2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
企業経営の社会主義化・日本編(1)



未来工業株式会社


〈初めに〉
 社会主義というと「国家社会主義」を念頭に浮かべて拒絶反応を示す人が少なくない。念のために、「国家社会主義」が「社会主義を騙る社会主義にあらざる社会主義」であることを「アナーキズムについて」で論じているので参照してください。


 坂本光司氏の著作を読んでいて、沢山の感銘を受けた。その中から、「社会主義化」という観点から、いくつかを記録しておこうと思った。

 6年ほど前に「理想の会社」という表題で、「未来工業」という会社の紹介をした。その会社が『日本でいちばん大切にしたい会社2』で取り上げられていた。

 未来工業は「劇団未来座」という劇団を立ち上げて芝居の稽古に明け暮れていた二人の若者が創業した会社で、住設部材の製造・販売を行っている。劇団名をそのまま会社名にしているわけだが、創業者は当初から自由な発想の持ち主だったようだ。この会社の紹介記事の目次は次のようになっている。(ページ数省略、番号は私の付記)

未来工業株式会社(岐阜県)
「日本でいちばん休みの多い会社」だから、不況知らずの会社になれる

①日本でいちばん休みの多い会社
②人から言われてするのがイヤで自社製品を開発
③経営理念は「常に考える 何故・ナゼ・なぜ」
④提案すると500円
⑤残業をすると罰金を取られる会社
⑥社員の要望で勤務時間が短縮された
⑦タイムレコーダーもユニフォームもなし!
⑧列ができてもコピー機を一台しか置かない理由
⑨本社機能が大きい会社は儲からない
⑩70歳までしつかリ働ける会社
⑪被災した取引先の1億6000万円の債権を放棄
⑫未来へ受け継がれるユニークな精神

 「理想の会社」で紹介した内容と重複していない項目で目に付くのは⑪だが、これは阪神淡路大震災のときのこと。凄いと思う。坂本氏は次のように賞賛している。

 社員や取引先などへの未来工業のはからいは、半端ではありません。

 平成7(1995)年に起こった阪神淡路大震災の際には、未来工業と取引のある会社も被災してしまいました。なんとそのとき、未来工業は債権を放棄してしまったのです。その額は1億6000万円にものぼります。

 返済を猶予した、半額にしたという話はたくさんありました。しかし「そんな気の毒な人たちから1億6000万円も取れません」という会社はありません。「債権を放棄した会社」としても、未来工業は有名なのです。

 「社会主義化」という私の観点から、「理想の会社」では取り上げられていなかった事柄として、⑧⑩がとてもユニークだと思う。⑧は誰でも「なぜだろう?」という疑問を持つのではないだろうか。これは全文転載しておこう。

 個性の尊重ということでは、もう一つおもしろい、制度というより慣習があります。

 社員同士、上司も部下も「さん」づけで呼び合う、いわば〝さんづけ運動″です。平社員も課長も部長も役員も、みんな「さん」づけです。さすがに現社長の瀧川克弘さんや山田相談役を「さん」づけで呼ぶ人は少ないですが、それでも社長を「さん」づけで呼ぶ社員がいるそうです。

 これは、「部長の仕事をしている社員」、「課長の仕事をしている社員」、「一般社員の仕事をしている社員」という意識で、会社として役はあるものの、個人としては平等だということなのでしょう。

 女性にお茶くみをさせないのも、「お茶は女性が出すのが当然」という性差別をさせないからです。私が訪問したときなどは、女性のスタッフがお茶を出してくれましたが、男性も含めて、だれでもすぐにお茶出しできるように、何カ所も給湯コーナーが設けられています。

 このほかにも、机も椅子も全員同じ、勤務時間中に私用電話もOK、お菓子を食べるのもOKです。コソコソされるよりはそのほうがいい、「それが仕事に影響があるのですか?」という考えなのです。

 一見、非効率に見えて、実は深い考えのもとになされていることもあります。未来工業では、780人という大所帯にもかかわらず、コピー機が一台しかないため、かつては順番を待つ列ができるような日もあったそうです。

 未来工業を見学に来た、あるコンサルタントがそれを見て、「もう二、三台入れたら、待ち時間もなくなり、本来の仕事に時間を割けるので生産性が上がりますよ。売上高も数%は上がります」とアドバイスしてくれたそうです。ところが、山田相談役はこう答えたそうです。

「コピー機がもう二、三台あれば、並ばずにすむということは重々承知しています。しかしもっと列ができたとしても、わが社はこれ以上コピー機を増やしません。ふだん部署が違うため会えない社員が、コピーするために並ぶことで、待っている間に前後の人とおしゃべりができますからね。それでいいんです」

 あえてコピー機を一台にし、全社員のコミュニケーションの場づくりをして、風通しをよくしようということだったのです。つまり、重箱の隅をつつくようにして効率を上げようとするのではなく、社員同士のコミュニケーションを高め、風通しをよくすれば生産性は黙っていても高まる。生産性を高めるのは管理ではなく、社員のモチベーションを高める環境にあるということを教えてくれる例です。

 「ホウレンソウ(報告、連絡、相談)禁止」というのも、管理をしない経営の特徴でしょう。「常に考える」ですから、「相談するな、自分で解決しろ」というわけです。

 全社員が自分の個性・才能を伸びやかに発揮して、生き生きと、和気あいあいと働いている楽しい職場風景が彷彿と目に浮かんでくる。
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企業経営の社会主義化・日本編(2)



株式会社ファンケルスマイル


 『日本でいちばん大切にしたい会社1』には「日本の優良会社」で紹介した日本理化学工業と伊那食品工業のほかに株式会社柳月(製菓会社)と杉山フルーツ(果物店)が取り上げられている。またコラム形式で9社が紹介されている。日本理化学工業は「社員の7割が障害者の会社」だったが、コラムで紹介されている会社の一つ「株式会社ファンケルスマイル」も障害者雇用に力を入れている会社だ。ファンケルスマイルは化粧品や健康食品などを通信販売しているファンケルの特例子会社だという。

 恥ずかしながら、私は「特例子会社」という用語を知らなかった。ウィキペディアで調べてみた。

 従業員54名以上を雇用する会社は、そのうち障害をもっている従業員を、従業員全体の1.8%以上雇用することが義務付けられている。(重度障害者の場合は2名として計算される。)

 特例として、会社の事業主が障害者のための特別な配慮をした子会社を設立し、一定の要件を満たす場合には、その子会社に雇用されている障害者を親会社や企業グループ全体で雇用されているものとして算定できる。このようにして設立、経営されている子会社が、特例子会社である。

 そしてウィキペディアは次のような問題点を指摘している。

 非正規雇用が多い。また、頭脳労働が優位の産業構造にあって、身体障害者がスキル次第で比較的採用されやすいのに対し、それ以外の知的・精神障害者を採用している特例子会社が少ないのが現状である。

 ファンケルスマイルはこの問題点をクリアしているようだ。坂本氏は親会社のファンケルも「5人に対する使命と責任」を果たそうとしている会社だと評価している。「5人に対する使命と責任」とは、再録すると

 優良会社に共通する経営理念であり、次のような順で関係する人々を大事にしている。
1 社員とその家族
2 社外社員(下請け・協力会社の社員)とその家族
3 現在顧客と未来顧客
4 地城住民、とりわけ障害者や高齢者
5 株主・出資者・関係機関
 このことを「5人に対する使命と責任」と呼んでいる。

 まず、ファンケルスマイルが設立された経緯を紹介しよう。

 親会社ファンケルが株式上場の際に
「上場できたのは地域社会のおかげ。だから、地域社会にお返しをしよう」
と、どのような貢献がよいかを全社員で話し合ったという。トップダウンではなく、全社員で話し合うということにまず拍手したい。

 そのとき多くの社員の方が「私たちのまわりには障害をもった方がいっぱいいます。その人たちを幸せにできるようなことをしたらどうでしょうか」と言ったそうです。

 こういう場合は、美術館とか公民館を建てる、イベントを開く、などのアイディアが出がちです。しかしそうではなく、障害者の雇用を通じて、彼ら、彼女らの自立化を支援しよう、これが、ファンケルスマイルの社員の方々の発想でした。「障害者を守る」のではなく、自立を支援しようということなのです。

 そして平成11年(1999)、ファンケルがバックアップしてつくった会社が、特例子会社のファンケルスマイルです。ですから、障害者の雇用率は90パ-セントです。立派なことです。そのような会社を、「日本を代表する」といわれているようなほかの企業は、果たして設立しているでしようか。

 ファンケルスマイル設立の反響はどうだっただろう。

 ファンケルスマイルには全国各地から、「ぜひうちの養護学校から採用してください」という声が届くそうです。

 「申し訳ありませんが、一人しか枠がありません」と言うと、養護学校から何人もの親御さんが来るそうです。親御さんたちは、
「なぜうちの息子を外すんですか」
「どうしてうちの娘はダメなんてすか」
と問い詰めてきます。納得できないのです。

 そこで、ファンケルスマイルでは、いつも3人くらいの生徒を受験させるのだそうです。

 あるときこんなエピソードがありました。

 養護学校のほうから、今年は「3人の生徒を派遣しますのでそちらで選んでください」と言われたそうです。A子さんは軽度の障害、B子さんは中度の障害、C子さんは重度の障害でした。当然、父母の方も、学校の先生方も、「A子さんが採用されるに決まっている」と思っていたようです。C子さんには、「どうせダメだろうけど、いちおうチャンスを与えてあげよう」という感じだったのです。

 採用する側でもそういう意見が大勢でした。
「C子さんは自閉症もあいまって無理でしょうから、軽度のA子さんを採用しましょう」
と社長が社員にはかったそうです。すると一人の社員がこう言ったそうです。
「私はC子さんを採りたい。なぜなら、A子さんやB子さんは、わが社が採用しなくても、きっとどこかの会社で採用してくれるはずです。しかし、C子さんは、わが社が今日、ここで採用しなければ、働く機会を永遠に失ってしまうかもしれません。働く喜びと、働く幸せを知らないまま、C子さんは息を引き取ってしまいます。そういう子のためにこそ、わが社は存在しているんじゃないですか……」
 その言葉にみんなわれに返り、「そうだ。それがわが社の存在する原点だ」と思い直し、そうしてC子さんが採用されたそうです。

 採用はされたけれども、重度の障害と自閉症を併せ持つC子さんのその後は並大抵のことではなかっただろうと想像できる。しかし、C子さんは自閉症を克服していく。その経緯は次のようである。

 (C子さんは)自閉症でしたから、半年間か一年間、誰ともコミユニケーションをとれないまま月日がたちました。ところがある日、仕事仲間から、
「あの子はしゃべらないけれど、いつも日記みたいな書きものをしている。われわれが行くと閉じてしまうけれど……」
という報告があったのです。そこでSさんという一人の社員が、筆談することを思い立ちました。

 最初は無視されましたが、心が通じたようで、だんだんと筆談するようになり、その頻度が非常に高まったそうです。そのうちC子さんは書くのが面倒になってきたのでしょう、自分の思いをすぐに伝えたくなったようで、ついに口を開いたのでした。

 C子さんは、今では普通に話せます。しかしそうなるまでには、何年も何年もかかったそうです。彼女の心を開いたSさんは、うれしいことに、やがてファンケルスマイルの社長さんになった方です。このSさんは、今でも三十数人の社員の方々と文通しているそうです。

 この方がいかに障害者である社員の方々に信頼されているかということは、すぐにわかりました。社長を見る障害をもった社員の方々の目の輝きが違うのです。この方は支持されている、信頼されていると、一目でわかりました。

 最後に坂本氏は次のようなエピソードを書き留めている。

 この会社のことも、ある新聞に書きました。

 新聞に書いたあと、私の教え子だったMという男性が、同じ教え子であった奥さんと二人で、何年ぶりかで正月に遊びに来たことがあります。そのとき、二人が連れていた子どもはダウン症でした。

 「お、珍しいなあ。よく来たね」と言うと、M君は「今年のお正月は先生にどうしても会いたかった」と言うのです。
「先生が書かれた、ファンケルスマイルの記事を見て、『ああ、先生がいる』と思いました。先生、絶対長生さしてくださいね。長生さして、この子の推薦状を書いてください。将来この子が養護学校かなんかを卒業して就職するとき、この会社に推薦状を書いてください」
 と言うのです。

 その子はまだ2歳くらいでしたが、障害を抱えた子どもの親は、その子の将来が心配で心配でたまらないのです。

 そういう多くの親たちの心の支えになっているのが、ファンケルスマイルのような会社なのです。

 地域社会への貢献の仕方は、いろいろあるでしょう。しかし、このような貢献の仕方は、お金ではできません。私たちは、そういうことをしている会社をこそ評価し、応援しなければならないのだと思います。

企業経営の社会主義化・日本編(3)



株式会社アールエフ


  アールエフは『日本でいちばん大切にしたい会社 2』で紹介されている。「赤ちゃんや子供たちの命を救いたい」をモットーにさまざまな医療機器を開発・製造している会社だ。その製品の中で特に「Sayaka」という商品名のカプセルカメラ(飲むカメラ)について、坂本氏は「ノーベル賞級の商品ではないかと思います」と賞賛している。  アールエフ紹介記事の目次は次の通りである。

株式会社アールエフ(長野県)
 「小さな命をもっと救いたい」-
 世界が驚くカプセル内視鏡を開発。「人間の幸せ」を追い求める中小企業

①夫婦でワンルームマンションからの開業
②「病弱な母親を助けたい」という思いが原点
③「飲む内視鏡カメラ」の萌芽
④病気で苦しむ人を少しでもラクにする商品を
⑤世界の医療界が驚く快挙
⑥出会いが開発させた「口腔内カメラ」
⑦もう一つの主力商品、「フィルム不要なレントゲン」
⑧「小さな命をもっと救いたい」
⑨人命を救う機器だから特許はとらない
⑩商品には女性の名前を
⑪優秀な女性がたくさん集まる会社
⑫営業に行くのではなく、お客が足を運んでくる
⑬後身育成のためには時間も金も惜しまない

 ⑨⑬がすごい。強欲資本主義の対極にある快挙だ。また⑩⑪も、どうしてなのか、興味しんしんである。それらを読む前に、まずアールエフの丸山社長の経営理念を聞いてみよう。丸山氏は次のように語っている。

 近年、高度化してきた医療機器の研究は、テクノロジーのみを追求した代償として、患者さんへのやさしさや配慮を欠いた製品が多かった。大人でさえ非常な苦しさを伴う内視鏡検査など、子供に強いる苦痛ははかり知れません。

 現在の医療機器は、そのほとんどが成人向けに研究され、それが小児にも転用されています。小児専用の研究が遅れている理由は、小児科医院の経済的事情、マーケティング規模などが考えられますが、世界的な規模で考えてみれば市場は十分でしょう。むしろ、小児用に開発された機器を大人向けにデザイン変更するほうが無理がないのです。

 本来あるべきはずの医療従事者の姿は、弱者の側に立った、患者ありきの医療のはずです。ですからカプセル内視鏡カメラの発想も、実は子供の患者さんの体を痛めまい、小さな命を救いたい、そのためには、できるだけ広範囲にいきわたるように低価格な商品でなければいけない。

 世界中の病気の予供たちに、もっと医療機器を使ってもらいたい。これが私の願いなのです。

 その理念に添って開発されている製品が⑤⑥⑦などで紹介されているが、⑤の「Sayaka」がどのような製品なのか見てみよう。「Sayaka」はまだ(2009年12月現在)犬での臨床実験の段階で販売されるまでにはもう少し時間がかかると書かれているが、次のような驚くべき製品だ。

 アールエフの開発した内視鏡は、飲み込めるのです。

 当初開発した内視鏡のサイズは、直径九ミリ、長さ二三ミリと、女性の小指の先くらいでした。普通に飲む薬のカプセルより少し大き目ですが、飲めないサイズではありません。もちろんワイヤレスで、カメラ機能をもっており、薬のように飲み込むと、内臓を撮影できるものです。写した画像は体外のモニターテレビに電送され、ライブでカラー画像を見ることができます。

 さらに、このカプセル内視鏡には、全体積の約四割にあたるフリースペースがあります。この体積の余裕と電力の豊富さから、将来的にはドラッグデリバリーシステムヘの応用が期待されています。つまり、薬をカプセルカメラに搭載し、患部の近くに来たときに薬を照射できる製品になる可能性があるのです。

 さて、⑨も丸山氏の経営理念のしからしむところであろう。

 これだけすごい技術をもっている会社は、それを隠そうとするのが普通です。ばんばん特許をとるなどしてクローズしたほうが、自社が儲かるからです。しかしアールエフは、基本的にはオープンしています。企業として利益を得なければいけませんから、特許ゼロということではありませんが、ほとんど特許申請をしないそうです。

 医療器械は商品とはいえ、人の命を救う機器です。いくら儲かるからと特許をとったとしても、もし自分の会社の生産が間に合わなかったらどうなるでしょう。その機器が使えないせいで、死んでしまう人もいるかもしれません。
「わが社は〝公知″(公然と知られた状態)という手法での特許出願です。研究者と企業の良心を動かします。共感してくださった方々が長野までわざわざ来てくださり、そのいわば〝友人″の輪は海外へと広がり、アールエフを温かく、また力強くガードしてくれるのです」
「新しい技術開発には、ライバルが必要です。技術を囲い込むと短期的には利益を確保できると思いがちですが、長期的には違います。『独占』という安心感から技術開発にブレーキがかかり、新技術が生まれにくい上壌になってしまうのです。技術の公開によってライバルが出てくると、なおいっそうの緊張感をもって競い合わなければならなくなり、結果として新しい技術が出てくるのです」

 これが、丸山社長の考え方です。

 さて、アールエフ商品には女性の名前がついている。
最初のカプセル内視鏡―「NORIKA」
最新型のカプセル内視鏡―「Sayaka」
デジタルX線センサーのレントゲン―「NAOMI」
歯科業務用口腔内カメラ―「MIHARU」

 「NAOMI」は丸山社長と会社の草創期から苦楽を共にした副社長の名前からとったという。直美さんが結婚する時に、社長が「会社をこれだけよくしてくれて、ありがとうございました」という意を込めて、結婚祝いのプレゼントとして命名したのだという。
 また「Sayaka」は、「サヤカさんが一生懸命がんばってくれたおかげで、この商品を開発することができた」ということで、社員全員の投票で決めたという。

 超ハイテク産業の会社でありながら、このような商品名のつけ方をする―「小さな命をもっと救いたい」という理念から発せられるぬくもりが、会社全体にあるからなのでしょう。

 ちなみに最初の「NORIKA」は有名女優の名前をいただいたそうです。ファンだった社員がいたからだといいます。これも社員と一緒になって決めたそうですが、堅いだけではなく、そういう家族経営の町工場のような温かな茶目っ気もある会社がアールエフなのです。

 このようなところにも社員を大事にする社風がかいまみられる。

 またアールエフには、ランチミーティングというのがある。もとは昼食を摂りながら全員で行っていたようだ。現在は社員が多くなったため全員ではできいので、社長と社員、他部署の社員同士のコミユニケーションを密にするため〝くじ引きランチ″にしているという。

 社員食堂の入口に置いてある箱からくじを引いて、座る場所を決めるのです。

 ある程度会社が大きくなると、部署のなかの、またさらにそのなかの数人で昼食をとりがちです。だんだん顔ぶれが同じになって、知らない社員、あまり話をしたことのない社員も多くなってしまいますが、このくじ引きだといろいろな社員と昼食をとることになります。セクショナリズムに陥らないよう、コミユニケーションを大事にしているのです。

 アールエフの以上のような暖かみのある社風が⑪のような特徴を生む要因になっているのだろう。

 アールエフのもう一つの特徴は、女性の管理職が多いということです。営業の総責任者も開発の総責任者も女性です。

 アールエフの社員175人のうち、3分の2は男性で、3分の1が女性だそうですが、部長職は3分の2が女性で、課長職以上の管理職は半分が女性です。

 これはもちろん、女性だから優遇するという逆差別をしているのではなく、優秀な女性がたくさん集まってきているということです。

 ハイテクの分野の会社で、これほど女性を生かしきっている会社は珍しいのではないでしょうか。

 こういうアールエフですから、全国から入社希望者が殺到するそうです。メールで問い合わせがあったり直接履歴書が送られてきたりするそうですが、送られてくる履歴書の数は、月平均300通~500通だそうです。ですから年間では5000通近くになるようです。

 上場しているわけでも、広告をしているわけでもない一地方の会社に、これだけ多くの人々が入社したいと思っていることを見ても、この会社がいかに大切に思われているかがわかるのではないでしょうか。

 最後に丸山社長の夢を聴こう。

 丸山社長は後進の育成にも力を入れており、医療の大学院大学を設立したいという夢をもっています。四年制大学で電子工学などを修めた学生のための大学院大学です。

 定員は1学年15~20人ほどの少数精鋭。授業料はなんと全額無料で、さらに月20万円程度の生活補助費を支給し、卒業生には、一年以内の起業を目的に1億円まで五年間の無担保、無利息融資をするという、驚くような支援をするそうです。

 その大学院大学を卒業した人がアールエフに入社するしないは、いっさい問いません。要は、医療器械をつくる技術者を育て、医療を通じて世界中の困っている人の力になりたいのだそうです。

 それは丸山社長の、
「私たちは幸せに生きていかねばなりません。そして本来、すべての技術はそのためにのみ発展すべきものなのです。結局、最も大切となるのは技術ではなく、それを操る人間です。人々を幸せにする、そんな技術や技術者、起業家が一人でも増えるように、これからも何かできれば……」
という願いを形にしたものなのです。

 ですからその大学院では製品の開発技術のみならず医師を中心とした臨床試験や薬事法、特許法など関係法の勉強、経営マネージメント、マーケットリサーチ、販売など、製品化から企業経営に至る内容すべてを学ぶことになるそうです。

 そんな丸山社長の大学院大学設立ですが、これにはもう一つの動機があります。それは、現在アールエフで働いている社員に、学歴をプレゼントしたいということです。アールエフで身を粉にして毎日がんばっている社員のなかには、最終学歴が高校卒業、高校中退という人もいるそうです。彼らが他社や医師などから学歴について尋ねられたとき(いまだに学歴でしか人を判断できない人は残念ながら多いのです)、肩身の狭い思いをしたことがあると言うため、社員に学歴をプレゼントしたいと考えたというのです。

「当社にはかなりハイレベルな仕事をやっている社員がいます。しかし必ずしも全員が、学歴的な意味では恵まれていません。いろいろな事情で高校や専門学校しか出ていない社員がいます。実際に一線で働いて、仕事面ではまったく問題はありませんが、その社員にしてみれば寂しく思うときもあるのではないだろうか。それは仕事で人と話しているときかもしれないし、結婚するときかもしれない。その社員が、世間の価値観に触れて、『高卒や専門学校卒だから見くびられるかもしれない』と思ったとしたらかわいそうです。そんな社員にも実力相応な資格を与えてあげたい」

 丸山社長はそう言います。卒業生を中心にして、将来は長野・日本を、世界へ向けた先端医療機器の供給基地にしたい―丸山社長の夢だそうです。

 「小さな命を救いたい」―丸山社長のその夢は、確実に実現されようとしています。

 丸山社長の夢、実現するといいですね。
企業経営の社会主義化・日本編(4)



株式会社樹研工業(1)


 樹研工業も実に魅力あふれる会社だ。この会社の目次は次のようになっているが、全てを記録しておきたくなるような内容だ。

株式会社樹研工業(愛知県)
社員は先着順で採用。
給料は「年齢序列」の不思議な会社

①入院した社員に三年半給料を払い続けた会社
②六坪の木造平屋工場で六大での出発
③三つの「世界最強の商品」
④国内外に850台の成形機
⑤世界一小さな歯車の開発に成功
⑥画期的な技術を開発して市場をつくっていく会社
⑦社員の採用は先着順で
⑧「私が定年になったら子供を入れてほしい」
⑨学校では問題児だった社員たちの絆
⑩職場は楽しい真剣勝負の場
⑪出張時は誰でもグリーン車で
⑫最高齢の社員が最高給の「年齢」序列
⑬辞めたいときが定年のとき
⑭「社員が路頭に迷うときは私も路頭に迷います」

 ①⑦⑨⑩⑫あたりをメインに紹介していこうと思うが、その前に樹研工業が何を作っている会社なのかを知っておこう。

 樹研工業はプラスチック加工をしている会社である。しかし、他のほとんどの同業者とはまったく異なる経営が行われている。

 プラスチック加工を行っている全国の大半の中小企業は、親会社から仕事を受注する、いわゆる下請けタイプです。このため、プラスチックを成形するための射出成形機(インジェクションマシン)はメーカーから購入しますが、要の金型は、メーカーから貸与されたり、金型メーカーにつくってもらったりする企業が大半です。その結果、プラスチック部品製造業とはいえ、そのほとんどの会社の実態は、加工業のような仕事をやることになるのです。

 しかし、樹研工業の経営スタイルはまったく違います。成形している部品は極小、かつ超精密な、非常に高い精度が要求されるものばかりなのです。しかも特定の企業の系列に属さず、国内外の一流企業と直取引です。現在取引をしている会社は国内外の大手企業約30社ですから、まさに独立独歩の道をひた走っている感があります。

 超精密な金型も、射出成形機も自製。超精密な部品も自社でしかできないという、まさに世界最強の商品を三つも擁している会社なのです。

 「超精密な部品」の一つが樹研工業を一躍有名にしたプラスチック製の極小歯車だった。

 どれくらい小さいかというと、直径0.19ミリ、重量100万分の1グラム。肉眼では歯車とはわからないほどです。この歯車の開発、量産化に成功したというニュースは世界を駆け巡りました。そのニュースを知り、私もさっそく豊橋の本社工場を訪ねて見せてもらいましたが、拡大鏡でのぞいたときの感動はいまだに忘れられません。

 肉眼では粉がばら撒いてあるような感じで視認できませんでしたが、拡大鏡で見て驚きました。
「ああ、確かに五枚の羽根がついている」
明らかに歯車なのです。

 もちろん、世界を驚かせたその歯車が、ある日突然、偶然にできあがったわけではありません。松浦社長は創業以来、「21世紀の技術はマイクロ化が一つの潮流になる」と予見し、1980年代から全社をあげてマイクロ加工に挑戦していたのです。

 さらに、景気に左右されないために、
「この世に一社しかつくれない、樹研工業しかできないという商品をつくらなければ、社員を路頭に迷わすことになってしまう」
という危機意識もあったのでしょう。

(中略)

 10万分の1グラムの極小歯車の開発は、世界の時計メーカー、自動車メーカーを驚愕させました。
「こんな小さいものができるのなら、もっと小さい時計ができる」
「自動車のパーツももっと小さくできる」
「こういう商品がほしかった」、けれど「誰もつくれなかった」ということで、世界中から注文が相次いだといいます。

 100万分の1グラムの歯車は、まだ市場に出ていません。それを活用するものが現時点では存在していないのでしょう。

 現在、樹研工業の稼ぎ頭は1000分の5グラム、1万分の5グラムの歯車だそうです。しかし、たとえば人が飲み込んで検査をする機械などは小さければ小さいほどいいわけです。だから樹研工業は、いつの日か役立つだろうということで100万分の1グラムの開発も行ったのです。

 「100万分の1グラムの歯車」は前回紹介した株式会社アールエフの「飲むカメラ」を更に小さくすることができるかも知れない。

 さて、言うまでもなく、坂本氏は以上のような素晴らしい製品開発力だけで樹研工業を優良会社として取り上げたわけではない。「社員が路頭に迷うときは私も路頭に迷います」というように、松浦社長が常に社員とともにあり、社員を大事にする経営理念を貫いているから優良会社なのだ。次回は樹研工業の社員待遇のあれこれをまとめてみよう。
企業経営の社会主義化・日本編(5)



株式会社樹研工業(2)


 坂本氏は氏を感動させたエピソードから書き始めている。樹研工業では三年半入院して出社できなかった社員にその間の給料・ボーナスを払い続けたというのだ。

 また、樹研工業では入社と同時に掛け金は全額会社負担で全員が1000万円の生命保険に加入する。そして、もしものときには保険の全額を家族が受け取ることになっている。松浦社長さんは言う。
「大切な人を病で失ったご家族に対して、会社ができることは、残った人たちの生活を支えてあげることくらいしかできません。社葬で大きな葬式をあげても、残った人たちのあとの生活を考えると、それは違うのではないかと考えて、私はこうしました。」

 さらに、全社員一心同体の社風を物語るすごい仕組みがある。

 100年に一度の不況といわれている昨今、トヨタやパナソニックといった大企業でも売上が大幅に減少しています。世界に一社しかない技術をもっている樹研工業といえども、仕事は減りました。

 仕事が三割、四割減れば、普通の会社であればリストラをするでしょう。しかし樹研工業では、みんなニコニコしています。

 その理由の一つは、仲間を大事にするという企業風土にあります。仕事が減ったからといって、誰かを犠牲にすることはいっさいしない。
「社員が路頭に迷うときは、私も路頭に迷います。喜びも悲しみも苦しみもみんなで分かち合うのが経営でしょう。社員を5人、10人つかまえて『いくらいくら払うからクビだ』。そんなものではない」
ということです。

 もう一つの理由は、潤沢な内部留保があるからです。
「時代は生き物ですから、好況不況は必ずある。うちは内部留保を積み立ててあります。わが社は1年や2年仕事がなくなっても、全社員に給料を払うだけの内部留保を貯めてあ りますから」
と松浦社長は言います。

 「決して社員を犠牲にしない」という松浦社長の信念は、開発力に裏打ちされて、今後も樹研工業の社風として受け継がれていくことでしょう。

 樹研工業は社員とその家族の生活のより所のような会社である。樹研工業では社員が入院した場合だけでなく、両親や子供の病気などのやむをえない事情で長期欠勤した場合でも、減給されるようなことはないという。坂本氏は次のようなエピソードも伝えている。

 ある日、59歳の社員が胃潰瘍で入院したそうです。社会的には定年間近な年齢ということもあり、弱気になっているその社員に、松浦社長は手紙を出したそうです。

「胃潰瘍くらいで会社を辞められると思ったら大間違い。早く治して出社せよ。会社は忙しい。きみがいないから会社は大混乱だ。よその会社と違って、くたばるまで辞めさせないぞ……」
という内容の手紙だそうです。

 この社員は完治して退院し、現在70歳ですが、「社長から来た手紙がいちばんうれしく、読んでいて涙が出ました」と、現在も元気で樹研工業で働いています。

この社員は70歳でも働いているという。一体、定年制や給料体系はどうなっているのだろうか。

 60歳定年でその時に退職金が全額支払われる。しかしその後、本人が希望すれば全員雇用が続く。しかも給料は続いて昇級していく。つまり60歳定年は名目上の定年なのだ。本人が辞めたいときが定年というわけだ。

 定年がない理由について、松浦社長は、
「六十歳のおめでたい還暦の歳が失業の日などという、こんなばかげた話はありません。第一そんな姿を30代、40代の社員が見ていて、自分の会社に強い愛情、帰属意識をもてるでしょうか?今の60歳や65歳は、昔と違い、精神年齢も肉体年齢も若く、仕事のノウハウが全身に詰まっている。職人たちは技が最もさえる年齢ですから、そんな人を失えません」
と語ってくれました。

 樹研工業の60歳から70歳の年収は1000万円くらいですから、70歳までの10年間働くと1億円です。80歳まで働けば2億円手に入るわけです。

「宝くじは当たるかどうかわからんけど、こっちは確実ですから、健康に気をつけなさいと社員にはやかましく言っています」
と、松浦社長は笑っていました。

 給料体系は完全な年齢序列制(「年功」ではない)だという。本給は、社の生涯賃金表にもとづいて、年齢に従って給料が上かっていくのだ。つまり、最高齢の人が最高給を受け取っていることになる。そのような給料体系になった経緯は次のようである。

 30年ほど前までは、樹研工業も、評価をして給与に多少差をつけていました。しかしある年、みんながよく働いたのでどうしても差をつけられなかったそうです。そのときは、
『今回は評価できないけど勘弁してくれ、次はちゃんと評価するから』
と謝ったのですが、その次もやはり評価できませんでした。それで、今日に至っているのです。

「ボーナスもやはり年齢で決まるのですか?」と私が質問をすると、
「そうです。最近は、『今回のボーナスは総額でいくらですよ』と全社員にメールを送っています。そのとき、『社員が今何人いるから、一人あたりはこのくらいの額ですが、それに満たない人は評価が低いわけじゃない、足らないのは年齢だけですから、もう少々お待ちください』という、ただし書きを添えています」
と話してくれました。

「年上の人より自分のほうが仕事をしているのに、と不満を言う社員はいないんですか」と重ねて尋ねると、
「そんなやつ、おるわけないでしょ。いい仕事ができるのは40歳過ぎてからで、技術が完成される60歳以降がいちばん生産性が高い。実際うちの業績を過去に遡って調べてみたら、社員の平均年齢が高い年ほど、業績の伸びもいい。年寄りがいちばん稼いでいるんです。感覚的ですが、年寄りの生産性は新入社員の5倍くらいはあるんじゃないかな……」


「不満を言う若手などいるわけがない」という松浦社長の言葉には驚かされました。「これだけの世界的な企業が何を浪花節みたいなことを……」と思う人がいるかもしれませんが、大家族的経営を志向する社長の人柄が組織に浸透しているからこそ言える言葉なのでしょう。

 このような会社なら働き甲斐があろう。全力を尽くして仕事に打ち込めるに違いない。

 では、このような素晴らしい会社に採用されるにはなにが必要だろうか。驚くべきことに、なんと、入社希望者は先着順で採用するという。

これは創業以来だそうです。

 創業当時、新聞などに募集広告を出しても、何をやっているかわからないような小さい会社ですから、なかなか従業員が集まらなかったそうです。そんなとき、わざわざ入社したいと来てくれたありがたさを、いまだに忘れることができないからといいます。

 ですから、中卒だろうが、中途採用であろうが、日本人であろうが、外国人であろうが、男だろうが、女だろうが、いっさい問題にせず、早い者順に採用しているのです。

 早い者順で面接する際、履歴書を持参する人もいるそうですが、まったく目を通さず、たいていはもち帰ってもらっているそうです。その理由を、松浦社長はこう教えてくれました。

「今までのことより、これから一緒にやろうということが大切です。それに何より、数ある企業から当社を選んでくれたことへの感謝の気持ちが先に立ってしまう。自分もこの町の多くの人に育てられて、今日があるのですから……」

 この人間信頼の深さにも驚かされる。しかし、私の中に巣くっているステレオタイプな常識が頭をもたげてくる。
「そのような採用の仕方では、中には非常識な者もいて、社員管理が大変だろう。」


 坂本氏が優良企業として取り上げている会社はどこも社員を管理するルール・規則がない。樹研工業も例外ではなかった。

 樹研工業には出勤簿もタイムレコーダーも、出張報告書もないのです。社内会議のための面倒な資料づくりや手続きも存在しまん。私が「それでは困りませんか?」と尋ねると、松浦社長は、
「つまらない、後ろ向きな仕事はできるだけ省き、次の仕事に取りかかる。これが生産性を上げる基本です。社員はみんな仕事をしに出社してくるのです。病気で休んだとしても、常に頭のなかは自分の仕事でいっぱいでしょう。そんな社員にとって、出社したという証明である出勤簿やタイムレコーダーに、どれだけの価値があるのですか?」
と話してくれました。

 樹研工業の社員たちの働きぶりを示すエピソードを拾ってみよう。(次回へ続く)