2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
マスゴミが報じる世論調査は信用できるか

 私は現在の政権をアベコベ軽薄姑息うそつきカルト政権と呼んでいるがこれが決して誇張でも不当でもないことは、この無知で無恥な連中がやってきたトンデモ政策を俯瞰してみれば明らかだろう。第1次政権時の悪政も含めて列挙して見よう。

教育基本法改悪・特定秘密保護法・自虐史観攻撃・靖國神社公式参拝・従軍慰安婦の強制性否定・内閣法制局人事介入・武器輸出三原則の撤廃・集団的自衛権行使容認・戦争法強行採決・海外派兵・高額兵器購入(例:オスプレイ5機、1機当たり約103億円)・沖縄辺野古新基地と高江ヘリパッド建設工事強行・アベノミクス失敗・GPIF大損隠し・原発輸出と原発再稼働・マスコミへの圧力と言論統制・マイナンバー制度導入・カジノ合法化・TPP強行採決・(消費増税、解雇規制緩和、サービス残業自由化)など貧困格差拡大の諸政策・一方で「地球儀を俯瞰する外交」と称して約70兆円のバラマキ外交・・・

 これまでの報道によると、これらの悪政の支持率は全て不支持率を大幅に下回るが、アベコベ政権の支持率は不支持率を上回っている。例えば、アベコベ軽薄姑息うそつきカルト政権の最終目標のスローガンは「戦後レジームからの脱却」つまり「改憲」である。今日(1月14日)に東京新聞に時事通信が6~9日に実施した1月の世論調査の次のような結果が報道されていた。

(*)安倍政権が目指す改憲は優先的に取り組む政治課題かどうか。
「優先しない」49%
「優先的に取り組む」36.5%
「分からない」13.9%
これに対して (*)安倍内閣の支持率
前月比2.0ポイント増の51.2%
不支持率は3.0ポイント減の26.5%

 報道は「2ヵ月ぶりに五割に戻った」と言い、その理由を「日米両首脳による真珠湾訪問などが評価されたとみられる。」と推測している。確かに安倍の打算的な言動に振り回されている単細胞的な判断をする人が多いのだろう。こういう単細胞的な判断の本質を論じている論文二つに出会った。

 一つは金子勝さんの『残業なし、賃上げ、経済成長というバラ色の虚構が安倍政治』である。金子さんは単細胞的な判断の本質を「安倍首相が「息を吐くように」繰り出す嘘に求めている。核心の部分だけを転載しよう。

 2014年12月に総選挙において、リーマンショックか東日本大震災級のショックがないかぎり、消費税増税の再延期はないと断言しました。ところが、アベノミクスが失敗したことを認めない安倍首相は、伊勢志摩でのG7サミットにおいて、「リーマンショック並みの緊急事態」であると言い出し、国際メディアから袋だたきにあうと、前言を翻し、公然と公約を投げ捨てました。しかし、そのことで責任をとる気配は全くありません。

 アベ政治の特徴は、失敗がバレそうになると、つぎつぎと別の嘘をつく点にあります。つぎつぎと嘘をつくことで、前の嘘を検証させるスキを与えないためです。これまで安倍首相はアベノミクスが目標を達成できないことを批判されると、「道半ば」と言って、失敗の原因を追及させません。失敗しても「道半ば」、永遠に「道半ば」。失敗の原因が明らかにされなければ、同じ失敗が延々と続くことになります。そして責任逃れが永遠に続くのです。メディアが批判をすれば、さまざまな圧力を加えます。まるで北朝鮮のようです。

 もう一つは醍醐聡さんのブログ記事(2017年1月2日)『「和解」という名の歴史の抹消に抗って』で、まさに『「個別の政策では政権が目指す方向に反対の意見が過半であるにも関わらず、安倍内閣支持率が横ばいか、上向く傾向さえある」のはなぜか、』という私が常々考えていた問題に対して納得のいく解答に出会ったと思った。これも核心の部分だけを転載しておく。

 まず、醍醐さんは次のように東京新聞の記事を紹介している。
『ベルラーシのノーベル文学賞作家でジャーナリストのスベトラーナ・アレクシュエービッチは昨年11月に来日し、東京外語大で学生と対話した。その時、彼女は「福島を訪ねて何を思ったか」と尋ねられ、「日本社会にはロシアと同様、抵抗という文化がないように感じる」と語った(『東京新聞』(2016年11月29日)。』

 そして『「抵抗の文化」の日韓落差』を論じながら、次のように述べている。

 個別の政策では政権が目指す方向に反対の意見が過半であるにも関わらず、安倍内閣支持率が横ばいか、上向く傾向さえある有力な理由として、現政権に代わる受け皿が有権者に見えてこないという政治状況がある。

 それとともに、安倍首相が巧みに駆使する情緒的話法―――「和解」、「寛容」、「将来の世代にまで過去の罪を背負わせてはならない」、「未来志向で世界の平和を語るべき」といった情緒的な語りかけ―――に漠然と共感し、歴史を直視する理性がへたれてしまう日本国民の心性が安倍政権への支持を繋ぎとめる一因になっているように思える。

 そして、安倍を退場させるための方策を次のようにまとめている。

 安倍政権の「棄民政治」と対峙し、退場させるには、安倍政権の個別の主要な政策に過半の有権者が反対している民意の受け皿を作ることが緊急の課題である。目下、野党各党が唱えている「野党と市民の共闘」がそれに応えるものか、私は懐疑的であるが、懐疑しているだけでは現実は動かない。今の政権がダメというなら、それに代わる政権構想とそれを担う主体作りの形を指し示す必要がある。

 一介の研究者に何ができるかと言われるとそれまでだが、論壇をハシゴする口まかせの「著名人」に任せては市民の災禍は加重しかねない。「有識者」などという官製用語、マスコミ愛用の呼称を跳ねつける気概を持って、一人一人の市民が「主人なし」の自律した立場に徹して、意見を発信し、行動を起こす以外ない。

 その際には、「アベ政治を許すな」と唱和するだけでなく、自分たちも情緒的安倍話法に毅然と対峙できる理性と知力を研ぎ澄まし、安倍話法に染まりがちな世論を対話の中で変えていく努力が不可欠である。


 ここで私には常々持っている疑問がある。金子さんや醍醐さんはマスゴミが報道する支持率に関する記事をまともな調査結果と考えて論じているのだが、私はその世論調査そのものに疑いを持っている。その観点からネット検索をしていたら、Facebookで安倍内閣支持率を調査するというおもしろい試み『≪Facebook調査≫』に出会った。その結果は

投票は終了しました。ご参加いただきありがとうございます。

あなたは、安倍内閣を支持しますか?
9,282 answers(投票数)
支持しない。8,596 votes(票)92.6%
支持する。 461 votes(票)5.0%
どちらでもない。 225 votes(票)2.4%

 参加者はほとんど若者と考えられるが、圧倒的に不支持者が多い。

 もう一つ「oradaeさん」という方の『安倍晋三の本当の支持率』という記事に出会った。世論調査の裏事情を論じている。私には少し疑問に思う点もあるが、大筋に於いて賛同できる議論だと思った。「安倍晋三の本当の支持率は非常に低い多分5%はありません。」と結論している。長いので転載はしないが、興味のある方は直接ご覧下さい。
スポンサーサイト
「協同組合」思想が世界的な規模で実践されるようになっていた

 《『羽仁五郎の大予言』を読む》の『「独占資本主義の終末」補充編(3)~(19)』(2015年8月15日~2015年10月9日間記事)の中でマルクスが到達した理想の未来社会像を取り上げたが、それは「アソシエーション(協同組合的社会)」と呼ばれている。アソシエーションについては色々な所で取り上げてきたが、『吉本隆明の「ユートピア論」』で吉本さんがその理想モデル像を提示しているので、それを再掲載しておこう。

①賃労働が存在しないこと
②労働者・大衆・市民がじぶんたち相互の直接の合意で、直接に動員できないような軍隊や武装弾圧力をもたないこと
③国家は、存在しているかぎりは、労働者・大衆・市民にたいしていつも開かれていること。いいかえれば、いつでも無記名の直接の票決でリコールできる装置をもっていること
④私有では労働者・大衆・市民の障害や不利益になる「生産の手段」にかぎり、「社会的な共有」とすること

 そして『「独占資本主義の終末」補充編(6)』ではフランスでの協同組合的組織の成功例を取り上げると共に、日本でも「協同組合的組織」へとつながる運動が生まれているという岡田知弘(京都大学教授)さんの知見を紹介している。

 さて、いきなり古い記事の紹介を始めたのは、1月3日に「ちきゅう座」というサイトで吉川駿(よしかわすすむ 元・日本農民新聞社社長)という方の記事『協同組合がユネスコ「無形文化遺産」に申請したドイツと無視する日本』に出会ったからでした。「協同組合」思想が世界的な規模で実践されるようになっていたのを知って嬉しくなったのでした。と同時に、日本政府とマスコミの体たらくに今更ながらあきれ果てました。多くの人に知ってもらいたいと思い、吉川さんの記事を全文転載しておきます。

 ユネスコが昨年11月30日、「共通の利益の実現のために協同組合を組織するという思想と実践」を「無形文化遺産」として登録されていたことが、二週間後の12月14日になって、日本協同組合連絡協議会の発表で分かった[後掲]。登録理由は「共通の利益と価値を通じてコミュニティづくりを行うことができる組織であり、雇用の創出や高齢者支援から都市の活性化や再生可能エネルギープロジェクトまで、さまざまな社会的な問題への創意工夫あふれる解決策を編み出している」とした。協同組合関係者にとって、極めて誇らしいことであり、そのレーゾンデートルが、一地域でなく世界的広さで認められた意義は大きい。しかしなぜかマスコミは、同じ日に登録された日本の「山・鉾・屋台行事」については華々しく報じたが、「協同組合」の登録報道はほとんど無視された。政府各省庁も「歓迎」のコメントすら発表することもなかった。

 今回の申請はドイツから出されたものだそうで、わが国政府も団体も思いもよらなかったもののようだ。日本はこれまで「無形文化遺産」登録を「和食」も含め22件も有しているようだが、地域限定でなくあまねく世界全体の遺産という視点から申請したドイツの姿勢を多としたい。無形文化遺産とは「世代から世代へと伝承され、社会及び集団が自己の環境、自然との相互作用及び歴史に対応して絶えず再現し、かつ、当該社会及び集団に同一性及び継続性の認識を与えることにより、文化の多様性及び人類の創造性に対する尊重を助長するもの」としているそうだ。すなわち、協同組合の存在そのものに普遍的意義を与えるのだ。だが、残念ながら日本の風潮は、度量が狭い。

 とりわけ経済界や政府の主流は、昨今の農協バッシングにみられるように、協同組合を経済成長戦略、農業の成長産業化にとってしか位置づけておらず、したがって成長の足枷と捉えているのではなかろうか。日本政府はこれまで国連が制定した2012年の「国際協同組合年」、2014年の「家族農業年」にも極めて消極的ないし冷淡な対応しかしてこなかった。政府も財界も学会も改めて協同組合を本質的領域から位置づけなおしが必要ではなかろうか。

 上の記事に続いて、2016年12月19日に『「協同組合がユネスコの「無形文化遺産」に登録されました』と題して「日本協同組合連絡協議会」が次のような声明文を発表していたも紹介されていた。


  世界100カ国以上に10 億人の組合員

 国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)は11月30日、エチオピアのアディスアベバで開催された無形文化遺産保護条約第11回政府間委員会において、「協同組合において共通の利益を形にするという思想と実践」のユネスコ無形文化遺産への登録を決定しました。

 決定にあたってユネスコは、協同組合を「共通の利益と価値を通じてコミュニティづくりを行うことができる組織であり、雇用の創出や高齢者支援から都市の活性化や再生可能エネルギープロジェクトまで、さまざまな社会的な問題への創意工夫あふれる解決策を編み出している」としています。協同組合は、人々の自治的な組織であり、自発的に手を結んだ人びとが、共同で所有し民主的に管理する事業体を通じて、共通の経済的、社会的、文化的なニーズと願いをかなえることを目的とした組織です。

 19世紀に英国やドイツなど各国で生まれた協同組合の思想と実践は、全世界に広がり、現在は、世界100ヵ国以上で10億人の組合員が協同組合に参加しています。

 日本には農林漁業協同組合、労働者協同組合、労働金庫などさまざまな協同組合があり、生活協同組合(略称:生協)も数ある協同組合の一つです。

 日本生協連は、協同組合の無形文化遺産への登録を喜びを持って受け止めるとともに、今後も世界の協同組合の仲間と連帯しながら、日本において協同組合の思想と実践をさらに発展させ、よりよい社会づくりに貢献してまいります。

 続いて『ユネスコ「無形文化遺産」について』の解説文が掲載されているので、それも転載しておきます。

 無形文化遺産の保護に関する条約(無形文化遺産保護条約)は、無形文化遺産の保護や無形文化遺産の重要性に関する意識を高めることなどを目的として、2003年10月のユネスコ総会において採択され、2006年4月に効力発生の条件となっていた30ヵ国の条約締結により発効した条約です(日本は2004年6月に世界3番目に条約を締結しました)。

 ここで「無形文化遺産」は、「世代から世代へと伝承され、社会及び集団が自己の環境、自然との相互作用及び歴史に対応して絶えず再現し、かつ、当該社会及び集団に同一性及び継続性の認識を与えることにより、文化の多様性及び人類の創造性に対する尊重を助長するもの」とされています。

 この条約は、ユネスコにおいて「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表(代表一覧表)」や「緊急に保護する必要がある無形文化遺産の一覧表(緊急保護一覧表)」を作成することなどを定めています。

 今回ドイツからの申請に基づき登録が決まった「共通の利益の実現のために協同組合を組織するという思想と実践」は、前者の「代表一覧表」に登録されます(2013年に日本からの申請に基づき登録された「和食」もこの代表一覧表に登録されています)。

今日の話題

2007年4月23日(日)
万国の労働者よ、団結せよ

 東京新聞(4月22日)のコラム「時代を読む」にロナルド・ドーア(英ロンドン大学政治経済学院名誉客員)さんが「米国の経済・思想的覇権」という記事を書いている。

 資本対労働の階級闘争が政治の枢軸となっている国はもうないかもしれないが、経済概念として、分配国民所得を労働配分・資本配分に分ける計算は依然として普通に行われている。前者は賃金・給料・ボーナス・自営業者の稼ぎの総計。後者は、配当、利子、有形・無形財産の貸借料。

 先日、国際通貨基金(IMF)の年次報告書「世界経済見通し」によると、グローバル化が加速されてきた1980年以降の期間に、先進国の労働分配率が平均69%から62%へと、7ポイント下がってきた。特に低いのは最近の日本の59%。

 「資本対労働の階級闘争が政治の枢軸」にならなくなったのは、もちろん、「階級闘争」の要因がなくなったからではなく、支配階級の狡猾な権謀術数により労働者側がずたずたに分断され闘争力を失ったからである。

 「万国の労働者よ、団結せよ」と言えば、「階級闘争の時代は終わった」としたり顔にほざく御用学者は冷笑するだろうが、どっこい、どのように隠蔽しようとも現実は相変わらず階級社会だし、人間の真の解放のためには労働者の団結こそがその要諦である。

 国際通貨基金(IMF)の年次報告書は、その原因を次のように分析している。

 IMF・世界銀行が創立された戦争直後には、30年代の世界不況の記憶が新しかった。二度と起こらないよう、国内では、政府の経済への介入、国家間では、世界経済を秩序立てるための、合議制による権威ある国際機関の必要性を認める思想が支配的であった。

 上述のIMF報告書の分析の基点は80年である。重要な転換点の年だった。レーガン・サッチャー、米英の新指導者たちの新自由主義・自由市場万能主義が世界的に支配的な地位を占めるようになり始めた年であった。世銀、IMFの役割は、最低限のルールの下で、市場の自由化、特に資本投資の自由化を助長することとなった。外資系企業による三角合併の解禁は、日本におけるその思想の体現の一例である。

 その市場原理主義思想を「ワシントン・コンセンサス」というようになった。ワシントンにおけるIMF・世銀および米国財務省という三機関の指導層の政策的合意 ―特に、発展途上国に対する援助の条件として強いる政策に関する合意― をいう。

 なぜ、そのコンセンサスの形成に米国財務省が入るかといえば、理由は明らかである。自由市場とは強いもの勝ちの市場である。世界市場のルールを設定するのは世界経済の覇権国である。建前として各国の合議制の下で運営されるはずのIMF・世銀は米財務省・ウォール街の強い影響下で運営されている。

 今週末ガールフレンドへの不当の厚遇という咎で総裁のいすから追い出されそうなウルフォウィッツ氏が広く反感を買っているのも、ガールフレンドよりも、あからさまな米国外交への密接な協力を第一としてきたことである。

 IMFの上述の報告書の分析の出発点は、「グローバル労働力の拡大・80年から4倍」である。「グローバル労働力」とは、「先進国資本の手が届く労働力」を言う。先進国での労働分配率の低下は、どれだけその労働力に中国・インドの安い労働力が使えるようになったことによるか、どれだけ技術の進歩なのかを分析する。

 ロナルド・ドーアさんはこれを「一理のある分析」としながらも、故意にか否かIMFが見逃しているもう一つの重要な変化の要因を指摘している。

 「企業は株主のもの・経営者の使命は株主の利益を最大化すること」という、日本で特に最近早く浸透してきた思想の世界的普及である。

 ドイツは、それと異なった思想、「企業は人なり」の思想、の世界における最後の要塞である。今まで、「共同決定制度」の形で従業員の利益をも守る会社法を維持してきた。日本のように、製造業を強みとする「モノづくり」の国で、最近日本よりも景気がいい。

 なのに、そのドイツでも、金融業者が先頭に立って、会社法の「株主主権的」改正を呼びかける運動が最近活発になってきた。

 米国の経済的覇権に伴う思想的覇権は恐ろしいものである。

 ここでもまた、『人間を手段としてのみならず同時に目的として扱え』という倫理の問題が問われている。

(カテゴリ『今日の話題』に入っていなかった「今日の話題」の記事を『今日の話題2』として掲載し直す作業が、奇しくも12月31日で終わりました。新年から心を新たに新しい記事をアップしていく予定です。)
今日の話題

2007年4月22日(土)
1930年代と現在の類似性

 現在の政治社会状況が1930年代に似ていると、このホームページでも度々言及してきた(例えば『今はどういう時代なのか。』)。そのことを論じた半藤一利さんによる分析が今日の東京新聞の社説に紹介されていた。いま私がメイン・テーマとして「ファシズム論」を取り上げているモチーフもそこにあるので、関連事項としてここに転載しておくことにする。

 半藤さんは
「戦前の日本の転換点は満州事変から昭和10年前後。国の“かたち”が戦時体制になりました。現在の日本も状況が似ていませんか」
と述べた上で、丸山さんの日本ファシズム運動時代区分でいう第二期と現在の状況を次のように対比している。

 一番目は、教育の国家統制です。
 昭和8年に教科書が変わり、「ススメ ススメ ヘイタイ ススメ」など忠君愛国が強調されました。
<今は、「愛国心」を盛り込んだ教育基本法改正です>

 二番目は、情報の国家統制です。
 昭和8年に新聞法の強化、出版法の改正があり、マスコミの自主規制も激しくなりました。
<今は、通信傍受法や個人情報保護法です>

 三番目は、言論規制の強化。
 特高警察が昭和7年に設置され、大本教など宗教団体にも弾圧が広がりました。大防空演習を批判した信濃毎日新聞の桐生悠々が迫害され、作家の小林多喜二が拷問死しました。
<今は、共謀罪への動き、そして憲法改正への歩みです>

 四番目は、テロです。
 昭和7年に起きた犬養毅首相暗殺の5・15事件をはじめ、政財界要人の暗殺、暗殺未遂事件が相次ぎました。
<今は、靖国問題絡みでの日本経済新聞社への火炎瓶投入、加藤紘一・自民党元幹事長の実家放火、そして伊藤一長・長崎市長射殺です>

 政治家や論壇、民衆レベルのナショナリズム鼓舞も共通です。昨今では曰く、
「日本に自信と誇りを持て」
「自虐的な歴史観はいけない」。

今日の話題

2007年4月19日(木)
政治的リコール権への第一歩

 政治的リコール権については色々な所で触れていますが、その意味のあらましについては次の記事を参照して下さい。
『吉本隆明の「ユートピア論」(4)』
『戦争と平和(2)』

 昨日(4月18日)配信された上田哲さんの「このサイトは革命だ!Vol.162」を紹介します。

(追記 2016年12月29日)
 上田さんは2008年12月17日に亡くなられました。合掌。


 上田さんは13日に強行採決された国民投票法案を「似而非」法案だと厳しく断罪し、はっきりと「九条改正法案」と呼べと、その法案の本質をズバリと喝破しています。

 そして1993年に「真正の」国民投票法案を、上田哲さんと衆議院法制局との共同作業で完成し、国会に提出したそうです。しかし「密室政治の『国対族』が、不当にも法案の受理そのものを拒否させました。」

 私には全くの初耳。不明を恥じています。上田さんの国民投票法案は議会制(ブルジョア)民主主義の欠陥を是正するものであり、真の民主主義に近づくための実現可能な第一歩となると思いました。是非、一人でも多くの人に知ってほしいと思い、長文ですが、以下に上田さんの文章を全文転載します。

xxxxxxxxxxxxxxxxxx
◆ 似て非なるもの ◆
xxxxxxxxxxxxxxxxxx

 似ている様に見せてホンモノでないモノ。似而非と書く。エセと読む。最も不愉快なごまかしの存在だ。

 4月12日、衆院特別委で国民投票法案が強行採決され、13日、衆議院本会議を事もなく通ったいきさつを見てこの言葉が強く脳裏をよぎった。ニセモノめ!と叫んでやりたい。

 自民党と民主党と・・・公明党と・・・後はどうでもよい。国会全体だ。与党案、民主党案とも法案の内容とやり方のすべてのエセについてだ。国の根幹に関わることが、こんなエセで済まされていく。いいか!

 先に言っておくが、日本に国民投票制度を導入すべしと訴え、初の国民投票法案を国会に提出したのは他ならぬ私である。無論、今回の国民投票法案とは全く異質である。

 当時の社会党の違法な妨害で陽の目を見なかったが、あれが通っていればこのようなエセ法案のごまかしは通用しなかったと改めて悔やまれる。

 これについては後述するが、目下、国民投票制度への理解が乏しく、エセ法案への対応について乱れが多い。そこから述べたい。

◇ 怠慢論

 エセなるもの、まず今回の国民投票法案の理由付けについてだ。自民、公明は「憲法に本来定めてある改正手続きが整っていなかったからそれを整えるため」だと言っている。確かに憲法は改正可能なものだから、現憲法に「変えるなら国民投票に掛けて過半数の賛成が必要」と書いてあるのにそれを実施する手続き法がなかったのは長い怠慢だったという言い方は一理あるように聞こえる。

 だが、憲法が変えられるものであることはこの憲法公布以来の国民の深層に存する理解であって、この憲法を早急に変えなければならないという欲求が無かったことがその前にある。

 国民は常時憲法論を戦わせるほど憲法を意識してきたとはいえないが、この半世紀、自民党らが執拗に改憲を唱えてきたのは広く知られていたと言ってよい。自民党がそれを党是としながら国民投票法案の制定に乗り出せなかったのは国民の意思が改憲を求めていないことがあったからだ。国民の「怠慢」ではない。

 それというのも、自民党の改憲論は九条の書き換えに焦点があることは明白であったからだ。これに絞れば国民世論の過半はいまも賛同していないと各世論調査は伝えている。

 だから、自民党は4月15日のNHKの日曜討論でも二階俊博国対委員長が「私達は手続法を作ったからと言って改憲をやると思っているわけではない」とウソを言った。

◇ 九条改正法案

 ウソとはつまり、この国民投票法案は九条改正に絞った手続法案なのであって、私は今後、私の国民投票法案との紛らしさを避けて、このエセ案を九条改正法案と呼ぶ事にする。

 与党が単独採決で九条改正法案を通過させたのは、まさに「戦後レジュームからの脱却」を叫ぶ安倍内閣が、九条改憲のスケジュールを進めるために踏み切った故であって、いまの国会の勢力分布では何でも通ることの一例に過ぎない。

 防衛省への格上げも、教育基本法も、在日米軍再編成推進法もスイスイだ。

 けれども、これをかくも易々と進ませるのは、自・公過半数の故だけではない。じつは民主党も九条改憲に賛成だからだ。強行採決の前夜まで、自・民は妥協の話し合いを続けていた。しかもほぼ合意に近かった。だから、衆議院特別委員会で中山太郎委員長が「強行」する時、委員長席に駆けつけた民主党ら野党議員はマイクを机から払い落とすくらいでさしたる抵抗もせず採決させてしまった。

 これが「強行」だろうか。

◇ 小沢戦略

 別に昔のように躯をぶつけて委員長席を奪い、一晩中占拠して採決を遅らせたことがいいと言うのではない。少数派にとってはそれも虚しい。

 けれども、本当にこの法案が国民のためでなくやり方が理不尽なら、野党はもっと態度で示すことになるのではないか。民主党が反対に回ったのは、ただ一点の違いを理由に小沢・菅が「反対」と決めたからだ。

 もともと、国民投票に掛ける前の国会での改憲案の発議には国会議員の三分の二の賛成が要る。自・公の他に民主党の賛成が必要だ。だから自民は自・公・民の一致した賛成を目標にしていた。それが5月3日の憲法記念日までになどと言い出してきたのは安倍総理が「私の任期中に改憲をめざし参院選の争点にする」と言いだしたからだ。

 与党のシナリオの中には民主党の中に自民案に賛成する造反組もあり得ると言う見方さえあった。小沢は党内をまとめなければならない。安倍程度の小粒と党首討論まで逃げまくり徐々に党内支持も薄らいでいる小沢にしてみれば、ここで自民の国民投票法案に賛成してしまったのでは参院選のハリを失う。造反組も出してはならぬ。

 そこで民主党の独自の修正案を出し、これを与党が丸呑みするならいい、という無理スジの策にでた。つまり丸呑みできない対案を出せというわけだ。滑稽なことに、それまで「改憲論を参院選の争点にしない。もっと身近な格差論で戦う」と言っていた小沢の変身である。一転して改憲が参院選の争点こなった。この人物には政策や主張の整合性などは露ほどもない。党の修正案を出せばこれに賛成することで造反組も自民案に反対することになる。党は一本でいける、と言う計算だ。

 丸呑み案の作成を委された民主党の枝野幸男・憲法調査会長が説明のために開いた党調査会には30人ほどしか出席しなかった。

 特別委員会で強行採決の前夜11日、議員会館の枝野氏の部屋に自民党元理事の船田元氏が訪ね「丸呑み」に近い案で同意した。この線に改憲派の鳩山幹事長は乗り気だったが、小沢・菅両氏がこれを阻んだ。枝野氏は採決の直前、筆頭理事を辞任した。

◇ 反対法案つくりの口実

 このように元々、この法案は九条改憲のための政治論の駆け引きだから、強行して早く成立させるか、理屈を立てて与党案に反対するか、どちらが参院選に有利かという思惑だけだ。

 与党案に反対した民主党はもともと九条改憲に賛成なのだし、最後に残った1点はただの口実にすぎない。もし、真剣に議論するなら例えば最低投票率の問題など、看過できまい。国民投票の投票率が低かったら、有効投票の過半数では例えば40%の投票率では全国民の21%で改憲がなされることになってしまう。こんなことに手をつけず、急に思いつきの一点を持ち出して「さあ、丸呑みするかかどうか」と言う。

 その手法も問題だが、じつはこの一点の中身こそ私はどうしても許せない。

 それは国民投票のテーマを改憲だけでなく、「国政の重要問題に拡大」することなのだ。

 私がエセと怒る理由の最大は、ここにある。民主党は、「国政の重要問題に拡大」を真剣に考えていない。ただ自民党案に反対の修正案つくりに利用しただけだ。この駆け引きが終われば、この主張を続ける意思など全くない。

 政治生命を掛けて国民投票制度の確立に賭けて来た私としてはこのまがい物の政治手法に言いようのない侮辱を感じる。

 小沢よ、恥を知れ。これは最も低次な剽窃ではないか。

 それにしても、かつて社会党で護憲派と自称していて今、民主党内にいる議員諸君、何を考えているのか、さっぱり見えない。

 エセを排し、正論を述べる。

◇ 本邦初の国民投票法案
 じつはこれこそ、1993年6月14日、私が国会に提出した本邦初の「国民投票法案」の骨子であった。

 正式には「国政における重要問題に関する国民投票法案」と言う。

 思いつきや真似ものではない。世界190か国のなかで国民投票制度がないのは日本だけだ。相次ぐ汚職事件、年々高まる政治不信のなかで、ロッキード事件の調査委員長だった私は、政治浄化の道を真剣に模索した。

 間接民主主義の日本の議会に国民投票という直接民主主義の手法を有効に取り入れることだ、そう発想した私は10年掛けて資料の収集、研究に取り組んだ。

 これを衆議院法制局に持ち込んだ。国民投票制度に最も消極的なのは各党の国対族である。各党間の裏取り引きで利権政治をむさぼってきたからである。国対委員長は公職でない。裏のボスなのだ。国対族は「国民投票制度は愚民政治。国会の権威を蔑ろにし独裁者を生む」と言った。この考えを受けて法制局は「日本議会ではこれを認めません。憲法違反です」と言う。

 その法制局を説得し、法制局の手で「法案要綱」が出来たのが1992年12月。1993年2月、堂々たる10章66条の大法案が完成した。折から、リクルートなど相次ぐ汚職事件の中、政治改革の行方が小選挙区制や政党助成金の創設というごまかしの方向へ流れる中、衆議院法制局は「これこそ政治改革」と胸を張った。

 私はそれを印刷製本して衆参、各党の全議員に配った。反響は大きく、越智伊平運輸相は毛筆で賞賛の手紙をくれた。勢い込んで私はそれを党の政審に持ち込み、国会提出を依頼したが、その政審は派閥の固まり。無派閥の私の提案にはけんもほろろ。全く取り合わなかった。

 やむを得ず、私は国会法56条の規定に従い法案提出を図った。国会法56条の規定は次の通り。
「議員が議案を発議するには、衆議院において議員20人以上、参議院においては議員10人以上の賛成を要する。ただし予算を伴う法律案を発議するには、衆議院において議員50人以上、参議院においては議員20人以上の賛成を要する」

 村山富市国対委員長、日野市朗政審会長に通告した。村山国対委員長は賛成署名したのだ。私は毎日各議員の部屋を回り署名を集めた。嶋崎譲副委員長、山口鶴男書記長も署名した。私は衆議院事務局と打ち合わせ会期末の法案締め切り日の6月14日まで走り回った。95名になった。

 中島議案課長は署名簿をみて「初めてです」と驚いた。

 ところが、ここで社会党が妨害に出た。村山国対委員長が「オレの印が無いから受け付けられぬ」と事務局に命じる。前述のように国対委員長は公職でなく、印は私印である。議員立法に国対委員長の印が要るなど、どこの法令にもない。公開質問状に対して緒方事務総長は「手続は充たしている」と認め「しかし慣例で国対委員長の印が要る」と回答した。

 私は、この国会の違法を最高裁まで争った。後の裁判で、そんな慣例もなかった事が明らかとなった。

 緒方氏の次の事務総長谷福丸氏は「あれは国会の間違いだった」と証言してくれた。昨年の「戦後60年軍拡史」の出版記念会にも来てくれてそう言った。

◇ いまあるべき国民投票制度

 さて、私の国民投票法案の中身である。それは何より現憲法と矛盾しない仕組みで構成されている。衆議院法制局に私が求め合意した点を要約すれば次の通りだ。

(1)議会制民主主義を根幹として、国民投票法はそれを主権者の意思で補完する制度とする。
(2)国民投票のテーマの発議は国会におき、投票の結果は直ちに法の改廃に直結するものとしないが、国会はこの民意を最大限に汲み上げるものとする。
(3)以上の立場から現行憲法を改正すること無く、現憲法下での国民投票制度とする。

 第一章 総則(この法律の趣意)にはこう書かれた。
 第一条 国政に関する国民世論の動向を把握し、国会の審議に反映させることが重要であることにかんがみ、国会が自らすすんで国民投票によって国政の重要な諸問題についての国民の意見を聴く方途を講ずるため、国民投票に付する案件の決定、投票の方法、投票の管理その他国民投票の実施に関し必要な事項を定めるものとする。

 この法案には色々な工夫が凝らされている。
 例えば、国民投票は当面、年1回10月第1日曜日に行う。国会はその2週間前までにテーマを決めて発表しなくてはならない。 (第五条 国会は2週間前までに中央選管を通じて国民投票に付する案件を官報で告示しなければならない)

 各党は思惑が違う。各党がどんな利害でどんなテーマを選ぼうとしたか、国民にその過程が分かる。国対でこっそりというわけにいかない。

 例えば、各党の意見がまとまらず今年の国民投票が出来ないことがあるかもしれない。それはどの党の責任か、次の選挙の参考になる。

 この法案には、予算書も事務管理に当たる選挙管理委員会の業務もきちんと書かれている。

 ところが、4月15日のNHKで二階国対委員長が言った。
「国民投票を国政の重要問題にまで拡大したら、国会の主権が侵される。国会の空洞化だ」

 呆れるではないか。昔から国対族が言ってきたことそのままだ。

 間違ってもらっては困る。主権者は国民である。国会はその代理人なのだ。それを間違って、世襲議員ばかりが蔓延って国会の過半数を占めれば、国民をどんなに裏切る政治をしても許されると思い上がっている。とんでもない。

 かりに消費税率の引き上げを国民投票に掛けたとして大反対の結果が出た場合、わが国民投票法案は「投票の結果は直ちに法の改廃に直結するものとしない」となっている。「国会はこの民意を最大限に汲み上げるもの」としている。

 こんなに反対が多くては政権が危ない。税率の引き上げをやめようと考えるのも政権にとって助け船だし、いや、それでも引き上げは将来のため必須のことだと判断すればあえて民意に引き上げを問うのも政治の決断だ。どちらにしても民意を聴かない方がよいなどと言うことはあり得ない。

◇ 世界では日常のこと

 思えば、初の国民投票法案が生まれた時、ヨーロッパでは「欧州連合」に加盟するかどうかで各国が国民投票で燃えていた。スウェーデンとノルウェーでほぼ同じ時期に国民投票を実施した。スウェーデンでは52.4%対46.9%で加盟賛成。ノルウェーでは、ちょうどその逆の数字で否決となった。投票率はスウェーデンは82%、ノルウェーでは88%だ。日本の国会議員選挙では40%台に低迷しているのにだ。

 フランスでもミッテラン大統領がテレビに出ずっぱりで1%を争った。これで各国の議会が空洞化したなんて誰も思いはしない。アメリカでも中間選挙の同じ日に各州毎に州の法律を決める国民投票が行われる。オレゴン州の安楽死法、カリフォルニア州の禁煙禁止法、などユニークな法が決まる。

 スイスは年4回行われる。1989年11月、ベルリンの壁が破れた時、スイスでその2週間後に軍備撤廃を問う国民投票が行われた。たまたま、国民請求の国民投票が重なったのだが、常にこういう機会を持っている国は健全だ。ちなみにこの国民投票は撤廃派が負けたのだ。永世中立国のスイスでもどっとムードに流されることはない。

 オーストリーで、完成してボタンを押すばかりになっていた原発が国民投票で否決された。敗れた首相クライスキーは直ちに原発を廃棄した。それが信頼を集め、異例の長期政権となった例もある。

◇ エセ評論

 ところで、いま出てきたエセなる九条改正法案をめぐって国民投票法案の制定に賛否の戸惑いがある。特にいわゆる護憲派の中の揺れだ。

 朝日新聞がここ数回、色々な人から意見を聞いている。多く混乱している。

 海軍史の研究家・戸高一成氏は「憲法の理念は守るべきだが現状の憲法解釈で自衛隊をコントロールしていけるか。法律と現実の乖離は好ましくない。法律は改正すべきだ」(4月11日)。

 住民投票に詳しい今井一氏は「私は改憲の是非を問う国民投票法を作るべきだと訴えてる。護憲派の中のどんな内容でも反対というのは論外だ。憲法改正の権利行使を自ら侵害している。国民投票法が改憲への一里塚だと主張する護憲派はリスクを回避している」(4月13日)。

 漫画家の間瀬元朗氏は「自衛隊を海外に派遣するたびに悩まなければならない。護憲派も改憲派も悩むことが大切だ」(4月14日)

 イラク戦争に反対してレバノン大使を辞任した天木直人氏は「私は国民投票法を作る事には反対しない。国民が改憲にノーという事実を作ることが合法的な革命だ」(4月14日)

 名古屋大学大学院教授で憲法の浦部法穂氏は「自民党の新憲法案は公共の福祉を『公益及び公の秩序』に置き換えた。これは現憲法の人権保障の理念の180度転換だ」(4月15日)

 率直に言ってなるほどと思えない。
 もともと政治論なのだから法案自身を潰すべきだ。憲法9条は守りたいが、憲法と自衛隊の存在は乖離している。どっちかに整理しては。手続法までは作ってもいいのではないか。その後憲法9条を護る過半数を作るべきだ。ワイマール憲法が崩れた時と似ている‥…と言う。

 朝日はだいたい護憲派から選んでいるようだが、いずれも今進行している政治状況にどう対応すべきか語っていない。護憲派にしてみれば九条改正法案が成立してしまえば何とか改憲阻止の過半数を取ろうとするのは当たり前で、じつはそこからが本当の戦いだと賢しげに言うのは最も現状回避の評論だ。

 企画した朝日はどう思っているか。4月14日の社説で次のように書いた。

 『国民投票法案 廃案にして出直せ』
「国民投票法案が対決路線の中で打ち切られたのは不幸なことだ。一昨年来、自公民3党が改憲の手続である国民投票法の仕組みを審議してきた。法案反対の共産、社民も審議に参加してきた。私たちはこの法案作りは出来るだけ幅広い政党のコンセンサスをつくって進めるべきだと主張してきた。少なくとも野党第一党の賛成を得ることがのぞましかった」

 ではどうする。
「世論を見渡すと憲法についてどうしても改正すべきだと多くの人が考えている論点は今のところ無い。参院は法案を廃案にしたうえで参院選の後の静かな環境の中で与野党の合意を得られるよう仕切り直すべきである」

 どうやら、国民投票法つくりは必要であって、それには自公民3党の合意が望ましかった。返す返すも民主党の脱落は残念だった。ついては参院は法案を廃案にせよと言う。

 朝日が自民党の九条改正法案を単なる手続法案と捉えていたのは意外である。

 その上、参院で廃案にせよ、とはいかにも気楽ではないか。少し過激に言うが、ワイマール憲法体制が崩れたときと似ている‥‥‥と叫ばねばならない気がする。民主主義の青空ともいえるワイマール憲法体制をヒトラーの独裁政治の誕生に手渡したのは民意と言論の鈍感さであった。

自民党を喜ばせるな

 九条改正法案である自民党の国民投票法案を単なる手続法案と捉える立場では、根底の政治論が抜け落ちている。オオカミが戸口まできているのに、挨拶くらいはいいじゃないか、ということになる。改憲論のカオを半分立てないと辻褄が合わなくなる。

 参院で廃案を、には自民党は笑うだろう。

 多数を握れば何でもやってしまう与党に太刀打ち出来ないのは現実だが、九条が大切というなら、その大切さをもっと緻密に説明し、エセに対抗する正論を拡げるべきだ。

 かねて私が社会党の中で主張してきた事を繰り返せば、憲法の真髄である永世中立論を研ぎ澄ませ、護憲、護憲と念仏のように唱えるだけでなく、具体的な政策を提示して世論の理解を得るべきだ。アメリカの核の傘のなかに身を投じるミサイル防衛計画や日本の首都に米世界軍事戦略の司令部を許す在日米軍再編成が九条改憲と一緒にやってくる事などもっと熱心に訴えるべきだ。安保は票にならないなどと言っている政治家は原点に戻るべきだ。それは今からでも遅くはない。永世中立政策の具体論は拙著「戦後六〇年軍拡史」に譲る。現実的に幾らでもある。

 国民投票法案については、やはり、エセでない真性の国民投票法案を提示して九条改正法案である自民党の国民投票法案と対決すべきだ。

 もし真性の国民投票法がすでに成立して、年金でも、医療でも、教育でも、海外派兵でも国民投票に掛ける社会になっていたら、急に投票年齢を18歳にしたり、公務員の活動を云々したりして改憲のためだけに限定する国民投票法が出てきたら、主権行使に馴染んだ国民はその唐突さに違和感を持って忌避するだろう。今からでも遅くない。その話し合いを始めようじゃないか。