家や君主を言祝ぐのを本来拒むものだ

 上の今回の表題は辺見さんの本文の中に出てくる一文です。

 2003年10月23日に「でたらめ都知事」が学校の儀式での国歌・国旗の強制通達を出したが、これが私がブログを始めたきっかけだった。はじめの数ヶ月ほどはこの問題に関連した記事ばかりを書いていたと思う。その後も折に触れて国歌・国旗問題の記事をずいぶん書いてきた。ここでは、まだ読んでいない方に是非勧めたい記事を二つだけ紹介しておこう。
『「日の丸・君が代」強制賛成論批判』(ちょっと長いです)
『世界の国々での学校における国旗・国家の扱い』
 では「オペラ」を読んでみよう。

オペラ
深い思想や芸術というものは、人々をけっして直立不動や敬礼に導かないはずだと思うのです。それに、オペラと「君が代」の組み合わせはいかにも無粋です。
           (翻訳家Mの私へのEメールから)

 友人の翻訳家Mが女友だちとワシントン・オペラの「オテロ」を鑑賞しにNHKホールに行った。7月10日、水曜日、あの台風の夕に。オテロ役のプラシド・ドミンゴの「最上質の天鵞絨(ビロード)のような」テノールを聴くのを昨秋からずっと楽しみにしていたから、おりからの激しい雨も風も気にならなかった。それに、やっとのことで手に入れたS席六万五千円のチケットである、台風だろうが地震だろうがむだにするわけにはいかなかったという。ところが、六時半の開演直前、まったく予想もしないことが出来した。二階席から時ならぬざわめきと拍手が聞こえてきたのだ。はてなにかと見上げれば、首相コイズミ堂々の入場であった。ああ、興がそがれるじやないか、と内心舌打ちしたそのとき、指揮者のワレリー・ゲルギェフとオーケストラがMをさらに驚愕せしめる挙にでた。なんと、コイズミ入場に合わせるように「君が代」の演奏をはじめたのである。いうまでもなく、これは演目にはない。Mは大いに困惑したのだが、満員の客はそうせよというアナウンスもないのに一斉に起立し、声にだしてうたう者も少なからずいて、これまたMをたじろがせた。オーケストラは「君が代」終了後、米国国歌も演奏し、「オテロ」開演はそのあとになったのだそうだ。とんだ災難ではある。

 さて、Mとその女友だちの身体は、「君が代」プラス「ザ・スター・スパングルドー・バナー」(米国国歌)のダブルパンチにどう反応したのか。Eメールによると、「ずっと座っていました。いや、その長かったこと。隣を見ると、彼女も涼しげな顔で着席していました。そうするようにべつに二人で打ち合わせたわけではありませんが……」。眼をこらすと、右前方にもぼつんと一人だけ座ったままの男がいたけれども、ホールは見わたすかぎり直立者の群れであったから、着席したままのまつろわぬ者たちは、目立ちたくなくても目立ってしまう結果になったという。その風景に私は興味を抱いた。Mは起立しなかったわけについて冒頭のような文を書き送ってきたのだが、「無粋」だから立たなかったのだ、というごくあっさりしたものいいに私は感心した。オペラ鑑賞に行ったのに、なにゆえ予告もなく「君が代」を聴かされなければならないのか。まして、なぜに起立しなくてはならないのか。一万歩譲歩しても、コイズミに対するに「君が代」とはこれいかに、ではないか。そのように反発する少数者の気分と権利と身体動作もまた、嫌煙者の権利同様に護られなければならない――などと、私ならやや肩肘張っていいつのったかもしれない。

 だが、どう語りどう書こうが、この種のことは、いうは易く行うは難しなのである。同一方向を向いた数千人の直立者の樹林が現にここにある。樹林の多数の者たちが同じ歌をうたっている。その樹林に和するか和さないか。無心に起立し素直にうたうということのできない個体にとっては、まさに思案のしどころである。起立したところで、自分以外のだれも責めてくるわけではない。逆に、起立しなければ、周囲から譴責(けんせき)の視線を浴びる可能性がある。一方では、和して同ぜずといった、インチキ政治家ふうのいいわけだってないわけではない。つまり、しぶしぶ起立はするが、うたうまではしないといった中間的選択肢もありではないか。「君が代」に心の底から同調しているわけではないこの国の自称革新政治家や新聞記者や作家やテレビキャスターやオペラ評論家らの大方も、苦笑いするかしないかのごまかしの差こそあれ、起立くらいはしているのである。なに、ほんのちょっとの我慢じやないか。さあ、どうするか。

 私はやはり、Mたちの選択にくみする。すなわち、暗い樹林の底に身も心も沈めて、ああいやだ、ああいやだとあの憂鬱な歌の終わるのを首をすくめて待つほかないのである。かたくなにその姿勢をとるのは、だれのためでもない、自分のためだ。自分の内心の贅沢のためである。思想や芸術は、国家や君主を言祝ぐのを本来拒むものだ。Mのいうとおり、直立不動や敬礼を求めてくるとしたら、それは芸術でも思想でもありえない。あれは特別の歌だ。この国の歴史への反省というものをまったく欠いた歌である。あの歌の詞を私は好まない。あの歌が引きずっている途方もない暴力の歴史と、濡れた荒縄でじわじわ心を締めつけてくるような音律を私は好かない。まつろわぬ者への暴力をほのめかすような、あのドスのきいた音階が不気味だ。そのことを、おそらくゲルギェフは知らなかったにちがいない。ゲルギェフ・ファンの私としては、正直、少しばかり失望もしたのだけれど、彼にはなんの罪もないのである。あの歌をどう考え、どう対応するかは、もっぱらこちら側の問題なのだから。ゲルギェフの振るムソルグスキーやチャイコフスキーのすばらしさは、このたびの一件によっても減じられることはないだろう。ただ、私が聴きに行くコンサートでは、後生だから、あの歌だけはやめてほしいものだ。

 あの日、公務も台風被害もものかは、オペラ鑑賞を敢行した首相を当然ながら野党が批判した。それへのコメントを記者団に求められて、彼は「文化を理解しない人はそういうね」と一蹴したのだそうだ。差別的用語をこの際承知で用いるならば、この田舎センスまるだしのコイズミの得意満面ぶりを記者諸氏はもう少し深く解析してみたほうがいい。神風特攻隊や「海行かば」に涙し、靖国を愛し、かつジョージ・W・ブッシュの忠犬でもある御仁が、同時に、世人より文化を解するのだそうである。臍(へそ)で茶をわかすとはこのことだ。オペラに行くのは結構である。だが、人に迷惑をかけずに、もっと粋にひっそりとやれないものか。だれが演出したのか、「オテロ」開演前の「君が代」と「ザ・スター・スパングルド・バナー」ですっかり悦に入り、終幕後にはドミンゴらと握手して大はしゃぎ。このミーハー独裁者につける薬はどうやらなさそうである。

 心優しいわが友Mは、むろん、私のように口汚くコイズミをなじりはしない。六万五千円を返せともいいはしない。コイズミ登場に鼻じろみ、あの歌には座して耐えて、ずぶ濡れになって帰宅したのだそうだ。さんざんみたいなものだが、それでも行ってよかったという。ドミンゴの声にはやはり聴き惚れた、生きていてよかった、と興奮していうのであった。

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永遠の不服従のために(64)

横浜市議会での日の丸掲揚問題(2002年5月)

 辺見さんは『不服従』第1章②節で「わあがあよおは―」という表題で国歌「君が代」問題を取り上げている。私はこの論説を用いて《永遠の不服従のために(4)・(5)》で『「君が代」問題(1)』『「君が代」問題(2)』を書いている。

 ところで、『不服従』第6章の①「抵抗」と③「オペラ」はそれぞれ国旗問題と国歌問題を取り上げている。この2節を今回と次回に取り上げてカテゴリ『永遠の不服従のために』を終わることにする。


抵抗

さもなければ
この闇の誘惑から
逃れられるものとてなく 眼は
見出すだろう われわれが
われわれ以下になり下がったのは
ただわれわれのせいだと。何も言わい。こう言う――
われわれの生はまさしく
そこにかかるのだと。
  (ポール・オースター詩集『消失』の「信条」から 飯野友幸訳)

 たぶん高度の試薬だったのである、これは。民主主義の外皮をまとった抑圧的な政治と「民主主義的専制」の愚昧を検知するための。はたして、なにかが鮮やかに析出された。それは、民主主義は民主主義を破壊するというパラドクスであった。つまりこういえるだろう。形骸化した民主主義は本質的な民主主義を圧殺する、と。あるいはこうもいえよう。ファシズムはいま民主主義的にコーティングされつつある、と。

 横浜市議会の議会運営委員会が2002年5月末の議会から議場に日の丸を掲揚することを決めた。「市民の党」の議員だった井上さくらさんと与那原寛子さんはかねがね掲揚に反対していたが、少数会派ということで議運に出席できないため、本会議で議論するよう主張した。思想・良心の自由にかかわる重大な問題なのだから、少数会派もふくめたみんなで掲揚が妥当か十分に討議すべきではないかという理由からだった。ところが、意見は受け容れられず、同月29日、日の丸は掲揚された。彼女たちはこれに抗議、議長に発言を許可するよう求めたが無視されたため、掲揚をやめさせようと井上さんが日の丸のポールに手をかけた。それを咎めた議会事務局職員が井上さんにつかみかかり、議場外に強制排除。井上さんは手に負傷した。このことを理不尽とする二人は6月5日、約6時間にわたり議長席と議会事務局長席に座りこみ、再び職員らにより実力で排除された。市議会は同25日、自民、公明、民主各党などの賛成多数で、二人を懲罰のなかでももっとも重い議員除名処分とした。除名賛成の多数派によれば、彼女たちの行動は「議会制民主主義の否定」なのだそうである。

 時まさにW杯サッカーで国中がさんざめき、日の丸や「君が代」の風景が、第二次大戦以来もっとも事々しく、大々的に、またある意味ではかつてなく無邪気に演出されていたころだ。日の丸も「君が代」も、おのずと不可思議な"市民権"のようなものをえようとしていたともいえる。それだけに、白地に赤いあの旗の掲揚に異議を唱えるのには二人にとってそれなりの気合いが要っただろうし、逆に、彼女らの行動を誹(そし)る多数者側としては、時の勢いにでも乗ったつもりであっだろう。私個人はといえば、あの時期、数万の群衆が一斉に起立したり、声をそろえてひとつの歌をうたうというかおめくというか、おびただしい人間たちのそうした身体的同調が、おそらくその種のことをのべつやっていたかつての中国を知っているせいもあろう、正直、鬱陶しくてしかたがなかった。サッカーは嫌いじやないけれど、まつろわぬ者を許さない勢いの、あのさかりにさかった空気がなにより苫手である。だから、すこしもまつろわぬ女性二人の点景は、なんだか眼にとても心地よかった。

 井上さんたちの立ち居ふるまいをどう見るか、これはけっこう難易度の高いドリルである。期待される模範解答は、
「もとより二人の行為が穏当だとはいえない。だが、選挙で選ばれた議員の資格を失わせてしまうことの重さを、他の議員はどこまで真剣に考えたのだろうか」
「意見表明の場がなかったからといって、こうした行為が許されるはずはない。懲罰の対象にされるのもやむをえまい。しかし、いきなり除名とは何とも乱暴である」(朝日新聞社説)
あたりか。例によって、みずからは毫も傷つかない絶対安全圏からのご託宣である。けれども、極私的見解によるならば、これはかぎりなく屁に近い理屈である。だって、いつもながらひどく臭いもの。第一、社説は風景の中心を「処分問題」にすりかえてしまっている。処分が軽ければよろしい、とでもいうように。風景の中心には、しかし、あくまでもあの旗があるのだ。かりに100人のうち80人が日の丸掲揚に賛成したからといって、残り20人まで日の丸に恭順の意を表さなければならないいわれはない。100人のうち99人が「君が代」斉唱に賛成したからといって、反対する残り1人がともにうたうことを強いられるいわれもない。なぜか。旗の問題も歌のそれも、すぐれて大事な人間の内心の自由の領域に属するからである。それを侵すのは、一見民主的な手つづきをへたにせよ、暴力とすこしも変わらない。

 なにも議長席に座りこむことはないじやないか、6時間もがんばるとはやりすぎた、という議論は彼女たちを心情的に支持する側にもあるし、井上さん、与那原さんともに、それが最善の選択肢だったなどといってはいない。こうした身体的抵抗の程度の問題もまた、処分の軽重のみを論じるのと同様に、事態の本質を解析することにはつながらないだろう。どだい、ほどよい抵抗、歩どまりのいい表現など、どこの世界にもありはしないのだから。この国にはいま、多数意見による少数意見の切りすてが民主主義だとするまことに野蛮かつ原始的な思いこみが、国会から教育現場まで遍在している。こちらの倒錯のほうがよほど深刻である。今後、有事関連法案がまたぞろ態勢をよりいっそう整えて登場したらどうするのか。国会の手つづきをへて多数で可決されたのだから、みんなでこれを受容せよというのか。戦争構造を黙って支えろというのか。これに反対する政党が政権をとるまで100年ほど、ありとあらゆるでたらめを我慢しろというのか。戦争狂ブッシュが国会でさも偉そうに演説するのを、野次一つ飛ばさず、植民地国の怪しげな議員よろしく与野党ともに謹んで聴きたてまつる、ああしたやりかたが、議会制民主主義の「品位」というものなのか。女性二人の抵抗は、貴重な触媒となって、これら解答のけっして容易でない設問をも導きだしたと私は思う。

 米国は民主的な議会手つづきをへてブッシュに非道きわまる戦争発動権限をあたえた。全体主義的社会は福祉国家と戦争国家の特徴を生産的に統一する、とH・マルクーゼは指摘したことがある。ほぼ40年も前に。議会制民主主義と戦争国家の構築もまた、かならずしも矛盾しないのだ。今日ではとくにそうである。こうした時代にあっては、多数者を怖れて沈黙し服従することが、少数者としてどこまでも抵抗することより、何万倍ものひどい害悪を後代にもたらす。

 赤字部分はまさにアベコベ軽薄姑息うそつきカルト政権が作り出し続けている現在の「でたらめ状況」を予見した論調となっている。
永遠の不服従のために(63)

イスラエルの戦争犯罪

 ブッシュが行なったアフガニスタンへの戦争犯罪については『国家テロリズム(1)』『国家テロリズム(14)』で取り上げたし、ブッシュの二度目の戦争犯罪(イラク侵略)については『ポチ・コイズミの悪政(1)』『ポチ・コイズミの悪政(2)』などで取り上げた。(ただし『不服従』はイラク戦争以前に出版されているのでイラク戦争関連の記事はないので『いま、抗暴のときに』を用いた。)

 『不服従』第8章の④「一トン爆弾」は、ブッシュが全面的に支えていたというイスラエルによるパレスチナへの戦争犯罪を取り上げている。今回はこれを紹介しよう。

一トン爆弾

喉(のど)をからして叫べ、黙(もく)すな
声をあげよ、角笛(つのぶえ)のように。
私の民に、その背(そむ)き ヤコブの家に、その罪を告げよ。
           (イザヤ書第58章「神に従う道」から)

 一トン爆弾というしろものがこの世にいつごろ登場したのかは知らないが、太平洋戦争中の日本本土空襲ではすでに数多く投下されている。その爆風だけで大阪城の北東側天守閣のあの大きな石垣が乱杭歯(らんぐいば)みたいにずれてしまったのだから、とてつもない威力だ。

 1998年に豊中市で一トン爆弾の不発弾を処理したときのもようを調べていて驚いた。半径500メートル以内は立入禁止で、14,000人が避難し、阪急電車も運休したというのである。処理にあたった自衛隊が、それほどの破壊力を想定したということだ。ベトナムで着弾現場を見たことがあるが、クレーターに雨水がたまり、深く大きな池になっていた。米軍はベトナム戦争中に一トン爆弾でダムを破壊し洪水を起こそうとしたともいわれる。そのころから、あの爆弾にはさらに手が加えられ、いまでは電子誘導装置がつき、破壊力もいちだんと増した。

 イスラエル軍のF16戦闘機がその一トン爆弾をパレスチナ・ガザ地区の民家に投下、爆発させた。コンクリート造りの建物5棟が一瞬にして瓦礫になった。現地時間2002年7月22日深夜のことだ。これにより15人が殺され、250人が負傷した。死亡者のうち9人は子どもである。これはいわゆる誤爆ではない。イスラム原理主義組織ハマス幹部のシャハダ氏の爆殺が目的であったとイスラエル政府が公言している。だが、人を一人殺すのになぜ一トン爆弾なのか。爆破空間を広げて、ターゲットが逃亡できなくするためだったという。この作戦にあたり、軍幹部はアリエル・シャロン首相に対し、民間人多数に被害がおよぶことになると具体的に説明したのだが、シャロンはそれでも作戦実行を指示したとされる。これは明々白々たる虐殺行為である。

 イスラエル軍はこれまで、パレスチナ指導者殺害作戦に際しては、通例、破壊力のかぎられた小型誘導ミサイルをヘリから発射したり、特殊部隊に狙撃させたり、小型特殊爆弾をしかけたりしてきた。たとえば、ハマス軍事部門のアヤシュ司令官は96年1月、イスラエル秘密工作員のしかけた携帯電話爆弾で暗殺されている。これにしても残虐は残虐なのだが、あからさまな無差別殺戮(さつりく)については、82年の西ベイルートにおける大量虐殺が国際世論の非難を浴びてから、少なくとも表面は抑制するそぶりくらいは見せていなくもなかった。だが、このところのイスラエルによる殺戮行為はとても正気の沙汰ではない。干し草のなかの針一本をさがすのに、干し草全体を焼き払ってしまう米国方式(=日本軍も中国で同じことをした)を真似しているかのようである。いや、ここまでくると、イスラエルにはパレスチナ人とその居住空間、文化、社会を物理的になきものにしてしまおうという底意があるのではないかとさえ思えてくる。

 なぜだか、『ショアー』というドキュメンタリー映画を思い出した。ナチ収容所の生き残りユダヤ人ら38人の証言で構成した凄まじい大殺戮の記録であり、記憶の風景を映像化しえた奇跡的作品であった。これはまちがいなく20世紀ドキュメンタリー映像の最高傑作の一つであろう。ここには、被害者ユダヤ人たちの呻吟(しんぎん)と怨みのすべてがこめられていた。ショアー(SHOAH)とは、絶滅、破壊、破局を意味するヘブライ語である。しかしながら、これはいったいなんということであろうか。歴史の皮肉というさえ空恐ろしくなる。旧被害者ユダヤ人たちはいま、みずからがなされたショアーを、新被害者パレスチナ人に対し行いつつあるのだから。『ショアー』の監督クロード・ランズマンもまた、イスラエル政府のやり方をおおむね支持しているといわれている。なにをかいわんや、だ。ランズマンは映画でたしか「私は彼らに、決して滅びることのないとこしえの名を与えよう」(イザヤ書)を引用していたはずだ。「彼ら」とはユダヤ人だけなのか。冗談ではない。  人間は歴史に学ばないものなのだろうか。被害の歴史に学び、その途方もない痛みと嘆きの記憶から、金輪際、加害の側にはまわらないという決心ができなかったものか。想像するに、シャロン政権においてはどうやら被害の記憶が変形して、かつてみずからがなされたことを他者になさずにはいられない、逆転の妄執が支配しているかのようである。コンクリート塀をめぐらせてパレスチナ人を閉じこめる「防壁」作戦のイメージは、かつての絶滅収容所の冷たい壁やゲットーの記憶が変形して無意識に浮かびでてきたものではないか。人間はどこまで非人間的になることができるのか。前世紀から引きずっているこの根源のテーマが、ほかでもない歴史的にもっとも非人間的仕打ちを受けてきた者たちの非人間的行動の継承と繰り返しにより、いままたわれわれの眼前に立ちあがってきたことをどう考えればよいのか。

 シャロン政権にはもはやナチス・ドイツを非難する資格はない。それを全面的に支えているブッシュ政権にこれ以上、正義や人道や文明を語らせてはならない。理非曲直を明らかにするのはわれわれなのであり、まずもってブッシュやシヤロンたちを戦争犯罪人として告発すべきであると私は思う。米英両軍によるアフガン空爆についても同様だが、イスラエル軍によるパレスチナヘの一トン爆弾の投下に無関心でいられるとしたら、世界にはもういかなる見通しも出口も光明もない。慣れっこになっているというのなら、われわれは二度と人間の価値を口にすべきではない。これを座視できるのだとしたら、思想も芸術も学問もジャーナリズムもない。だがしかし、そう息まけば息まくほど、日本という国では赤錆のような疲労感だけが浮いてくる仕掛けになっているのはなぜなのだろう。ブッシュやシャロンの狂気をさして異様とも感じさせない別種の視えない狂気と無知が日本を覆っているからだろうか。

 と、ここまで書いたところで、ヨルダンにいる友人からEメールが届いた。アンマンのインターネット・カフエからだ。先日、死海のあの油のような水にぷかぷか躰を浮かせていたら、対岸の灯がおぼろに揺れて見えたのだという。死海の西側のその灯はとても悲しげで、とてもとても遠く思えた、とメールにはあった。ガザはさらに遠く、地中海沿岸だけれども、メールの向こうに私は一トン爆弾の野太く赤い火柱が立つ風景を思い描いた。

永遠の不服従のために(63)

有事法制(7)

 カテゴリ「有事法制」の最終記事として『不服従』の最終記事「仮構」を取り上げることにした。「仮構」はこれまで紹介してきた「有事法制」関連記事を集大成したものと考えられるが、さらに進んで「有事法制」関連法の中身を具体的に分析している。もちろん「有事法制」関連法の成立に加担しているようなマスゴミへの批判もさらに鋭くなっている。枕は次の通りである。
しかし、月と名づけられたきみを
あいかわらず月とよんでいるのは、もしかしたらぼくが
怠慢なのかもしれない。(フランツ・カフカ「ある戦いの記録」『カフカ全集2』から前田敬作訳)

 本文の冒頭に「クリシェ」という私の知らない言葉だでてくるが、どういう意味なのか。パソコンにインストールして利用している『英辞郎』は次のように説明している。
『cliche 【変化】《複》cliches、
【名】《フランス語》(陳腐な)決まり文句、月並みな考え、陳腐な表現』

 本文は次のように始まっている。

 例えば、月はもはや月ではないのかもしれない。ずっとそう訝ってきた。でも、みんながあれを平然と月だというものだから、月を月ではないと怪しむ自分をも同じくらい訝ってきた。引用したカフカの文は「ぼくがきみを〈奇妙な色をした、置き忘れられた提灯〉とよんだら、きみは、なぜしょんぼりしてしまうのだ」とつづく。そうだ、これが怠慢のわけである。失意や反感をおそれるあまり、すでにその名に値しなくなったものをその名で呼んでしまうことはしばしばある。そうするうちにも、仮構の風景は日々、無意識に、着実に、誠実に、勤勉に、鈍感に、露ほどの悪意もなくつくられている。その作業に言葉が動員される。言葉の芯に鬆(す)の立った言葉と、何日も野ざらしになった犬の糞みたいなクリシェが、大量に。それは風景の捏造(ねつぞう)というものだ、と何度声張りあげたことか。疲れる。まともにつきあっていると、こちらの言葉にも躰にも鬆が立ってくる。言葉が犬の糞になる。なじった相手から染るのだ。だから疲れる。黙すこと。黙しがたきを黙すこと。引きこもること。ほんとうはそれがいちばんだといつも腹の底では思っている。けれども、人間ができていないものだから、ついまた口にしてしまう。

 国会が有事法制関連三法案を継続審議とすることを与党の賛成多数で決めた。反対派の力で不成立となっだのではない。いわば「敵失」(与党にとってみればオウンゴール)でこうなっただけのことだ。早稲田大学で戦術核保有は違憲ではないというでたらめ発言をした安倍晋三官房副長官らは、なに羞じることなく、秋の臨時国会では有事法案をかならず成立させると力説している。その安倍がしきる内閣官房は、法成立後二年以内に整備するとして先延ばしした五つの追加法制案ごとに、関係省庁を横断した作業チームを設置するのだという。すなわち、

 国民の保護

 自衛隊の行動の円滑化

 米軍の行動の円滑化

 捕虜の取り扱い
⑤ 
武力紛争時における非人道的行為の処罰
――の五チームを編成、案文の検討などをはじめると新聞はごく地味に伝えているけれども、仮構の風景はこうして何気なくつくられていく。五チームの設置は「武力攻撃事態法案」第23条に基づくものだが、今後の追加法整備がどう推移し、この国にどれほど巨大な戦争法制システムができるかについては、専門記者だって正確なイメージをもっていないにちがいない。どだい、「国民の保護」だとか「国民保護法制」だとか、おぼっちゃま記者たちが官報よろしく役人からいわれたとおりに書いているようでは話にならない。有事の際の「警報発令」「避難指示、避難地確保」「被災者救助」「社会秩序の維持」……これが「国民保護法制」の中身なのだと、さも当然とばかりに若い記者たちは報じる。戦争も戦場も知らないのだ。いや、知ろうともしていない。言葉を巧みにすり替えた政府案が、そのじつ、灯火管制、夜間外出禁止令、立ち退き命令、疎開命令などの国民に対する命令・強制の法規であることに気づいていない。

 「社会秩序の維持」にしても、実際には、労働・社会運動の抑圧、思想・言論統制、スト禁止につながることに思い至らない。

 「国民保護法制」なるものの中核の一つには、民間防衛組織の確立があり、これが住民相互監視、告げ口、軍事教育、防衛訓練を導くことになることに思いをはせていない。

 要するに記者たちは、この面であきれるほど素人であり、ナイーブ(ばか)なのであり、不勉強であり、事態をなめてかかっているのである。なにが「国民保護」なものか。完全なる「国民強制法」ではないか。官製の言葉で風景を捏造するために記者になったわけではないだろう。この国で見る月はもはや月ではないかもしれないのだ。だとしたら、あの一見まるいものを以前と同じように「月」と呼ぶのは怠惰というものだ。以下の問題も、ただいわれたとおりに伝えるのなら、風景の仮構にすぎない。

 福田康夫官房長官が、衆院有事法制特別委員会の質疑で、有事における国民の私権制限についての政府見解を示し、
「国および国民の安全を保つという高度の公共の福祉のため、合理的な範囲と判断される限りにおいては、その制限は憲法第13条(個人の尊重)などに反するものではない」
と述べた。第19条(思想および良心の自由)と第20条(信教の自由)についても
「内心の自由という場面にとどまるかぎり絶対的な保障である」
という一方で、
「外部的な行為がなされた場合には、それらの行為もそれ自体としては自由であるものの、公共の福祉による制約を受けることはあり得る」
と語ったという。なにやら遵法(じゅんぽう)を衒(てら)っているようで、これほど憲法を虚仮にした話はない。小泉内閣においては、憲法に違反し戦争を構えるということが、「国および国民の安全を保つという高度の公共の福祉」だというのだから驚き、桃の木、山椒の木である。「それ自体としては自由であるものの、公共の福祉による制約を受ける」にいたっては、まるで判じ物であり、憲法だけではない、言語そのものの否定である。これを言葉として理解しろというのか。人を愚弄するのもたいがいにしたほうがいい。もっともらしい言葉の芯に、醜い鬆が立っている。新聞はその鬆入りの言葉にみずから同化し、それが広く伝播するにまかせているのだから罪深い。「外部的な行為」とは、どうやら、自衛隊法改正案第125条などが定める有事の際の物資の保管命令のことのようだ。思想、良心、信仰がどうあれ、拒否したら懲役刑だというのである。これは人の実存の根源にかかわるテーマにほかならない。

 有事法案とはすぐれて人の内面にかかわる問題である。いま構築されつつある巨大な有事法体系はこの国の骨格だけではなく人々の心性の質をもひどく変えてしまうことはまちがいない。奉仕活動促進や愛国教育を求める中教審の答申も有事法体系と無縁ではない。憲法9条だけではない、13条も19条も殺されようとしている。民主党は、自民党の思惑どおり、早晩有事関連法案修正協議に応じるだろう。日米新防衛協力指針(ガイドライン)、周辺事態法、テロ対策特措法成立の流れにマスメディアは無抵抗だった。それどころか、平和の風景を捏造してこれら戦争関連諸法案を過小評価してみせた。しかし、いまどんなに宣伝し操作しても、月は月ではない。なのに、まだあれを月だといいはる者が反対運動のなかにまでいる。これでは秋口以降、有事法案がとおりかねない。疲れる。沈黙したい。だが、やはり黙すことができない。月はほら、どう見ても月ではないのだから。まるい形をした狂気なのだから。

永遠の不服従のために(62)

有事法制(6)

 前回、自由民主党の実態は「不自由民非党」だと書いたが,俵義文さんがサイト「ピースフィロソフィー」でその詳しい分析をしていた。紹介しておこう。
『第3次安倍晋三第3次改造内閣:相変わらずの極右内閣』

 さて、「でたらめ C」は「意識的にマスメディア化する権力と無意識的に権力化するマスメディアの融合一体化」がテーマだが、その論述は早稲田大学の「大隈塾」発足時(2002年4月15日)に来賓として招かれたポチ・コイズミに対応した田原総一朗と筑紫哲也に対する厳しい批判を軸に進められている。なお、その論述のキーワードとして「メディオロジー」という学術用語が使われている。私はこの学術用語にも初めて出会った。この学術用語については辺見さんの解説で充分だと思うが、より詳しく知りたい方のために私が読んだPDFファイルを紹介しておこう(どなたが書かれたのか、作者名が明記されていませんでした)
『メディオロジー概要』

 では、本文を読んでいこう。



 「メディオロジー」という聞き慣れない学域を拓いたのは、フランスの思想家・作家レジス・ドブレであった。じつにカラフルな生き方をする人で、かつては中南米でカストロやゲバラとともにゲリラ戦を戦った。かと思えば、ひとしきりミッテラン政権の中枢で働き、案の定というべきか、ミッテランとも結局、袂(たもと)をわかった。この過剰なる経験と才気の主は、しかし、権力内部での省察をとおし、「権力のマスメディア化」というきわめて重要な発見をしている。それに教えられたこともあって、「意識的にマスメディア化する権力と無意識的に権力化するマスメディアの融合一体化」が、いまの時代のファシズムを特徴づけている、と私は主張してきた。ファシズムとはきょうび、メディア・ファシズムでもある、と。要するに、権力とマスメディアはいま、戦前・戦中期とはことなる新しい位相のなかで、ハネムーン期というか、およそ慎みのない"交尾期”に入っている。メディアはときに権力との対立を装い、情報消費者の多くも、まるで猫の交尾の声を喧嘩と聞きちがえるように、手もなくだまされてしまっている。でも、仔細に見るならば、両者は、ほら、いつ果てるともしれないほど淫らにまぐわっているではないか。

 ドブレのいうメディオロジーは、単純なメディア論ではない。人間集団の象徴活動を、それを支える伝達・輸送・流通などの技術的角度からもとらえ直そうという知の新しい領域であり、かぎりなく多義的である。こうした観点からすれば、「大学」という名の象徴空間もまた、メディオロジーの好個の観察対象であるべきであろう。

 前置きがえらく長くなってしまったが、安倍晋三という人物が核兵器や憲法にかんしてでたらめな発言をくりかえした場となった早稲田大学の「大隈塾」なる装置についても、メディオロジー的方法によって考察されていいのではないかと私は考えた。まず、この「塾」がアカデミズムとはおよそ対蹠的なテレビ文化人を「塾頭」として立ち上げられ、テレビの討論番組と見まがうような演出で"講義"がなされていたことに注意しなくてはならない。そのこと自体、メディオロジー的にいえばなにも悪いことではない。2002年4月15日の塾発足にあたり、小泉首相が来賓として大隈講堂に招かれてあいさつし、田原総一朗塾頭や筑紫哲也さんが首相にいろいろ質問したこともまた、メディオロジー的考察からすれば、善悪判断の基準足りえない。「なぜ伝達するか」は人類学、「なにを伝達するか」は倫理学、「それをどう伝達するか」が「歴史学的メディオロジー」の問題だ、とドブレはいうのだから (『メディオロジー宣言』)

 メディアと権力にいかなる境界線もなくなりつつあるように、大学資本もまた早稲田にかぎらず、「学の独立」など今は昔、無意識にマスメディア化したがっているように見える。誠実で学識深く訥弁(とつべん)の学者よりも能弁なテレビタレント(ないし、タレント兼学者)を、よしや彼が香具師(やし)のような者であれ、ばか学生たちは喜ぶのである。ま、人間からなにを学ぶかという観点からするならば、これとてかならずしも排除すべきことがらではないけれども。資本としての大学当局も、少子化対策など難しい経営の先行きを考えれば、学生受けするけばけばしい目玉商品(授業、学内イベント)がほしいのである。大隈塾というものを、私はそうしたメディオロジー的視座でいったんは考えたのだった。つまり、今日的な大学経営がほぼ法則的におちいる滑稽な堕落であり、いかにもテレビ的な茶番でもある、と。

 だがここにきて理外の理みたいなものいいにわれながら飽きてきた。このたびの風景には、メディオロジーを超えて、やはり素朴に首をかしげざるをえないのである。取材記者や学生らのメモによると、4月15日、小泉首相をもちあげる田原氏の冒頭発言に対し、首相は「さすが田原塾頭の話は聞かせますね」「日本の政治家の質をサンプロ(辺見さんによる注:「サンデープロジェクト」のことか)が変えた」「田原さんの質問に答えられないと合格点じゃない」などと応じたのだという。田原氏はまた首相に対し、執政二年目を迎える「抱負と覚悟」について問うている。筑紫哲也さんもこれに関連し、一年間の仕事の「自己採点」を求めると同時に、「指導者にとっていちばん大切なものはなにか」と質問し、首相は「マックス・ウェーバーの言葉を借りれば、情熱、使命感、先見性、これだと思う」などと答えたのだという。

 読者は田原氏や筑紫さんのなにが問題なのだと反論するかもしれない。なにも問題ないではないか、と。そう、問題ないといえば問題ない。けれども、4月15日のやりとりの大要を読んでいて、私はなぜだか少しずつ顔が赤らむのを抑えることができなかった。メディオロジーの乾いた理屈を忘れて赤面したのである。怒りのためではない。なんだかわがことのように恥ずかしかったのである。二人の大先輩を前に、いまさらジャーナリズム論など語る気もない。ただ、この風景をこの時期、恥ずかしいと感じるか感じないか――それが、お二人と私を遠く遠く分かつ人間的な分水界なのだとは思う。

 察しのいい向きはもうお気づきかもしれない。4月15日とは、時あたかも4月16日すなわち有事法制関連三法案を閣議決定した夜の前日であり、小泉はいわずもがな法案推進の急先鋒である。歴史的メルクマールとなる日を翌日にひかえ、このブッシュの子分のような男に、抱負だの覚悟だの指導者にとって大切なことだの、あたかもデキレースみたいなことどもを、私ならとても訊けはしない。右とか左とかの話ではない。これはジャーナリズムの最低限の衿持(きょうじ)と、ごくごく初歩的な「恥」にかかわる問題ではないか。

 筑紫さんは安倍官房副長官の問題発言の後も、それが大きく報道されたことについて「授業内容をこういう形でリークされる、伝えられるというのは、私はなんというか、ルール違反だとは思うんですね」(6月5目、「NEWS23」)とコメントしている。そうであろうか。核兵器、憲法、先制攻撃……どれをとっても安倍発言は、聴いていて怒らないほうがむしろおかしい。学生運動の活動家だろうがノンポリ学生だろうが、これを聴いてなにも感じないようなら学生をやめたほうがいい。いわんやジャーナリストにおいてをや、である。安倍のでたらめ発言は当然、満天下に知らしめて正解だったのである。

 筑紫さんはいったいだれの側に立ってルール違反といっているのであろうか。ルール違反を批判するなら、安倍副長官らの超弩級の憲法違反についていいつのるべきではないのか。筑紫さんたちが小泉とともに大隈塾発足を言祝(ことほ)いだ翌日に閣議決定された有事法制関連三法案――これこそが、この国最大かつ最悪のルール違反ではないか。