2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
権力と反権力の現在(1)

散乱する権力線ベクトル


 「昭和の抵抗権行使運動(112)」で、先進国(高度資本主義国家)では階級対立の問題は部分的(二義的)なものとなった、という時代認識のことを書いた。そのとき、この現状認識にはたぶん多くの異論があるだろうと予想し、このことはもう少し詳しく取り上げるべきだと思った。

 昨年末からアメリカの金融危機に発した世界的な経済破綻のあおりを受けて、大企業が派遣社員を切り捨て始めた。そしていまは正社員まで首切りや賃金カットの攻撃にさらされている。情況はまるで初期資本主義時代に逆戻りしそうな気配である。しかしだからといって、階級対立が第一義の課題となるような逆戻りはあり得ないだろう。依然として、生存と自由のための抵抗と不断の異議申し立てを通して、社会内部での権力関係を解体・再構成し直すことが第一義的な重要課題であろう。

 さて、「ORGAN① 現代思想批判」に吉本隆明さんの『権力について―ある孤独な反綱領』という論考がある。この論考を教科書にしよう。

 「ORGAN①」は1986年11月に出版されているから、吉本さんのこの論考もその年に書かれたと考えてよいだろう。この論考には「ソ連」や「社会主義国群」に対する論評も含まれている。ちなみにソ連が崩壊したのは1991年である。「孤独な反綱領」という副題は、この論考が当時では全くの少数意見だったことを示しているのだと思う。

『19世紀の固定観念であった悲惨と貧困の問題は、もはや今日の西洋社会にとって最も重要なものではない。反対に次の間題、私のかわりに誰が意志決定をするのか? 私にこうしてはいけない、とか、こういうことをせよと誰が禁じたり命令したりするのか? 誰が私の態度や時間の使い方をあらかじめ定めるのか? 私はある所で仕事をしているのに、誰が私に別の場所へ住むように強制するのか? 私の生活と完全につながっているこれらの意志決定は、どのようにして行われるのか? それらすべての疑問が私には今日根本的であると思われる。』(M・フーコー「権力について」田村俶訳)

 このフーコーの文章を吉本さんは次のように敷衍している。

 このなかにはいくつか暗示がある。ひとつは権力は社会体や人間関係の微局所をとってくると、ベクトルが上を向いていたり(下から上へ)、下を向いていたり(上から下へ)、平行していたり(平等)、散乱したジグザグな方向線を描いていることだ。そしてもうひとつは、局所から大局に眼を移せば、権力はおおざっぱに上から下への傾斜(志向線)を描いていると見撤される。

 ところでこの上から下への大局的な傾斜ベクトルは、いったいどう描いたら像(イメージ)と抽象度として正当なのだろうか。これが誤解と正解をわかつ最初の別れ路だとおもえる。

 フーコーのいう「19世紀の固定観念」では、権力の大局的な傾斜ベクトルの原型は、国家とその下にある社会体としての市民社会とをつなぐベクトルである。このベクトルは幻想の共同体である国家から、現実の社会体である市民社会に、上から下へ描かれる傾斜をもっている。

 それはよくわかった。だが上方にある「幻想(体)」から下方にある「現実の社会体」にたいしてどんな線を作図すればいいのか。そんな幻想から現実への線はいったい描けるのか。これはそんなに簡単ではない。比喩的には上から下へ向って直線を、国家とおなじ外延をもった領域にわたって引けばいい。でもこれでは幻想(体)から現実(体)へ引かれた線だという目印しはどこにもない。せいぜい比喩の精密度を高めて、n個の屈折をもったフラクタル線分を上方から下方へむかつで引くことで、権力のベクトル線の原型にするほかないようにみえる。

 フーコーのいってることは「悲惨と貧困の問題」がおおよそ解かれてしまった現在の西洋社会(一般的には先進社会)では、この国家と社会体のあいだに上から下へ向うベクトルと、これに原型をおく市民社会と、その下層にはみだした労働階級のあいだを、上から下に向うベクトルは、いずれも輪郭を失い、第一義的な意味をなくした。せいぜい第二義以下の問題になってしまったということだ。その結果それまでは上から下へ向いて国家と市民社会のあいだに、また市民社会とそこから疎外された社会(労働者社会)のあいだに、引かれていた第一義的な階級線は、散乱して社会体の内部に、その日常生活や、経済的生産や、消費の場面に、勝手な方向性をもって分布するまで解体してしまった。ここでいわれているのはそんなことだ。

 現在ではベクトルは大局的には上から下へ向いているが、社会体のなかの徴局所では、まったく方向が散乱している。そんな権力の線が想定される。この有様をはっきり抑えるほかに、現在の権力線をつかまえることはできない。そしてこれをつかまえることは、現在の根本的な課題だとフーコーは述べていることになる。

M・フーコ―のこの権力の把握は、とても正確だと、わたしにはおもえる。そして正確なためには、何よりも迷信や信仰から自由な理念の把握が必要だが、これ自体が現在でもどんなに難しいか測りしれない。理念的な知の課題は現在でも迷信や信仰とのたたかいに大半のエネルギ―をひきさかれる。しかもこのエネルギーはまったく無駄使いだから、消耗しても疲れた貌など見せていられないのだ。そこで自問自答になるほかない問いを発してみる。

 国家権力の問題(いいかえれば階級社会の問題)は、先進資本主義社会では、もはや最重要ではなくなったのか?



 ここで吉本さんが「迷信や信仰」と言っているのは、「資本主義は悪だが社会主義は善だ」というような「教義」を指している。

スポンサーサイト
反権力の現在(2)

「善」の面をかぶった権力


 国家権力の問題(いいかえれば階級社会の問題)は、先進資本主義社会では、もはや最重要ではなくなったのか?

 吉本さんは答えを二つ提出している。


 「そうだ」、国家権力の問題(いいかえれば階級社会の問題)は、先進資本主義諸社会のあいだでは、つぎつぎに第一義的意味を失いつつある。

 先進資本主義の諸社会では、やっと権力の表出力が衣裳をはいでむき出しに本質をさらすようになった。つまり、社会体のなかの個々人は、じぶんたちの皮膚にひしひしと権力の抑圧力と管理力を感ずるまでに切迫してきている。

 ②について以下のように詳論している。
 その理由はいままで述べてきた。権力のベクトルが国家という第一義的な幻想(体)の噴出エネルギー源を失って、社会体の内部の現実的な諸差異を表出源とせざるを得なくなったのだ。そこでは権力のヴェクトルは散乱し、分断された徴局所の総和をいちばん重要とするしかなくなった。そのかわりにリアルにむき出しに諸個人の皮膚感覚に感知されるまでになった。



 その証左として、次のような例を挙げている。

 悪の象徴のようにみなされるものとして
・国家の社会管埋力
・会社や工場の現場、学校制度の登り難さ
・病気管理力としての病院の息苦しさと過密度 ・医薬物の作用、副作用の体系 ・

 善の象徴とみられるものも、おおきな抑圧力となっている。例えば
・緑の政党
・自然を守る会
・反核と反原発
・嫌煙権運動、節煙、禁煙勢力の出現

 以前は、つまりまだ国家権力が第一義の意味をもち、市民社会が労働者階級を社会の下層から外にはじき出していたときは、こんな細かな項目などに権力(と反権力)は目もくれず、ある意味でおおらかで間接的だった。

 緑の好きな連中は、じぶんが田園や農村や海辺に移り住むか、住居を緑でできるかぎり取囲んで住まい、緑が嫌いな連中の住み方や遣り方をほっとくか、眼をつむるが、無関心ですましていた。だがいまでは政党として自己主張し、たたかいを仕掛ける。つまり善や正義の権力として緑を共有する党派を作るようになっている。

 以前は煙草を吸わぬ人、煙草の烟りや匂いの嫌いな人は、黙って窓を開けたり、室外へ出たり、我慢して付き合っていたものだ。いまでは団結し、嫌煙の権利を主張し、煙草を吸う者たちを部屋の外へ追い出しはじめた。いまに社会体の局所を禁止地域として法的に設定するようになるかも知れない。



 「反核と反原発」については、かなり長い論評を加えている。1981年から1982年にかけて反核運動が起こり、いわゆる進歩的知識人の圧倒的多数が賛同を表明し、マスコミも巻き込んで全国的に過熱していったが、例のごとく、あれは一体何だったの? とあきれるほどあっけなく冷えていった。この反核運動が盛んに盛り上がっていたとき、ひとり敢然と異を唱えたのが吉本さんだった。そのとき『「反核」異論』という著書を出している。ここでの論評はその著書の論旨の要約とも言える。

 反核と反原発は、いまでは資本主義は悪だが社会主義は善だとおもい込んでいる信仰者に主導された第一宗教にまで成りつつある。だが核戦争が嫌で反対なのはすべての人間であり、この連中の教義だけに独占権があるわけではない。そして現実に核爆弾を蓄積し、危険を積み上げているのは資本主義の諸国の主導権力であるアメリカと、社会主義諸国の主導権力であるソ連であることは、どんな立場のどんな人物の眼からも明瞭なことだ。

 だがこの連中はただの一度も米ソ核戦争体制反対と声をあげたことのない反核なのだ。もつとひどいことに核兵器をもっているのも、原子力発電所をもっているのも、資本主義国だけだと言わんばかりの反核運動をやってきたおなじ連中が、ソ連原発事故にたいして、一言の分析も自己批判もなしに、原子力発電の危険一般の問題に擦りかえて、原子力発電所をとり壊せなどという迷蒙な反動的な主張を、労働者の組合総組織の頓馬な指導者と口裏を合わせてやっている。

 だが原子力発電一般への異議申立は、現在の科学技術の水準で最大限可能なかぎりの、防御装置を多重に設備せよ、という主題以外には成立しない。それ以外の主題は人間の科学理性とエネルギー必然にたいする反動でしかない。

 このようにして善の象徴のようにみなされている権力もまた、ほんとは悪の象徴にしかすぎない。そしてわたしたちにのこされている権力の問題は、依然として何ひとつ改善されずにもとのままなのだ。ただ権力の諸問題がより本質的に、より膚身に迫る切迫感でむき出しになりつつあるということだけが、これらの諸象徴の取得になっている。



 国家権力による圧迫感以上に、上記のようなさまざまな散乱する小さな「権力」こそが、現在の閉塞感を形成している。

 国家権力と市民社会との対立がいちばん重要だった資本主義の興隆期には、小さな権力が集まって大きな権力へ、また大きな国家の権力が分枝してたくさんのおなじベクトルの小さな権力として局所に作用するというのが、権力の基本的な表出形式であった。

 だが現在の高度資本主義諸国では、小さな、一見すると何でもないような表出形式をもった権力問題ほど、より本質的な、より究極に近い権力の表出形式であるという逆説的な図式が成立している。そしてこの図式のなかでもう一度M・フーコーの発言の意味は蘇えってくるといえよう。

 わたしとあなたのあいだにあって、いずれか一方が権力の雰囲気をもつかに見えるとすれば、容貌のせいなのか、それとも服装のせいなのか、社会的な地位のせいなのか? それともわたしかあなたが、自分自身にたいして過剰なイメージをひそかにもっていることから発信されるのか? わたしや あなたは自己の心身の出来方たとえば虚弱、病気、心身の障害や欠損が与える、またそれから与えられる権力の雰囲気に、どこで責任をもつべきなのか、あるいはもつべきでないのか?

 こういった一見するとつまらない疑問を、わたしたちに喚起するのは、永続的な権力、どこかに発信源をもつ手ごわい権力であるような気がする。権力の由緒を追い求め、ついに権力がそう見える外観を突破して、その内在にまで踏みこんでゆくと、踏みこんだ途端から、権力は異った貌にみえてくる。それはある限度をこえたとき、その概念自体が発するものが不可避の力価に見えてしまうあるひとつの象徴なのだ。

 ここまでくれば権力はわたしとあなたのあいだ、あるいは人間と人間とのあいだの関係の絶対性のようにもおもわれてくる。無数のわたしと無数のあなたとの関係が、不平等と千の差異から出発するのは不等だし、それを到達点とするのも不等だ。だが権力とは自然力のようにさし迫ってくるものを、究極的には指しているのではないか。だから権力は皮膚に触れ、皮膚を圧してくる物質のなかに滲透して、物理的な力を加えてくるものであるかのように比喩される像(イメ―ジ)なのだ。



権力と反権力の現在(3)

国家権力の現在


 フーコーが提起した権力論では「局所の権力以外に権力の問題はないし、局所の権力が支えになって形成される亀裂や断層」にしか意味をもとめていない。あるいは言い替えれば「現在の高度な資本主義諸社会では、国家とその下にある市民社会の対立に由来する権力の問題が、いちばん重要なものではなくなった」と言っている。

 これに対して、マルクス主義流の権力論(「国家=暴力装置論」)では「国家権力から分化して、局所の権力が上から下へ毛細管のように作用しているから、どんな社会体の局所に働く権力も収斂されれば国家権力に帰する」ということになる。(この言説を吉本さんは「マルクス主義のやりきれない宗教的な嘘」と断じている。)フ―コーはこのマルクス主義的言説をくつがえし、徹底的に解体している。

 吉本さんは、フーコーは「最初に権力について正碓なことをいい切つた」と評価している。しかし、「それにもかかわらず」と吉本さんは言う。「現在社会体の内部で散乱したベクトル方向をもつ徴局所の権力の多様性を、大局的に方向づけている上から下への傾斜は、国家の幻想(体)と現実の社会(体)とのあいだの対立から産み出されるものだ。」と。ここで吉本さんはフーコーから離れるが、ではこの吉本さんの言説はマルクス主義流の言説とどう違うのか。

 わたしはマルクス主義の国家観には未練はないが、マルクスの国家観には未練がある。

(中略)

 わたしの未練は、大局的に上から下への傾斜に方向づけられる権力線という考え方にのこされる。国家と市民社会のあいだの対立が問題なのではなく(それは先進地域では第一義的な意味を失った)、国家そのものの存在と、その持続それ自体が、現在もまだ依然として世界権力の問題だということだ。

 一方市民社会との対立においては第一義の意味を失いつつある欧米型の高度資本諸国の「国家」が、それでも依然として多国籍資本体に取囲まれながら存続をつづけている。他方では国家が存在するかぎり、マルクスやエンゲルスの学説は、まったく成立しようがない、いいかえれば社会主義とか共産主義などは、はじめから不可能だとわかっているのに、ソ連をはじめとする社会主義「国家」群が存在している。そして資本主義「国家群」と張合いながら核兵器蓄積の共存共犯関係を続けているばかりではなく、社会主義「国家」間の国境紛争を演じたり、他国への侵攻と侵略を演じたり、国境を侵犯したと称して民間旅客機を攻撃して墜ち落したりしている。国境をめぐる紛争や、国境を侵犯したなどとわめいている社会主義など形容矛盾としてしか存在しない。そしてこれらのことが頭のてっぺんから悲惨で滑稽なことだという認識など、毛のさきほどもないナショナルな社会主義者たちが、臆面もなく社会主義諸国を主導しているのだ。

  「社会主義」と「国家」とは相互否定の関係にしかないし、絶対的な矛盾である。つまり「国家」であるかぎり「社会主義」でないことは、原理的にも実際的にも、誰にでもわかる自明のことだ。でもこんなことを挙げつらったり、あらためて検討したりすればするほど馬鹿らしく胸が悪くなる。得体の知れぬ奇怪な、いったい何を考えているか、何を仕出かすのかさっぱりわからない国家群が、現在の社会主義国家群なのだ。

 国家はこのようにして現在の資本主義社会体の上部でも、社会主義社会体の上部でも、存続をつづけ、大局的な権力の上から下への傾斜を産み出す根源をなしている。これはいったいどういうことになっているのだ。第一義的な意味を失っているのに存続するもの、それが存在してはそれ自身の存在の根拠がないにもかかわらず、なお存在しているもの、それが現在の世界史上の「国家」の姿なのだ。

 現在こんなにまで存続の第一義的な意味を失い、自己矛盾の根拠であるものが、解体してゆくのは時間の問題だろうか? それとも誰か天使がやってきてこの二分割された「国家」群を解散させてくれるのだろうか? そしてこのばあい時間や天使とは何を指したらいいのか?

 わたしたち自身もまた、気分としてはナショナリティに就きながら、理念として二色に分割された「国家」群の何れかひとつの体制の存続も、両方の共同体制をも否定している。そしてこんなわたしたちの視野の外延で、第三世界や第四世界の末開発の地域では、部族連合である「国家」をはじめて造ろうとして、造山運動のようなものが頻発し、殺戮やテロが続発している。

  「国家」は縮小され、そして消滅した方がいい。それでもこの理念は、今なお第三世界や第四世界で「国家」が造成されようとしている地域にたいして、頭から否定できるような場所と根拠をもっていないこともはっきりしている。欧州共同体のように「国家」の消滅を頭の片隅におかざるをえない経済的な、軍事的な、局面をもっている地域もあれば、第三世界や第四世界のように部族連合を民族「国家」にまで統合すべき課題をもった地域もある。この円環するずれみたいなものが、現在の「国家」間と「国家」内における権力を伴った力動性の根源になっているのだ。



 『「国家」間と「国家」内における権力』とは、滝村国家論の概念で言えば、『 「共同体―即―国家」「共同体―内―国家」 の権力』ということにほかならない。

権力と反権力の現在(4)

先進国と第三、第四国間の問題


 吉本さんは「レーニン主義的マルクス主義が振りまいた途方もない嘘」をもう一つ取り上げている。

「高度先進工業諸国における労働者の貧困からの解放の成就、労働者階級の市民社会内部への融解状況は、周縁の低工業化諸国の支配の強化、自由の低下、治安・平和の不安定、第三、第四世界の被搾取者の餓死状態などの上に築かれている。」

 このような言説はいまでもよく聞かされる。吉本さんが『権力について』を執筆した当時はガタリや浅田彰がそのような言説をふりまいていた代表選手だったようだ。吉本さんは「ガタリや浅田彰などの連中にいたるまで(もっともガタリと浅田ではまるでちがうが)無邪気に踏襲している」と、次のように批判している。

 両者にはもともと何の関係もありはしない。あったとしでもせいぜい二種の壁(ベルリンの壁のような)を介したうえでの間接的な関係でしかない。

 高度先進工業諸国であろうが、第三、第四世界諸国であろうが、それが社会主義国であつても資本主義国であつても、産業諸種の運行、工業労働の現場、それに従事する大衆の生活自由度、これらを限定し、租税域に区切り、労働、保健、分配の諸法規を支配し、管理しているのは「国家」や「国境」や「国益」である。高度先進工業諸国の、すでに貧困から離脱した労働者と、第三世界、第四世界諸国の餓死状態の被搾取大衆とを関連づけるためには、第三世界、第四世界諸国の資本主義または社会主義「国家」権力の壁と、高度先進工業国の資本主義または社会主義「国家」権力の壁の二つを、通過しなければならない。ガタリらや浅田彰みたいな連中は、とぼけているのか、またはまだレーニン・スターリン主義を解毒していない構革派にすぎないかどちらかなのだ。つまりこれらはガタリらの理念や哲学のせいではなく、無意識が欲望している党派の問題だ。ガタリや浅田のような連中は、ここが駄目だというほかいいようがない。

 先進諸国における労働の自由化は「諸共同体、人種、小社会集団等、あらゆる類の少数者の存在」「自律的表現の領域」を引き替えに「訴追」しはしない。まして〈資本〉がその引き替えの場面を関連づけて必然化しているものでもない。それは依然として資本主義および社会主義の「国家」権力、「国境」擁護勢力の問題なのだ。

 わたしたちの管見に入ってくる新聞雑誌の情報によるかぎりでいえば、第三・第四世界の解放闘争の仕方にわたしは殆んど全部否定的だ。わたしたちの社会体とそれらの地域との「距離」は、たたかいの未整備などに由来しない。現在の植民地主義に対する解放闘争、低開発状態からの解放闘争の仕方を否定できなかったならば、スターリン主義とファシズムのふたつの体制の、半世紀にわたる正義派ぶった残虐の歴史を否定しないこととおなじなのだ。



 次に、F・ガタリ、T・ネグリの次の文章を引用している。

「資本主義者そして/あるいは社会主義者たちの核装備カリブ海賊同士の水中果たし合いに備えよう! しかし、世界にたいする、C・M・I(世界化された資本主義のこと ―註)の果てし無い戦争が展開しているのは露骨に武装された地上や海、空でだけではない。それはまた、市民生活の領域で、社会の、経済の、産業の、……あらゆる領域で 展開しているのだ……。そしてさらにもっとだ、そこには、横断的に、クモの巣状に果てし無く分化したシステムの網目に沿って、大多数のものには触知できぬかたちでの権力のオペレーターが走っている。 ― 少なくとも伝統的な意味での ― 政治的あるいは労働者組合的達成の外をあるいはその中心部を様々に絡み合いごた混ぜになりながら、多国籍企業が、マフィアたちが、戦争産業複合体が、シークレット・サーヴィスどもが、さらには〝法王庁の抜け穴″までが貫いている……。あらゆる地平で、あらゆる階梯で、あらゆるやり方で - 投機、略奪、煽動、転覆、恐喝、膨大な強別収容、虐殺……。この瘴気を帯びたデカダンスのなかで、資本主義的生産の様態は往年の凶暴さを無傷のままにそっくり取り戻したかのようなのだ。」(F・ガタリ、T・ネダリ『自由の新たな空間』丹生谷貴志訳)

 これに対して吉本さんは「ガタリたちは、わたしたちが洞察していることを洞察している唯一の理念であり、親しみも覚える。・・・かれらは胸のすくようなアジテーションができる現在稀な存在だ。かれらは第三の権力が欲しいし、そうたたかいたいといっている。」と評価している。ただし、「かれらの考え方は、半分だけしかわたしたちの音叉に共鳴しない。無駄な力こぶが共鳴をさまたげている」と言い、次のように批判している。

 「多国籍企業が、マフィアたちが、戦争産業複合体が、シークレット・サーヴィスどもが、さらには〝法王庁の抜け穴″までが貫いている……。」こういう悪玉の並べ方が何はともあれ気に喰わぬ。

 「投機、略奪、煽動、転覆、恐喝、膨大な強制収容、虐殺……。」こういう悪行の挙げ方も気に入らないというべきだ。

 多国籍企業は民族あるいは国家企業に比べれば開かれた善だし、資本主義的投機と社会主義的強制収容、虐殺とはまったく質がちがう。個人の思想などが手をつけられそうもない壁、機構が、既にそこに制度やシステムが存在する限り存在してしまう、その圧倒的な重圧感と、資本制そのものに本質的に附随する投機制の問題とはまったくちがうことだ。

 また謀略部隊のゴロツキまがいの陰謀と、ソ連その他の社会主義機構に本質的につきまとう強制収容や虐殺の問題とはまったく別だ。ガタリらはスターリン主義の半世紀の歴史をひっそりと仕舞い込もうとしているために、差異こそが重要だということを水と一緒に流してしまう。

 わたしたちならば、資本主義と社会主義の国家権力どうしの謀略まがいの戦術などが、まるで無関係にしかみえない一般的な大衆の原像にすべてを置きなおし、何がどこを権力線としてかすめていったか、どうやって横にそれを超えるかを見つけようとするだろう。何をうろたえることがあろうか。先験的な理念と宗派、その対立、争闘などに、現在という巨人は何の意味づけも与えはしない。

 アメリカに主導された資本主義諸国家とソ連に主導された社会主義諸国家との東西の対立や争闘や共犯の世界史的な関係の底には、無意識の憩いの母胎もあるし、またその奥の層には輝く緑の死も存在する。この世界に誇張した色を塗ったり、歪んだ瞬間を映写すれば、おどろおどろしい像(イメージ)ができあがるだろう。だがそんなところから始まる政治的な地勢図などが、いまでも通用するなどと思っている言説をみると、いい加減にしてもらいたいといいたくなる。

 権力が強制から協調にわたる「厚さ」をもっているように、反権力も無意識の憩いの母胎をもっていれば、その奥の入眠もあるし、逆に現在の資本主義と社会主義にたいする徹底的な否認からくる孤独な、たった一人の反乱ももっている。それが現在の世界の体制がこしらえている亀裂や空隙がわたしたちに与えている「厚さ」なのだ。



権力と反権力の現在(5)

平和とは革命の一状態なり


 「同一化された資本主義と社会主義の両方を否定する」というのが、政治・社会問題に対する吉本さんの基本的なスタンスである。

 吉本さんが次いで『自由の新たな空間』(F・ガタリ、T・ネグリ 丹生谷貴志訳)から引用している次の言説は、同じスタンスから発せられている。「ガタリたちは、わたしたちが洞察していることを洞察している唯一の理念であり、親しみも覚える。・・・かれらは胸のすくようなアジテーションができる現在稀な存在だ。かれらは第三の権力が欲しいし、そうたたかいたいといっている」と、エールを送っているのもむべなるかな、と言うべきだろう。

 平和主義の帽子の下にはごろつき連中もいるが正直な者もいるなどと信ずるほどわれわれはナイーヴではないという点については賛成してもらえるはずだ! 幾つかの国々において平和闘争は道具化され〝スターリンの平和″の卑劣な時代をわれわれに思い出させるかたちにまで堕落しているのである。

 われわれは社会の中性化に基づく〝平和″を嫌悪する。それは例えばポーランド人民の決定的な抑圧に何の傷みも覚えぬ類の連中の〝平和″なのだ。われわれは、それに対して、平和への闘争をあらゆる解放闘争がそこで編まれてゆく緯糸のようなものとして理解している。つまり、われわれにとって平和への闘争は現状維持の同義語などではないということだ。死を基底に多元的に決定されている資本主義そして/あるいは社会主義的体制下の生産関係に関わるわれわれの仮説を再びここで強調しておく必要があるわけだ。平和への闘争とはデモクラシーのための闘争であり、すなわち、そこでは個人の自由が保障され、 国権による管理と経済的進歩の合目的性が共同体の中にのみその正当性を見出すはずのデモクラシーのために闘われる闘争なのだ。平和の緑は社会主義体制の赤からも資本主義体制の黒からも生まれ出はしない!

 それは貧困と抑圧が蔓延するあらゆる場所での拒否の中から生まれ、資本主義的支配による苦痛が刻まれるあらゆる場所での解放の緊急性の中から生まれるのだ。

 いたるところでわれわれが聞かされる詰問はこんな具合だ、「どちらにしろあんたがたはどちらかの収容所を選ばなくてはならないわけだ。」何人かの連中がアフガニスタン人に言う、ロシアがアフガンから出ていったとしてもその代わりにアメリカが征服しにやってくる、と。しかしだから何だというのか? 「もしアメリカがわれわれを征服しにやってきたら、とアフガニスタン人たちは件の言葉に答える、そうしたらわれわれはみなスキタイ人になるさ。」他の連中がわれわれに言う、もしアメリカの傘を拒否すればわれわれはロシアに征服されることになろう、と。しかしだから何だというのか? もしロシアがわれわれを征服しにきたら、われわれはみなポーランド人になればいい。

 われわれはこうした類のあらゆる威しにうんざりしている。われわれは核爆弾の威しも資本主義あるいは社会主義の威しもともに拒否する。平和とは革命の一状態である。



 引用文中に「ポーランド人民の決定的な抑圧に何の傷みも覚えぬ類の連中」とあるが、これは言うまでもなく1980年~1981年のポーランドにおける自主管理労働組合「連帯」の闘いに敵対的あるいは無理解であった者たちのうち、とりわけ進歩派・革新派・反体制派を自認していた者たちを指している。

 ここでまた思い出したことがある。『「反核」異論』に「ポーランドの寄与 ― レーニン以後はじめての社会主義構想」という論文が収録されている。また全く予定していなかった横道に出会ってしまった。これを教科書に加えて、しばらく横道に入ることにする。まず、ポーランド「連帯」の闘いの簡単な経緯を記録しておこう。

 当時ポーランドは、世界第10位の高度成長のかげで、不況、物価高、食塩不足と積重ねられた無能な国家官僚の失政にたいし、堪忍袋の緒をきって労働者と知識人たちが抵抗しはじめた。  1980年7月1日の食肉価格40~60%引上げに対して賃上げ要求ストがワルシャワやルブリンなどから全国に広がり,8月14日にはグダニスクの「レーニン造船所」もストに加わった。要求は賃上げから労働組合運動の自由,スト権,言論出版の自由など体制改革要求に広がった。政労交渉の結果,8月30・31日に政府代表と統一ストライキ委員会代表が合意書に調印し,自主管理労組設立やスト権,賃上げなどが認めれられた。9月22日には自主管理労組「連帯」が結成された。自主管理とは、共産党=政府の支配を受けないという意味である。これは、ソ連型共産主義の根本原理の否定であった。このときの「連帯」委員長であったレフ・ワレサは後にポーランドの大統領(1990-95)に選ばれている。

 労働者の大半が年末までに「連帯」に加盟、その網の目はさらに大学教授、教師、芸術家、医師、ジャーナリスト、職人、農民、学生にまで拡大していった。1981年9月には1千万人に及ぶ組合員が「連帯」に加わり、ポーランド社会全体が党支配の及ばない構造に組織され、その勢いを前に政権はたじたじとなった。

 知識人の「連帯」支援組織である「労働者擁護委員会」もこの年にこの運動から生まれた(翌年社会自衛委員会と改称)。

 1981年12月
 11日から開かれていた「連帯」の全国委員会で、国家機関、党、軍を掌握したヤルゼルスキイ政権の信任投票を要求する決議が採択された。ヤルゼルスキイ政権は、統一労働者党(ポーランド共産党)官僚のいわば最終的な切り札であった。

 その決議は次の三項目の是非を問う国民投票の実施であった。


 現在のヤルゼルスキイ第一書記を代表とする統一労働者党政権の信任の有無

 自由選挙の実施

 ソ連の権益保護を継続するかどうか

 この決議による国民投票が行われて、もしも統一労働者党政権が不信任になったばあい、かりにソ連軍が介入しなければ、「連帯」が不用意なままながら国家を担当することを意味した。

 現存する国家権力の崩壊の瀬戸際にたったヤルゼルスキイ政権は、13日に「国家非常事態」を宣言して「救国軍事評議会」を設置し、軍事独裁体制をととのえると〈連帯〉の弾圧に乗りだした。

 今利用している吉本さんやガタリ、ネグリの文章はこの時点(1982年頃)で書かれている。吉本さんは、このポーランドの抵抗権行使行動と日本の抵抗行動とを対比しながら、次のように思いを述べている。

 わたしたちの潜在する鬱屈が、ポーランドの労働者、知識人、市民たちの言動に共感を覚えたのもまた確かである。かつて60年安保闘争で、学生、知識人、労働者の抵抗が拡大してゆけば、機動隊の背後に武装した自衛隊が、その彼方には米駐留軍の影が想定されたように、ポーランドの労働者と知識人たちの〈連帯〉運動は、そのうしろに警察、軍隊、ソ連軍の介入が想定されるものであった。

 レーニソ以後はじめての労働者、市民、大衆による本格的な社会主義の構想は、官僚専制権力の武装力のまえに挫礁を余儀なくされた。だが史上いちばん遠くまでいったかれらの構想はわたしたちの心臓にしっかりと刻みこまれる。

 わたしたちはまた推測する。かれら〈連帯〉の労働者と知識人たちは、これから分裂、相互不信、反目、失意、孤立、疲労のうちに、ただ敗北のための戦い、静かな真昼のながい戦いにはいるのだろう。

 かれらは専制国家の権力である統一労働者党官僚と、かれらに同伴する知識人たちから、反社会主義、反革命、はね上り、といった聞いたふうのレッテルをはられながら挫礁し、孤立し、後退し、あるいは妥協し、あるいは市民社会のなかに復員してゆくだろう。もしかすると内ゲバ集団として孤立し、自滅してゆく者たちも、地下に潜行する者たちもあるかもしれない。だがポーランド〈連帯〉が成し遂げたことと、成しえなかったことは、しっかりとわたくしたちのなかに刻みこまれてゆくだろう。



その後、ポーランドはどうなったか。

 「連帯」は地下に潜行し、苦しい抵抗闘争を継続していく。結局、軍事政権は「連帯」運動の解体に成功せず、「連帯」の地下での抵抗闘争が、かえって軍事政権を孤立に追い込んだ。

 1988年の春から夏、ふたたび値上げ抗議の大規模なストライキ闘争が展開されると、ヤルゼルスキ政権は無力をさらけた。「連帯」は復権を獲得、翌年(1989年)春の円卓会議において、軍事政権と「連帯」との間で「自由選挙」が合意された。選挙では「連帯」勢力が圧勝し、ここにポーランドの共産党政権は最終的に崩壊した。