2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
「財源=税」問題を考える。(1)

 久しぶりに時事問題を取り上げます。

 今回の総選挙で政権交代が起こることが確実となったと、ほとんど全てのマスコミが口をそろえている。自民党はなりふり構わぬ野党攻撃を行っている。その狼狽ぶりは滑稽ですらある。いま公明党候補の選挙カーが、ただただ候補者の名前をヒステリックに連呼して近くを通り過ぎていった。まるで藁をもつかみたいといった焦りと悲壮感が漂っていた。自民の悪政に荷担してきたのだから、自業自得というべきだろう。

 自公与党は民主党などの掲げる経済政策に対して、「バラマキ」だと言い、「財源」の裏付けがないと批判している。自分たちが行ったバラマキには口をつぐんで、なんの反省もないから、全く説得力がない。

「不況で税収減の中、民主党はあれこれやると言っているがどうするのか。マジックでハトを出すのか。ハトがたくさんだから鳩山だと言っても、何のプラスにもならない」(小泉純一郎元首相、神奈川県鎌倉市での演説会で)

 野良犬となったブッシュ・ポチがまだデカイツラをしている。大企業・高所得者・資産家の大減税を行い、低賃金の派遣労働者を大量に作り出し、社会的弱者への高負担を推し進めてきた張本人が何を言うか。

 野党は、自公政権が主導した大企業・高所得者・資産家優遇のブルジョア独裁国家から、福祉国家への転換を打ち出している。デンマークやスエーデンのような社会民主主義的な国家にいたるまでの道のりは、財界や財界の代理人政治家や官僚の必死の抵抗があり、きわめて険しいと予想されるが、それへの第一歩を踏み出そうとしていることは評価したい。

 政府や官僚が垂れ流す情報には、いつも眉につば付けて接しているが、では正しい情報は何なのか。権力の支配下にあるマスコミには期待できない。情報不足のため、私(たち)は多くの判断を過つ。例えば、誰もが安心して生きられる高福祉の国家作りのためには、私は消費税の増税をやむを得ないものと肯定していたが、今はその考えが浅薄だったと反省している。福祉のための財源を消費税の増税に頼るのでは、自公政権と何ら変わらない。

 消費税に頼らないで、福祉のための財源は確保できるのか。「目からうろこ」の本に出会った。富山泰一(とみやま やすいち)著『消費税によらない豊かな国ニッポンへの道』(あけび書房)。この5月に出版されたばかりの本です。豊富な統計資料を駆使して、確かな論拠と明快な論旨。この本を教科書に、何回かにわたって、「財源=税」問題を深く考えてみたい。

 著者の富山さんは税理士で、かって全国税研中央推進委員会委員長を務められ、「国会大蔵委員会委員の想定問答集」作りに関与されたそうだ。現在は日本納税者連盟(不公平な税制をただす会)事務局長・日本租税理論学会、現代税法研究会会員・埼玉自治体問題研究所顧問・財源試算研究会主査・納税者権利憲章をつくる会運営委員など、幅広く活躍されている。

 まず本の内容を概観するために、目次を紹介しよう。興味がわいたら、ぜひ直接読んでみてください。多くの人に読んでもらいたい本です。どの党が政権を取ろうと、その党の政策を監視していくための必須の知見が詰まっていると思う。


第1章
 日本の税・社会保障負担は低いのか、
高いのか

 1「国民負担率が低い」にだまされるな

 2 EU主要国の社会保障給付費と比較し
  てみると

 3 日本企業の税・社会保障負担は国際
  的に最低水準


第2章
 日本はなぜ財源不足になったのか

 1 経済政策の失敗と大企業などの利益
  一人占め
   つくられた「経済失政」についての
  検証を
   大企業の利益一人占めは国益に反す
  る行為

 2 財政における「3つの機能」は
  有効に作用しているか

 3 低金利政策による国民の逸失利得


第3章
 なぜ・消費税は導入されたのか

 1「高齢化社会のためと言っておけば
  分かりやすいから」

 2 消費税には担税力はあるのか

 3 消費税の特徴と問題点

 4「日本の消費税率は低い」は本当な
  のか


第4章
 消費税導入後の税・社会保障の「抜本改革」

 1 消費税導入後の税制改革の流れ
   個人課税=総合課税・累進税率の
  破壊
   法人課税=特別措置の温存・拡大、
  税率引き下げ
   消費税=増税に伴う諸措置の
  改廃・緩和措置の廃止
   社会保障負担=ほぼ毎年の給付削減
  と負担増

 2 小泉内閣発足以降の税・社会保障の
  負担増と給付減


第5章
 税財政政策・社会政策を作っているのは誰か

 1 日本における政策策定過程はどう
  なっているのか

 2 誰が、誰のための、政策づくりをし
  ているのか

 3 国家を私物化している財界の構図

 4 日本経団連の政党「通信簿」


第6章
「構造改革」路線で格差と貧困が拡大

 1 企業課税に見る高蓄積のしくみと
  実態

 2 企業はどのように儲けているのか
   儲けた利益はどこへ行ったのか
   内部留保増加の要因は租税特別措置
  拡大と税率引き下げ
   大企業の法人税実質税率はかなり
  低い

 3 高所得者は特別措置と最高税率引き
  下げで大減税
   高所得者ほど減税額は多くなる
  ・・・最高税率引き下げの不合理性
   高給者の必要経費はなぜ高いのか
  ・・・給与所得控除の不合理性

 4 資産家はこんなにも減税されている

 5 税制改悪による中小事業者の経営難
  と生活破壊

 6 増税の標的にされている
  サラリーマン
   収入の二極化はどのようにして作ら
  れたのか
   収入の二極化に反比例した負担の
  二極化
   「食う前に税金を払え」
     ・・・税金とりたての仕組み
   課税最低限の額は先進国中で最低

 7 年金生活者の税金はどうなるのか

 8 所得再分配の悪化による格差と貧困
  の拡大
   税金による再分配はゼロに等しい
   金持ちから貧しき者への税・社会
  保障負担の付け替え
   貧困率悪化は非正規雇用の増加に
  よる格差拡大が主因

第7章
 消費税によらない豊かな国ニッポンの
創出のために

 1 国民はどのような国づくりを望ん
  でいるのか

 2 税金の使い道に納得していることが
  納税の原点

 3「広く薄く」の負担は国からの
  サービスの対価?

 4 すべての人への恩恵は減税でなく
  財政出動で

 5 企業増税で国際競争力は落ち、
  高額所得者は海外脱出?

 6 喫緊の課題は低所得者層の収入を
  増やすこと

 7「小さな政府」から「大きな政府」
  への転換を

   富める者には高福祉低負担、
  庶民には…
   高福祉高負担が日本を豊かにする
  カギ
   政府は国民に信を問わず
  「消費税増税法」可決


第8章
 生活大国ニッポンへの財源は充分にある

 1 無駄な歳出をなくすこと
   「公共投資型財政」から福祉型財政
  への転換を
   莫大な「在日米軍への思いやり予算」
   使途が不明瞭な「政党助成金」
   「埋蔵金」流用は一時しのぎに
  過ぎない

 2 税負担のあり方を応能負担に
  変えること
   課税の「公平」の考え方を庶民本位
  に変えること
   企業不公平税制を判定する基準
  はなにか


第9章
 国民本位の税・財政改革についての提案

    総合的な改革視点と具体的提案の
   ために
    今こそ「納税者権利憲章」の制定を
第10章
 不公平税制を是正するだけで、
20兆円の財源が確保できる

   消費税を全廃しても税をただせば
  20兆円創出
   税金の無駄づかいを試算すると何と
  38兆円にも

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「財源=税」問題を考える。(2)

 今日の記事は、衆議院選挙投票日の前にアップしようと思っていたのですが、何十年ぶりかの発熱にみまわれ、つい延び延びになってしまった。発熱した日のうちに診察を受けましたが、新型インフルエンザの検査はマイナス判定でした。症状は熱だけで、咳や鼻汁や頭痛はない。解熱剤が処方されましたが、熱は上がったり下がったりで、快癒しない。未だ原因が分からない。ともあれ今日は小康状態なので、記事作成を再開しました。(他の人には関心のない私事を書いてしまいました。)

 さて、何ごとも、そのことについての歴史の正しい認識を欠くと、その現状の判断や未来への展望を誤る。その観点から、「政権交代選挙」と喧伝されていた今回の総選挙についても、マスコミの論調やいわゆる有識者たちの言説に大きな違和感を感じていた。ほとんどの論者は、現行の議会制民主主義こそ真性の「民主主義」であるという誤認識のもとに論説を展開している。議会制民主主義についておおまかな復習をしておこう。

 議会制民主主義は、歴史的には、ヨーロッパにおける数々の市民革命を経て編み出されたもので、ブルジョア(経済的支配階級)独裁を貫徹するための政治システムである。そして、資本主義経済システムにおける社会的不平等こそが、議会制度を屋台骨とする近代国民国家(ブルジョア独裁国家)の存立を可能としている。平等な一票は社会的不平等の下で反故同然となる。この「議会制民主主義」の歴史的成立事情は現在の成熟した国民国家においても貫徹されている。

 では、社会的支配階級であるブルジョアジーはどのようにして政治的支配をも掌中におさめるのか。その答えは、議会や政府(執行的諸機関)とブルジョアジーとの現実的な関係の中にある。

 ブルジョアジー内部では、個別資本の地域的・業種的特殊利害にもとづく様々な対立・抗争・軋轢などが渦巻いている。しかし、他の社会的諸階級・階層とくに被支配階級に対する支配階級の共通的な一般的利害が大きな問題としてある。その一般的利害とは、いうまでもなく、ブルジョアジーの存立条件である資本制的生産様式維持のための利害である。従ってブルジョアジーの対立・抗争は、支配階級としての統一され一般化された観念的「共通利害」の立場から、内部的に調整され制御され、外部的には大きく統一された階級的意志・総意として集成され、押し出される。これを「総資本意志」と呼んでいる。

 このようにして形成された総資本意志が、一般的「法律」として形成されていく道筋は、大きくみて二つある。

 一つは総資本意志が、直接の政治的代理人である有力議員層の手を通じて、政府-官僚機構へ強引に押しつけることにより、政府法案ないし官僚の手を借りた議員立法という形で押し出される場合である。2007年に経団連が発表した「御手洗ビジョン・希望の国」(これは被支配階級にとっては「絶望の国」にほかならない)がすぐに思い出された。自公政権の悪政の多くが「絶望の国」と重なっている。

 いま一つは、未だ明確に確定できていない総資本的意志を、政府-執行機関が、より観念的かつ国家的見地から先取りしてすくい上げてその能動性を発揮する場合である。この場合は「国家百年の大計」などといった意気込んだ言質をともなって官僚層が「法律」を立案することとなる。あるいは告示・通達の中に先取りすることもある。「学習指導要領」に盛り込まれた「君が代・日の丸」の義務化はそうした例の一つだろう。これには「絶望の国」が後追いをして、「企業や官庁が日常的に日の丸を掲げ君が代を斉唱すること」を提言している。

 ところで、国家意志として形成される一般的法律は、大きく「公法」と「私法」とに分類される。「私法」とは『社会・経済政策に関わる法的規範』であり、いわば社会的国家に関わる法律である。それに対して「公法」とは政治的国家として『直接の階級的支配体制を、大きく外面的に束ねる<政治的支配>に直擦関わる性格の国家意志』(外交など「共同体-即-国家=外的国家」としての国家意志もここに入る。)である。

 総資本意志が大きく国家意志形成に関与するのに対して、被支配階級の意志は、国家意志形成において部分的にでも反映されるとしても、それは原則上、各種公共土木事業や社会福祉また国民的諸階級・階層への各種経済的保護・育成などの、社会・経済政策に関わる経済的国家意志、つまり「私法」に限定される。しかし、「公法」においては、被支配階級の意志が反映されることは原則上不可能である。

 今回の総選挙で政権交代が起これば、それは「無血革命」だなどという言説もあったが、それ原理的に間違いである。そこまで幻想しては大きく落胆するだろう。私は、「私法」において被支配階級の意志がこれまでよりも大きく反映させることには期待している。しかし、「公法」においても被支配階級の意志が反映されなければ、その変革は「革命」とは言えない。

 以上に見てきたように、議会における国家意志を一般的「法律」として策定し、かつその内容を根本的に規定しているのは、ブルジョアジーの総資本意志であるある。ところが、小泉「偽」構造改革以来、ブルジョアジーの国家意志への関与は直接的で、極めてあくどくなってきていた。その典型が「経済財政諮問会議」である。

(枕が長すぎて、本題に入るところでくたびれてしまった。次回に続く。)
「財源=税」問題を考える。(3)
各種審議会の仕組み


(やっと本題に入ります。『消費税によらない豊かな国ニッポンへの道』の第5章を読みます。)

 少数派のブルジョア階級だけでは、もちろんブルジョア独裁を貫徹することはできない。議会制民主主義という建前民主主義に他の諸階層諸階級の相当数を取り込むことが必須の条件となる。1970年代、高度経済成長のおこぼれに預かって、一億総中流化時代と呼ばれた頃まではその戦略は功を奏していた。「議会制民主主義=真の民主主義」という誤解がしっかりと根付いたのもこの頃だったろうか。

 一方、被支配階級の抵抗権の弱体化に成功した支配階級(政官財)は傲慢となり、議会制民主主義(ブルジョア民主主義)の本質を忘れ去り、他の諸階層諸階級をないがしろにした。その誤謬の根源は「イデオロギー(階級対立)の終焉」という妄論にあったろう。特にこの10年間は他の諸階層諸階級を徹底的に痛めつける国家意志を強引に押し通してきた。今回の総選挙における自民党・公明党の惨敗の真の原因はその点にある。そういう意味では今回の総選挙の結果は革命の始まりと言ってよいかも知れない。

 とはいえその間、支配階級は他の諸階層諸階級を全く無視していたわけではなかった。国家意志を貫徹するための通過儀礼として、支配階級は被支配階級の要求(民意)を取り込むポーズだけはとり続けていた。その最たるものが、小泉が始めたタウンミーティングという擬式である。やがてそれがまやかしであることが、安倍が強行した教育基本法改悪時の「やらせタウンミーティング」で明らかになった。

 小泉による悪政・「構造改革」は小泉内閣時に唐突に出てきたわけではない。それ以前から伏線は引かれていた。ここ10年ほどの、自公による国民生活破壊の過程を簡単に振り返ってみよう。

① 1997年橋本内閣
 「変革と創造」6つの約束(行政委員会最終報告)
② 1999年小渕内閣
 「日本経済再生の戦略」(経済戦略会議最終報告)。現在その禍根がいよいよ明らかになってきている周辺事態法(日米ガイドライン)・憲法調査会設置法・国旗国歌法・通信傍受法・住民票コード付加法(国民総背番号制)などの悪法はこの内閣の手になることを忘れまい。
③ 2000年森内閣
 「経済構造の変化と創造のための行動計画」(IT戦略会議)の3つの歴代内閣における基本戦略の実行を約束。首相就任最初の所信表明演説で、「処方箋はすでに示されている。私が成すべきことは、決断と実行であります」と述べている。
④ 2001年~2006年小泉内閣
「構造改革の考え方一活力ある経済社会の創造」によって、「市場プログラム」のもと広範な政府業務の民間委託化の道が開かれた。具体的にまとめると次のようである。

(1) 規制改革
 規制緩和「官から民へ」の構造改革特区(民営化、民間委託、市場化、道路公団、郵政公社など)
(2) 税制改革
 持続的な経済社会への活性化
(3) 歳出改革
 簡素で効率的な政府(歳出の質の改善と規模の抑制)
(4) 地方の自立・活性化
 「国から地方へ」、補助金・交付金・税源配分の三位一体化(地方分権と称する財政の集権化は捨てない)
(5) 日本の魅力の再生
 観光振興、都市再生、対内直接投資
(6) 暮らしの構造改革
 食の安全確保、世界最先端のIT国家など
(7) 持続可能な社会保障制度
 給付と負担のあり方、持続可能な年金、医療制度など(社会保障制度のスリム化、企業の社会保険負担軽減 ― 民間保険会社の業務拡大)

 歴代内閣における基本戦略に共通しているのは、いわゆる「小さな政府づくり」と「規制緩和」を中心とする「構造改革」であり、それが小泉内閣によって集大成化された。字面はきれい事が並んでいるが、その実態はこの国の惨憺たる現状が如実に示している。

 また、もう既に周知のようにこの「構造改革」は、アメリカ・財界から指示を受けて政策化されたものである。「小さな政府」を目指す政策目標を改めて列挙すると

 政府がやっている仕事を民間に移す(民営化、民間委託など)

 社会保障制度のスリム化をおこない、民間企業の税・社会保険料の負担を軽くする

 政府の仕事を縮小させることによって、民間企業の活動の場を広げる(健康保険の縮小による民間会社の業務分野の拡大など)

 また、今日の派遣切りなどを生み出した元凶の規制緩和の基本にある考え(新自由主義・市場至上主義)は次のようであった。企業が儲かるような経済構造にするためには企業の手足を縛ることなく、企業に自由に活動させる方がよいとし、そのためにはまず何よりも規制緩和が必要だとした。労働に関する規制緩和を例にとれば、橋本内閣、小泉内閣ともに、労働者派遣法の規制緩和をおこなうなど、労働の規制緩和に精力的に取り組んできた。

 さて、「国民各層の意見・要望を行政府に反映させる」という建前で設立されるが、実態は総資本意志の全面的取り込みを行っている曲者がある。各種審議会である。全体像が分からないほどたくさんある。その数はおよそ百数十といわれている。また、小泉内閣発足時に30余が新設されたと伝えられている。開店休業状態のものや大臣の私的懇談会なども含めると、一体どれくらいになるのだろうか。以下は、2004年に小池晃参議院議員(日本共産党)が資料請求して明らかにした各種審議会の実態である。

 政府の各種審議会で2つ以上兼職している委員が12省庁所管の委員1760人(定数の合計)の中で延440人おり、4人に1人にのぼる。この実態は明らかに「国民各層の意見・要望を行政府に反映させる」という審議会設置の目的から大きく逸脱している。

 兼職委員の多くは、経済および産業に関する事項について論議する産業構造審議会(経産省所管)で委員27人中19人(70・4%)もおり、兼職先は、中央教育審議会、社会保障審議会、財政制度審議会など各省庁の主要審議会にわたっている。3つ以上兼職している委員は166人で全体の9・4%、内4つ以上は45人もおり、最も多いのは木村孟大学評価学位授与機構長の中央教育審議会長(当時)の5つだった。

 財界代表では、奥田碩(トヨタ自動車相談役)日本経団連会長(当時)は4つを兼職、森下洋一(松下電器産業会長=当時)税制委員会委員長も4つ兼職していた。全省庁の審議会予算(2004年度)の委員報酬額は11億6400万円にのぼり、委員の最高報酬額は宇宙開発委員会(文化省所管)会長の月額131万7000円である。当然、兼職が多いほど受け取り報酬額も増えることになる。
「財源=税」問題を考える。(4)
小泉悪政の推進機関「経済財政諮問会議」


 各種審議会の中で特に、総資本意志を全面的に取り入れて、得意になって国民生活破壊のつゆ払い役を果たしたのが内閣府の諮問機関である経済財政諮問会議(以下、経財会議と略す。)であった。

 経財会議は、中央各省の再編に伴って設けられた機関で、森内閣時にスタートした。しかし、森内閣時にはほとんど機能していなかった。これを引き継いで、小泉内閣が全面的に活用する。小泉内閣は、予算編成(経済財政政策)の基本骨格を決める権限、いわば国家運営の基本の決定権をそれまでの財務省から奪い取って経財会議に移した。そこで、いわゆる「骨太方針」と呼ばれている「経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針」が作られた。

 経財会議のメンバーの11人で、4割以上は民間有識者にしなければならないとされている。総理を議長とし、閣僚5人(内閣官房長官・経済財政政策担当大臣・総務大臣・財務大臣・経済産業大臣)・民間人5人という構成になっている。ところが民間有識者5人が曲者である。その内訳は財界人2人・学者2人・日銀総裁である。4名の民間有識者の顔ぶれを見ると(先の2人が財界人、後の2人が学者)

小泉内閣時
奥田碩・牛尾治朗・本間正明・吉川洋

安倍内閣時
御手洗冨士夫・伊藤隆敏・丹羽宇一郎・八代尚宏

福田内閣時
張富士夫・三村明夫・岩田一政・吉川洋

 財界トップ・財界有力者と、学者はいずれもいわゆる御用学者。結論ははじめっから決まっているようなものだが、念のためその政策決定過程を概観しておこう。

 まず日本経団連が政府に対し「提言」をおこなう。→その「提言」を受けて審議の初回に民間議員の4人が共同で審議方向を提案する。→閣僚はそれに同調し、審議に入る。
 つまり、日本経団連の「提言」に即して民間議員が共同提案をおこない、まとめにあたってもその方向をやはり民間議員が共同提案する。いずれも民間議員が審議をリードしていく形をとっている。審議結果はほぼその線でまとめられる。なんのことはない、財界の財界による財界のための審議である。

 そこでまとまったものは、ほぼ無修正で閣議決定という段取りで政策が決められていく。それが法案化され、国会に提出される。あとは強行採決あるのみ。この審議会も、民間の意見を取り入れたというポーズを取るための欺式に過ぎない。この経財会議の問題点を、富山さんは次のように指摘している。
 国のもっとも重要な政策会議であるこの経財会議と規制改革会議には労働組合も排除されており、真の国民の代表が1人も入らない中で重要な政策が決められているのです。そして、日本経団連の「提言」の基本的要望などかなりの部分が政策化され実現されていくのです。

 このプロセスについて竹中平蔵氏は次のように「喝破した」ことが、五十嵐仁著『労働再規制―反転の構図を読みとく』(筑摩新書)に紹介されています。それは、「事前の『裏戦略会議』で入念に仕込んだ民間議員(の提言)をペーパーで切り込み、議論が二歩前進、一歩後退しながら熟してくると「竹中取りまとめ」で後戻りできないようにピン留めする。最後は『小泉裁断』で決着する。この3点セットで抵抗する各省や閣僚を追い込み、諮問会議を官邸主導の政策決定メカニズムのメーンエンジンとしてフル稼働させた(清水真人『経済財政戦記』49頁)」です。

 しかし、よく考えてみますと、これら政策決定については国会がこれまで担っていたものであり、自民党議員の中からは「俺たちは何なんだ」との声が出ていると伝えられています。また御手洗日本経団連会長が「提言」を実現させるために毎日のように政府機関に電話をしているとの話や自民党税制調査会の幹部に御手洗会長が電話した際に、「そんなことばかり言っていると国民は黙ってはいませんよ」と諭されたという報道がされています。

 経財会議は内閣府の諮問機関であり、内閣府は行政機関です。その行政府が立法府の国会の審議権を侵害して政策決定をしているという構図です。それは明らかに、立法・司法・行政の三権分立を規定している憲法にもとることにもなり、憲法違反とも考えられます。

 とりわけ問題にしなければならないのは、これらの審議会の多くは真の国民代表を参加させておらず、財界、大企業の役員により審議・決定し、その中身は反国民的報告や答申となって政策化されていることです。それは、民主主義に反し、問われなければなりません。この構図は、まさに財界などごく一部の階層が、日本を私物化しているものといえるのではないでしょうか。

 三権分立は議会制民主主義(ブルジョア民主主義)の根幹であり、その最も良質の部分である。最高裁判事を筆頭に圧倒的多数の裁判官は、憲法判断を迫られるような事例では行政追認の判決しか出せない。司法はとうに劣化している。その上に立法府(議会)までが行政府(政府)の支配下に入れば、ブルジョア民主主義の根幹が崩れたことになる。

 この状況は「ブルジョア民主主義国家」→「専制国家」という後退のへの一歩手前であることを示している。しかし、このような観点から現況を論じている人は、私の知る限り、佐藤優さんだけである。(8月31日付東京新聞夕刊コラム「放射線」)
権力党

 昨日の衆院選で、民主党が圧勝した。しかし、筆者はこれを民主党の勝利とは考えない。それでは誰が勝利したのだろうか? 筆者は、真の勝利者は小泉純一郎元首相と考えている。 2001年4月の自民党総裁選で、小泉氏は「自民党をブツ壊す」という公約をかかげた。その公約が8年4カ月後に実現したのである。権力は空白を嫌う。自民党が崩壊した隙間を、民主党が埋めたにすぎない。その結果、真の「権力党」が生まれた。

 政党を英語で「ポリティカル・パーティー」というが、パーティー(PARTY)には部分という意味がある。社会にはさまざまな利害対立がある。その社会の部分を代表するのが政党だ。部分の代表者が議会で討論し、合意を形成するというのが議会制民主主義の基本だ。

 ただし、権力党はこのような政党ではない。権力党は部分の代表ではなく全体の代表であるという自己意識をもっている。

 具体例ではソ連共産党がこのような権力党だった。権力党は事実上、国家と同じ機能を果たす。これは民主主義にとって危険だ。

 政党は、民の側から形成された社会団体である。政党の機能は、合法的な暴力を独占する国家の活動をチェックし、その暴走を抑制することにある。ところが全体の代表を志向する権力党の場合、国家と一体化してしまうので国家に対する批判機能が低下する不安がある。民主党に対する世論のチェックがこれから重要になる。

 今回の選挙結果について、今のところ財界は事の真相を把握できず、ただただ戸惑っているばかりのようだ。(今朝の東京新聞の記事「戸惑う経団連 民主対応で臨時会合」)

 民主党が圧勝した総選挙結果を受け、自民党と蜜月時代を築いてきた日本経団連が、新政権にどう向き合えばよいのか苦慮している。御手洗冨士夫会長は「経団連の姿勢、行動形式は変わらない」と平静を装ったが、新政権との距離感はつかめていないのが実情だ。 (花井勝規)

 2日午前、東京・大手町の経団連会館で、御手洗会長が急きょ招集した臨時幹部会議が開かれた。15人の副会長のうち約十0人が駆けつけ、病気療養で主要行事を4カ月間休んでいた中村邦夫副会長(パナソニック会長)も出席した。

 「正しいと思うことを堂々と(新政権に)言っていくしかない」「(民主党政権へ)急旋回はできない。慎重にいこう」。自由討論の形で行われた会議では、基本原則の確認に時間が費やされた。「まだ政権が発足していないし、(鳩山次期首相の)所信表明の中身も見えない」(御手洗会長)ためだ。

 だが、温室効果ガスの削減目標をめぐっては、「もし(国際的に)約束でもされたら、一大事だ」といった意見が出た。民主党は2020年までに1990年比25%削減を目指すとの方針を掲げている。これに対し経団連など産業界は、目標が高すぎるとして強く反対している。

 首相となる鳩山由紀夫氏は今月22日、ニューヨークの国連本部で開かれる気候変動ハイレベル会合に出席する方向。この際、鳩山氏が具体的な削減目標を口にすれば、「国際公約になりかねない」と経団連側は懸念する。

 産業界からは鳩山氏の"口封じ"を経団連に期待する声が強まっており、幹部会議では「公式、非公式、個人などあらゆるルートで民主党にお願いしよう」との声が出た。ただ、幹部の中には「308議席を獲得した政党と正面からぶつかれば国民を敵に回しかねない」との異論もあり対応は揺れている。

 現在の状況が自らが掘ってきた墓穴であることにも気がつかず、従って反省の言葉は一言もない。ただただ儲けだけを追い求めている経営バカであることをさらけ出している。

 この関連記事に御手洗経団連会長へのインタビュー記事が併載されている。一部引用しておく。

―民主党の経済対策については。

「民主党の公約は所得再配分で市場を刺激し内需拡大を図るものだが、少子高齢化の中では限界がある。外需も視野に入れ、内外需バランスの取れた政策を期待したい。アジアとの経済統合推進など外需を取り入れた成長戦略はあると思う」

―民主党の中には経団連の名を挙げ、政・官・財の癒着構造を指摘する議員もいる。

「別に癒着しているとは思っていない。癒着と呼ばれるような時代は三十年前に終わっている

 こりゃ、だめだ。
「財源=税」問題を考える。(5)
財界・自民党の「消費税導入」の執念


(今回からは、『消費税によらない豊かな国ニッポンへの道』の第3章が教科書です。)

 「経済財政諮問会議」の実態は、はからずも、ウソの言説にまみれた国家権力の裏面を白日の下に晒す役割を果たしている。私は『統治形態論・「民主主義」とは何か』で引用した秋山清さんの次の文章のリアルさを改めて確認したと思った。

「われわれは国家というものが、大衆の意志などとまるでまったく無関係な政府によって、政府をつくる政党によって、政府をバックアップする階級によって、資本家によって、官僚によって、あるいは地主らの総合的利益のためによって、つくられて運営されて、下級民衆にはそのための必要によってのみ支配の手が緩急されるという事実をあまりにも痛切に経験しつつある。」

 国家権力がリークする情報をただ垂れ流すだけのマスゴミ報道を鵜呑みにしている人たちは、日本は成熟した民主主義国家であり、上記のような認識は間違いだとのたまう。では、今度は税制という面から、ブルジョア民主主義のカラクリを見てみよう。

一般消費税導入までの経緯

 一般消費税が導入されたのは1989年(竹下内閣)だが、政府の消費税導入の動きは、それより10数年ほど前にさかのぼる。政府はヨーロッパモデルの付加価値税に着目し、それの日本への導入を策動し始めた。最初の具体的な動きは1978年にあった。

1978年 第1次大平内閣
 大蔵大臣金子一平が率いる視察団がヨーロッパ5カ国を訪問し、「ヨーロッパはうまくいっている」との報告書を出す。

1979年
 1月に、「一般消費税」導入を閣議決定するが、9月には遊説先で撤回する。(たぶんに総選挙対策)

1987年 中曽根内閣
2月に「売上税」法案を国会に提出。これまたその年の5月には廃案となる。(国民の大反発で、一応後退)

1988年 竹下内閣
 消費税法が成立(もちろん強行採決)、12月30日公布、翌年4月1日、消費税法(税率3%)施行

 強行採決されたのは「税制改革関連6法案」で、消費税法はその中の一つである。つまり消費税導入は単なる間接税体系の変革だけでなく、経済構造改革の1つとして、それまでの税制に対する基本理念そのものを変える税制全体の変革であった。

 それまでは曲がりなりにも能力に応じた負担(応能負担原則)を公平と位置づけて、税体系を形作ってきたのですが、それを壊していくのですから、別な理論づけをしなければならない必要が政府にはあったわけです。

 「明治以来の大改革」といわれる抜本改革の切り口として消費税が選択され、その後の直接税の大改革への道へとつながったのです。

 「応能負担原則」とは「別な理論づけ」作業の推進役を果たした諸団体は次のようである。

1985年10月
 財団法人「総合研究開発機構(NIRA)」が「21世紀に向けての公平・簡素・中立な税制の再構築」を報告。税負担のあり方の根本原則の変質化の指標を打ち出したもので、これが「別な理論づけ」の理論的支柱となった。石弘光元政府税制調査会会長がこの機構のメンバーであった。

 同じ年、自民党の要請を受けて「村山調査会」(自民党からは小泉純一郎・自民党税制調査会会長津島雄二などがメンバーになっている。)が「構造改革のための経済社会計画」を答申。

1986年
 日本租税研究協会税制基本問題研究会の「わが国の税制改革の基本的方向 ― 民間の自主性と活力ある税制のあり方を求めて ―」(橋本・吉牟田試案)を報告。

 以下列挙すると
●現代総合研究集団租税政策部門「経済政策への提言」
●経済団体連合会「行財政改革と税制の根本改革について」
●日本経済研究センター「税制改革への提言」(1986.4)
●日本租税研究協会「わが国の税制改革の基本的方向(1986.5)
●経済団体連合会「税制根本改革と62年度税制に関する意見」(1986.9.24)
●経済同友会「税制の抜本的改革について」(1986.9.19)
●政権構想フォーラム「税制改革案のシミュレーション」(1986.9)
●不公平な税制をただす会「国民のための税制改革」(1986.9)
● 関西経済連合会「税制改革のマクロ経済分析」(1986.10)

 これらを受けて、政府の消費税導入は性急かつ強引に進められた。

1988年3月28日
 政府税制調査会「中間答申」
同年6月15日
 「税制改革についての答申」
同年6月28日
 「税制改革要項」を閣議決定

 また、この間に自民党も「税制改革の基本方針」、6月28日には「税制の抜本改革要綱」を並行して出している。

 自民党・財界・御用学者が一丸となって、すさまじいまでの答申・報告の嵐である。これらを大義名分として、1988年の「税制改革関連6法案」強行採決であった。

 一連の答申・報告の底流にある基本的な狙いを、富山さんは次のように鋭くえぐり出している。


 税制(負担)に対する国民の考え方を変える。

 審議会、民間団体を隠れ蓑に答申や提言という形をとって国民の意見を取りまとめたように体裁を整える。

 業界団体や納税協力団体を巧妙に取り込む。

 もちろん、この消費税導入の動きに対して、すぐさま国民の大反対の声が上がった。それに対応するため政府は修正の手を打たざるを得なくなっている。しかしそれは単なる目くらましであり、政府は長い時間をかけて初志を貫徹していく。
 1988年6月28日閣議決定の「税制改革要項」の試算では、消費税創設により、4兆3540億円の税収増となり、既存間接税の廃止による減収は2兆3300億円で、その差は2兆240億円の増税になるとの試算結果を出しました。しかも、その増税の大半を中低所得階層が新たにかぶることになることは、当時の筆者の試算でも明らかでした。

 そこで政府は、レベニューニュートラル(増減税ゼロ論)での調整を図り、消費税増税に対する負担調整策として出されたのが、所得税率の引き下げ(最高税率の引き下げ)、税率適用区分緩和(最低税率10%適用所得階層の範囲拡大)、課税最低限引き上げ(諸控除の拡大・創設)などでした。

 この消費税増税に対する負担緩和調整のための措置について、後年「不合理」としてそれらの大半を改廃し、さらに課税強化していますが、それは消費税創設当時の公約を反故にしたものであり、明らかな公約違反です。消費税導入時の中小事業者に対する負担緩和措置を廃止に追い込んでいるのも諸控除同様「不合理性」をあげており、政府の租税政策は力のあるもののみ優遇し、一般国民を欺く「税制改悪」の歴史をたどっているといえます。

 政府・税制調査会の税負担配分に対する「考え方」は、景気対策と結合した大企業擁護の企業活性化論、市場原理に基づく受益者負担論の強調、公平・中立(活力)・簡素化論を軸として、すべての負担(税・社会保障)体系を中低所得階層に重く、大企業・高額所得者・資産家に軽いものに変えようとするものです。

 これまでの租税民主主義における公平原則の応能負担原則から国・地方自治体から受けるサービスへの受益者負担・応益負担原則へとの大転換であり、それら反国民的税負担配分論議の発生源は財界であり、それを受けて政治方向を変えた自民党政権の本質がこれほど明確に出ているのも歴史的にみて特筆すべきものです。

 元政府税制調査会会長の加藤寛氏は週刊誌で、「(消費税導入時は)高齢化社会のためといわれ、われわれ税調もそう説明したが、本当はああいえば一般の人に分かりやすいから」とホンネを語っています。政府は「将来国民2人で1人の老人を養わなければならない」と増税の口実にあげて宣伝していましたが、それが理由ではなかったことを明言しています。「小さく生んで大きく育てる」ともいっていた消費税が今また同じことを繰り返させられようしています。