2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
第670回 2006/11/30(木)

唯物史観と国家論の方法(1)
国家論の現状


 これまでに取り上げてきた「滝村国家論」のうち、<近代国家>を直接対象にした記事 は次の通りです。これはを改めて読み返してみたら、前回抽出した諸問題はあらかた論じ つくされている。興味ある方は目を通してみてください。

第93回 2004/11/15:滝村隆一の国家論
第291回 2006/06/04:統治形態論・「民主主義」とは何か(3)「民主主義」と「専制」
第292回 2006/06/05:統治形態論・「民主主義」とは何か(4)議会制民主主義とブルジョア独裁の仕組み
第293回 2006/06/06:統治形態論・「民主主義」とは何か(5)統治権力としての官僚
第653回 11月10日:国家の起源とその本質(13):<世界史的>国家と<近代国家>(1)
第654回 11月11日:国家の起源とその本質(14):<世界史的>国家と<近代国家>(2)

 柄谷さんの国家論が、諸説を切り貼りするものに始終するほかない理由の一つは、 文献の渉猟というアカデミシャンの悪癖もさることながら、確固とした方法論の欠如に あると思う。その根源はマルクスを誤読(だと、私は思う。)して、「史的唯物論」を 否定し去ったことに求められる。(「第640回 2006/10/22」参照)

 一方、滝村さんの国家論が見事なのは確固とした方法論のもとで理論を構築しているからに ほかならない。その方法論とは、ほかでもない、唯物史観における<世界史>の発展史観である。 今回の国家論はこの方法論に焦点をしぼってみたい。教科書は『国家の本質と起源』の 序論「唯物史観と国家論の方法」です。

 さて、他の社会科学同様、国家論においても真に目指されるべきは厳正な本質論の確定と その科学的理論としての体系的具体化である。つまり、<科学的>でなければならない。 しかし、国家論の現状は次のようである。


 <国家の本質は~である>といった類いのごく抽象的な本質論だけなら、古典的大家の 見地や先行諸説を適当に借用したり、批判的に検討することによって、たんなる言葉のう えだけのもっともらしい説明を与えることができるかもしれない。たとえ彼らが、歴史 的・現実的な国家的支配と正面から向い合うことなく、もっぱら空虚に抽象化された他人 の学説のなかに、不完全でおぼろげな表象として、歴史的・現実的国家支配を想像して いるにすぎないとしてもである。

 ところが国家的支配のより具体的な諸形態・諸属性、すなわち<政治的>と<社会・経 済的>とに区別される国家的諸活動や、それらを直接的に担掌する国家的諸機関の一般的 かつ特殊的な組織的・制度的構成に関わる諸事象としての、統治形態や<中央-地方的> 組織形態の問題、そして後者に関わる各地方的行政区画と領域・領土の問題、またかかる 国家的支配の全領域を法的形式において直接規定する法制的な分化的発展形態と様式、 及びそれに直接まつわる政治的思想・イデオロギー等を、それぞれ一つ一つとりあげて、 理論的に検討しなければならなくなれば、本質論を論じているときのような、抽象論 レヴェルでの思弁的論理によるとまかしは、一切利かなくなる。

(中略)

 ここで社会科学の歴史的発展を簡単にふり返ってみよう。
 19世紀後半期は、社会的諸学の発展的分化と個別科学としての確立期といわれる。 確かに形式的にみればその通りであるが、それは今日的意味においてではない。

 というのは、マルクスやエンゲルスが活躍した19世紀後半期には、自然的諸学と社会 的諸学との大きな学的・方法的分化と発展が、ようやく定着しつつも、政治学と経済学を 軸とした社会的諸学は、政治経済学としての内的実質を把持したまま、はじまったばかり の個別歴史的研究の諸成果を当然の素材的前提として組み込んでいたからである。

 社会的諸学における原理的ないし一般理論的解明が、個別歴史的研究からたんに 形式的ばかりか内容的にも完全に分離する一方、後者かもっぱら個別実証史学という形態 をとって独立化したのは、実は20世紀に入ってから、とくに第一次大戦後のことといって よい。

 ところが、かかる社会的諸学が個別実証史学と大きく切り離されるとともに、 個別科学としての形式的分化と独立を完成させるや、どうしたわけか、一様に著しい 原理的後退と理論的混迷がはじまり、今日に到っている。

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第671回 2006/12/02(金)

唯物史観と国家論の方法(2)
<世界史>とは何か。


 政治学や経済学のような社会科学と個別実証史学とでは、その対象が異なるように、 おのずとその方法も異なる。

 個別実証史学はあくまで個別歴史的世界の直接的<事実>としての社会事象を 対象としている。そして、その個別歴史的世界の統一的な実相を再構成することがその 学的使命である。それは、もちろん理論的考察も必要とするが、主として資史料の 発掘・収集・集成というような個別歴史に密着した直接的<事実>の探索と確定が その方法となる。

 これに対して、社会科学は社会事象一般を対象とする。しかし、社会事象一般というの ものがそれ自体として直接的な形態で存在するわけではない。個別地実証史学によって 提出されたさまざまな個別歴史的世界の具体的な歴史的事象を正面にすえて、その 現象的諸形態の個別性や特殊性を捨象し、その背後に横たわる一般的性格や内的な構造 的関連を論理的に追究することになる。そのようにして、社会事象一般の本質論を一般 的理論あるいは法則として構成し定立することが社会科学の使命である。これは自然科 学と同様の方法であり、社会事象一般を探求する学問が社会<科学>と呼ばれるゆえん である。

 個別歴史的事象を一般的な社会的事象として扱うという高度な論理的抽象のためには 、個別実証史学とは異なる位相の特別な方法論を必要とする。その要請に真っ向から対応 することができる方法論こそ、マルクスの唯物史観にほかならない。そして、その唯物史観 における歴史観として<世界史>という概念が重要な土台をなす。滝村さんは次のように 述べている。


 ところがかかる唯物史観の存立に直接関わる根本の方法的把握が、マルクス主義・非 マルクス主義を問わず、これまで私以外の誰によっても主張されたことがないのであ る。

(中略)

 形式的にはヘーゲルから継承したマルクスの<世界史>なる概念とは、いわゆる直接 の時代的世界性、つまり時々の時代として現象する場所的・空間的な意味での世界性を 意味するのでもなければ、また、個別歴史の機械的な集合ないし総体としての世界性を 指すのでもない。

 あくまで時代的世界の推移を数世紀という巨視的な射程において観察して、時々の 時代的世界の尖瑞をゆく、あるいはその尖端に躍り出た諸民族が、経済・政治・文化の 統一的な様式において、従前支配的だったそれを質的に凌駕する現実的可能性を把持す ることによって君臨するに到ったとき、この新たに到来せる統一的様式をその根抵的な 原理すなわち高度の一般的論理において抽象・把握するところに成立する概念である。

 マルクスはかかる社会構成の<世界史的>発展を、とくに基底的な経済的社会構成に 即して、

『大ざっぱにいって、経済的社会構成が進歩してゆく段階として、アジア的、古代的、 封建的、および近代的ブルジョア的生産様式をあげることができる。ブルジョア的生産 諸関係は、社会的生産過程の敵対的な、といっても個人的な敵対の意味ではなく、諸個 人の社会的生活諸条件から生じてくる敵対という意味での敵対的な、形態の最後のもの である』(『経済学批判』序言)

 と定式化したわけである。

 従って問題の核心は、ヘーゲルそしてマルクスにおいて、何故かかる個別歴史の <世界史的>論理構成といった、高度の一般的な歴史理論的把握と抽象が必然化された かにある。

 すでに指摘しておいた如く、個別実証史学の方法的特質は、個別歴史の統一的な時代 的再構成に収赦される、直接の<事実>的追究と確定にある。従って個別歴史に対する かかる高度の一般的な歴史理論的抽象は、個別実証史学が直接方法的に必要とするもの ではありえない。然り、唯物史観における<世界史>の発展史観は、個別実証史学の 直接的方法として提起されたものではない。それは何よりも社会科学の原理的・一般理 論的解明における必須の方法的見地として導入され、構成されたものに他ならなかった。 換言するならばそれは、歴史的事象に対する直接の実証的追究の方法ではなく、歴史的 事象に対する一般的な社会的事象としての、高度の原理的解明の方法として確立された ものである。私は先に、社会的事象は直接には個別歴史的事象としてのみ存在するので あるから、社会科学の原理的解明のためには、かかる歴史的世界の只中に突入しなけれ ばならないと記したが、<世界史>の発展史観こそ、まさに、直接の歴史的事象を一般 的な社会的事象としてとり扱う際に必須の、科学的方法に他ならない。

 というのは、政治的また経済的な社会的事象は、直接には人間社会の歴史的発展、 従ってとりもなおさず<アジア的>・<古代的>・<中世的>・<近代的>な<世界 史的>発展段階を通じて、その本来的性格に対応した内的諸契機を全面的に開花発展 せしめる。従って、当該事象の内的諸契機がその本質的性格に対応して最も完成され た姿態で登場してくる、<近代的>な形態を正面に据えての原理的解明に際しては、 その背後の過程的形態として、<アジア的>・<古代的>・<中世的>段階での諸形 態を、つねに必須の前提的考察の対象として方法的に組み込んでおかねばならない。

 マルクスが『資本論』の執筆過程で『資本主義的生産に先行する諸形態』の如き、 <近代>以前の<世界史的>な経済的社会構成に直接関わる諸形態を、膨大な個別歴史 的資史料をふまえて自ら論理的に構成しなければならなかったのも、まさにかかる原浬 的解明に伴なう必須の方法的要請であった。

 また、われわれがヘーゲルやマルクスと全く同様に、人間社会の個別歴史的展開に 伴なって時々の時代的世界に君臨した支配的かつ(支配的故に)一般的な社会構成を、 高度の論理的な独立的完結性において、他ならぬ<世界史的>社会構成として把握す ること、つまりは個別歴史の<世界史的>論理構成を、典型的な社会的事象の原理的 ないし一般理論的解明における、必須の科学的方法として把握し構成しなければなら ないのも、かかる意味においてである。


 <近代的国家>に先行する<アジア的>・<古代的>・<中世的>という<歴史的 国家>段階での諸形態を組み込んでいない国家論が皮相で平板な単なる思弁にならな らざるを得ないことがよく理解できる。
第673回 2006/12/04(月)

唯物史観と国家論の方法(3)
<近代>以前の国家の支配形態


 前回みた方法論の根底的な特質をまとめると次のように言える。

 <近代国家>の原理的解明とは、近代国家をその直接の歴史性において問題とする のではなく、あくまで完成的に発展した国家的支配としての 一般性において理論的に追究することである。従って、その原理的作業には、 <近代>に向ってより完成的に発展しつつある<アジア的>・<古代的>・<中世的>等 の、未熟な<世界史的国家>に対する理論的把握を欠くことはできない。つまり、国家論の 原理的解明には<世界史>の発展史観が直接に原理上の<科学>的方法として繰り込まれる ことが必要不可欠である。

 次に滝村さんは、<世界史>の発展史観を方法上の根幹とした社会的事象の原理的解 明の実際の例として、国家の原理的把握の概略を論述している。これまでに取り上げて きた関連記事と重複する部分が多いが、逆にこれまでの総まとめという意味で、滝村さ んの論述を追ってみる。

 <アジア的>・<古代的>・<中世的>などの<世界史的国家>については シリーズ『国家の起源と本質』で個々にその国家的支配の形態を取り上げているので、 ここでは、「<近代>以前の国家」ということで、それらのまとめとして概観する。

  <近代>以前の国家的支配は、支配共同体または共同体支配者という形態をとった 支配的階級権力が直接に第三権力を構成している。従って、支配的階級意志が直 接に国家意志として君臨している点で、すべて共通している。

 ちなみに、柄谷さんはこのことを「経済的な構造と政治的な構造の区別はありませ ん。」と考えて、近代資本主義国家以前では「国家が経済的な下部構造の上にある 上部構造」というマルクスの理論は成り立たないと断じたのだった。しかし、 上部構造と下部構造の関係は「下部構造が上部構造を規定する」と読み取るべきだと 、私は考える。そのことは<近代>以前の国家については次のように解明される。

 第三権力が未だ支配的階級権力から相対的に分離するまでに到っていない、つまり <社会の体制的秩序維持に任ずる第三権力>という国家の本質的構造を発展的に分化 していないと言う意味で、<近代>以前の国家は「完成されざる未熟な歴史的 国家」なのである。そしてこれは、社会・経済的基底における各種の単位的共同体 (村落ないし都市)を軸にした地域的社会が、多かれ少なかれ自給自足的な割拠的独 立性を把持していて、未だ統一的かつ有機的な国民的経済圏を形成していない、言い 換えると近代的社会のような国民的・統一社会的規模での生産関係を形成するまでに 到っていない点に、現実的な基礎がある。

 以上のような理由で、諸階級・階層の<特殊利害>と<国民的共通利害>との構造 的分裂はみられない。従ってまた、直接に現実的な <国民的共通利害>と幻想的な「国民的共通利害」 という形態をとった<政治的>・<社会・経済的>国家意志の構造的発展はいまだ見 られない。とくに後者の<社会・経済政策>において顕著である。これは経済的な支配階級が 同時に政治的支配階級であるという支配形態の当然の帰結である。

 これを法的規範という国家意志の面から見ると次のように言える。
 <公法>・<私法>の発展的分化にいたるまで一般的諸法の形成と発展はみられ ない。つまり、第三権力は、中央権力自身も含めて、独立割拠的な地域社会に君臨する 半ば独立的な各地域的統治権力によって担われていて、不断の対立・抗争を をしながらの相互重畳的な形態で分掌される他なかった。言い換えると、 一般的諸法の構造的展開を前提とした一元的統治組織の実質的不在、ということになる。

 また司法権についてみると次のようになる。
 支配的階級意志が直接に国家意志として君臨する体制下では、法的規範とし ての国家意志は、実定的な一般的法規範としての本来的性格を充分に発展させるこ とができない。そこで第三権力の直接の組織的・制度的構成における<三権的分化>、 とくに<司法権>の独立化が原理上不可能となる。従って、中央的・地方的の諸権を 問わず、それらはすべて法制的にはとくに刑事裁判権形態をとった専制的統治権力と して現出する他ない。

 またさらに租税については次のようである。
 多くの場合半ば独立的な地域的統治権カとして押し出される支配共同体 または共同体支配者形態をとった支配的階級権力が、直接に第三権力を構成する以上、 観念的な政治的支配権に関わる<租税>とくに地租と、現実的な経済的所有権に関わる <地代>とが、未分化の混淆的形態で現われる。地租は多かれ少なかれ地代形態を とって現出する他ないのである。
第674回 2006/12/05(火)

唯物史観と国家論の方法(3)
<近代的国家>の支配形態


 <近代的国家>にいたって国家的支配が完成的に発展したとはどういうことか。

第三権力の完成
 それは、<社会の体制的秩序維持としての第三権力>の特質がはじめて全的に 開花した形態で現出した、ということである。つまり、国家は支配的階級権力から 相対的に分離することによって、形式上、支配階級と被支配階級との二大階級権力の上に 君臨する<第三権力>として登場している。ここでは国家意志は、被支配階級の意 志はもとより、少くとも形式上は支配階級の意志とさえ区別され、<社会の体制的秩 序維持>にかかわる一般的な法的規範として、その本来の特質である幻想的な形態を 完成させている。

下部構造
 もちろんこのような形態が完成するためには社会経済的な前提がある。いわゆる下部構 造の成熟を必要とした。つまり、交通関係と社会的分業の全面的かつ多様な発展によって 有機的に統一された<近代的>市民社会の形成が必須の条件であった。そして、それは 支配階級と被支配階級の二大階級権力の存立という形態に収斂していく。

特殊利害と共通利害
 社会の諸階級・階層への分裂は、諸階級・階層の<特殊利害>と統一社会的 な<国民的共通利害>との構造的分裂を必然化する。従って、一方において 直接に現実的な<国民的共通利害>が、 各種公共事業・福祉事業等の<社会・経済政策>として押し出されるとともに、 他方では支配階級を中心とした諸階級・階層の<特殊利害>が、<政治的>であれ <社会・経済的>であれ、幻想上の「国民的共通利害」 という形態をとった国家意志として強引に押し出される。

政治的国家と社会・経済的国家
 第三権力が支配的階級権力から形式上分離し独立化する基礎には、支配階級を中心 とする国民的諸階級・階層の、政治的階級<権力>形成と経済的階級<権力>形成との、 構造的分離・ニ重化が前提となっている。従って第三権力の諸活動も、社会の <政治的>秩巌維持と<社会・経済的>秩序維持という内的性格上の区別が生ずる。 つまり原理的に、国家を<政治的国家>と<社会・経済的国家>とに区別して把握する ことが必要となる。同時にこれは、<社会の体制的秩序維持>に関わる一般的法規範 も<公法>・<私法>という区分に発展的に分化する必然性を示している。

司法権の分離
 第三権力は、直接には<近代市民社会>形態をとった国民的規模の有機的な経済的 統一体を現実的土台とすることによってはじめて自らを一元的統治組織として完成せしめ 、<社会の体制的秩序維持>に任ずることになった。そして、この第三権力の一元的統 治組織としての完成は、直接には実定的な一般的法規範を前提とすることによって、 第三権力自身をもその法規範による処罰対象から免罪しない<司法権>を原理的に分離 する。つまり、第三権力の一般的な組織的・制度的構成原理である<三権的分化>を 確立するにいたった。
第676回 2006/12/07(木)

唯物史観と国家論の方法(5)
マルクス『革命のスペイン』の意義


 『「世界共和国へ」を読む』を中断した「第669回 国家の本質 2006/11/28」 の最後の題材はマルクスの『ルイ・ボナパルトのプリュメール十八日のクーデター』だった。 そこで柄谷さんは『プリュメール十八日』を「国家機構の自立は、ボナパルトが議会を こえた皇帝として自立することによってのみ可能だったのです。……ボナパルトは略取し たものを再分配しているだけなのに、それが「贈与」として受けとめられている。そのた め、彼はすべての階級に贈与するような超越者、すなわち皇帝として表象されます。し かし、この過程は、国家機構による略取-再分配というメカニズムが、贈与-返礼とい う互酬の表象の下で機能するようになることを意味しているのです。」と解読しているが、 ここは<近代的国家>の本質をしっかりと正面にすえた論述とはほど遠い。柄谷さんの メインテーマの「交換様式」による説明という要請のせいか、いささか牽強付会のきらいがる。

 「第669回 国家の本質 2006/11/28」では、この『プリュメール十八日』に見られるよう な統治形態を滝村さんは『「例外的」統治形態』と呼んでいること指摘するにとどめたが、 「滝村国家論」によれば『プリュメール十八日』はどのように解読されるだろうか。 「滝村 国家論」の一つの応用問題として、それを紹介してこのシリーズを終わることに する。

 ということで、『アジア的国家と革命』所収「2.アジア的国家における革命と反革命」の該当部分の論考を 読み始めたところ、この章は一部分だけを切り読みするのではものたりないと思った。この 国の近代国家誕生つまり「明治維新」の理論的解明ばかりか、現在の政治状況を読み解くため の示唆がそこここにある。ということで続いて、「2.アジア的国家における革命と反革命」 を精読することにした。

 この章は「唯物史観とマルクス『革命のスペイン』」という副題が付けられている。 これは『「世界共和国へ」を読む』との関連で言うと、柄谷さんが「西ヨーロッパにおい て商品交換の原理が支配的になるのは絶対主義王権の時代です。」と言っていることに 通じる。すなわち、「絶対主義王権」の唯物史観による解明ということになる。

 一般にマルクスの歴史的論考としては『フランスにおける階級闘争』・『ルイ・ボナパ ルトのプリュメール十八日』・『フラソスの内乱』の〝フランス三部作″が有名だが、 滝村さんは『革命のスペイン』をマルクスの歴史的論究のなかでも出色のものと位置 づけている。


 少なくとも唯物史観との原理的=方法的関連から、個別歴史的事 例を統一的に解明した歴史的論考としての出来栄えからいって、前三者とりわけ『プリュ メール十八日』に比してさえ、少しも遜色がないように思う。それは如何なる意味でか?


 唯物史観は何よりも歴史的・社会的事象の一般的本質論の確立とその構造論的具体化 、つまり当該事象の原理的解明に必須の一般的方法として構成されたものであるが、 『唯物史観の発展史観それ自体に他ならぬ個別歴史的発展の世界史としての方法的抽象 が前提となっている』のであるから、唯物史観は個別歴史的世界の追究においても有効 な方法であると、滝村さんは言う。


 それでは個別歴史的解明において、唯物史観は如何なる有効性をもつか?

 それは個別実証史的成果を前提とした理論的解明において、唯物論的見地と世界史的論 理構成との必須の論理的=方法的追究を可能とする。すなわち当該個別歴史的世界が、如 何なる世界史的発展段階に属するかの、一般歴史理論的追究を媒介することによって、 個別歴史的特質を大きく浮びあがらせることができるからである。われわれはかかる 唯物史観による個別歴史的解明の典型ないし完璧な適用を、まさに『革命のスペイン』に みることができる。
 




今日の話題

沖縄知事選・もう一人の候補者

 東京新聞(11月24日)の「本音のコラム」で吉田司さんが「琉球独立」と題して 今回の沖縄知事選挙を取り上げていた。「<経済>か<基地>か」という一般の論調を 突き破って、三人目の候補者「琉球独立党」の屋良朝助氏に焦点を当てている。


 沖縄県知事選は沖縄電力会長などを務めた元副知事の仲井真弘多氏が、 <米軍基地反対>の糸数慶子氏を制した。完全失業率7・8%もの経済閉塞の中で 「経済の自立なくして沖縄の自立なし」という仲井真氏の訴えが受け入れられたとの メディア評が一般的だ。

 しかし<経済>が<基地>に勝つのは最近の沖縄ではおなじみの政治図式で珍しく もない。問題は<経済>の中身だ―それが基地に伴う収入やその見返りの経済振興 策への依存という本土パラサイト体制が変わらぬ限り、<経済>は逆に沖縄の精神を 蚕食するだろう。事実、敗軍の将・糸数氏はこう語っている。

「長いものに巻かれろみたいな生き方にウチナーンチュ(沖縄の人)は慣らされてし まった」

 そこで興味深いのが、<経済><基地>のワンパターン図式を破り《沖縄独立》を 訴えて数は少ないが6200票余を獲得した第三の候補者「琉球独立党」の屋良朝助氏だ。

 屋良氏とは今夏、新宿のトーク・ライブで対論した。沖縄と日本は利害対立だと主張 する。

「東シナ海の石油、天然ガスは沖縄が独立すれば沖縄国民一人当たり四億円の財産で、 日本本土に所有権はない。逆に沖縄県のままだと石油は日本全体のもの、沖縄人には ほとんど利益がない」

 そう、これは資源ナショナリズムを武器にした、新たな沖縄メンタル・ムーブメント の登場なのである。


 南国と島嶼の利点を生かした農業と漁業の新興をはかり、『沖縄国民一人当たり四億 円の財産』を奪い返し、『岡留式「脱基地・産業振興プラン」』を組み込んでいく。 沖縄は社会・経済的に充分に自立できるじゃないか。