2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
第641回 2006/10/23(月)

国家の起源とその本質(1)
国家論における二つの位相


 と、いうわけで国家について勉強しなおすことにした。このホームページでは 三回目の国家論ということになります。その後で「世界共和国へ」に戻ります。

 目標は、もちろん、科学的な国家論でなければならない。教材として、 とりあえず滝村隆一著『「アジア的国家と革命」第二部「国家の原理と 政治の論理」』所収の「国家論におけるマルクス主義と国家社会主義」 を選んだ。

 動物を逸脱してしまった人類(私はチョッとふざけて「ドウツブ」と 命名した。)は共同体を形成して生きるほかにこの地球という環境を生きぬくことができなかった。しかし、相互扶助を旨とした 共生のための共同体がいつしか国家という巨大な怪物に変貌してしまった。 人類を自然の脅威から解放するはずのものが自らの存続を脅かす脅威・桎梏 となってしまった。このドウツブが陥ってしまった陥穽、あるいは宿痾とも 言うべき巨大な怪物から人類が解放されることは、はたしてあるのだろうか。

 この巨大な怪物は一筋縄では捕捉できないしろものです。いきおい、 その怪物の解明は多面にわたり難解にならざるを得ない。
 滝村さんの論文は私にはとても難解です。白状すると私は滝村さん の労作を、必要に応じて拾い読みをしてきただけで、きちんと読んでいな い。しかも、手元にある本も20~30年ほど前に出版された3冊だけ。そのよう な事情の下での選択だから、今回選んだ論文が目下の目的にかなった適切な ものかどうか心もとない。途中で他の論文を追加したり、他の論文に鞍替えし たりするかもしれないが、ともかく読み始めます。(なお、これから 読む論文は講演録です。)

 滝村さんは国家を<共同体―内―国家>と<共同体―即―国家>という二つの 位相に分けて論じている。その二つの位相は言い方で<狭義の国家><広義の 国家>とも言っている。この二つの概念がどういう意味なのか、とりあえず 私の理解を述べておきます。論文を読み進めるうちにより詳しくはっきりとし てくるはずですが、あるいはその過程で訂正を要するかもしれない。

 <共同体―内―国家>あるいは<狭義の国家>とは一つの共同体の内部において 機能している国家、つまり<国家権力>のことです。
 <共同体―即―国家>あるいは<広義の国家>とは他の国家との関係において、 つまり国際社会の中で機能する国家のことです。

 次回に詳論します。
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第642回 2006/10/24(火)

国家の起源とその本質(2)
「共同体―内―国家」


 共産主義的内部構成をもった原始的な共同体においては、生産力の増大・分 業の発展などの変化にともない、その共産主義的構成の崩壊が始まる。その 崩壊は極限的には<階層・階級分裂>をもたらす。

 その新たな形態で形成・発展しつつある社会構成の共同体においても、 協同社会的な利害を管理しなければならないという現実的な必要性から、 <協同社会的な>形式的秩序は絶えず維持していかなければならない。 そこに半ば自然性的にイデオロギー的な<第三権力>、つまり <共同体―内―国家>が生起する契機がある。

 国家をイデオロギー的な<第三権カ>と規定する理由は次のようです。
 共産主義的構成の崩壊が始まった共同体を協同社会的に維持していくため には、支配階級と被支配階級という二つの階級権力を軸として展開される 諸階級・階層間の対立・抗争・闘争を、非敵対的な協同社会的秩序のもとに 包括しなければならない。それはつまり<幻想上の協同社会性>という イデオロギーのもとに統御することです。そして、二大階級権力の上に 立つ<第三権力>として国家のみがこれを遂行できる。

 従って、<第三権カ>としての<国家権力>の支配は、その本質において、 <階級性>があたかも<協同社会性>であるかの如く貫徹されるところにある。 この意味で、<第三権力>としての<国家権力>の本質が<階級性>にあると いう場合、何よりも以上のような過程的構造上の特質を考えてのことです。

 第三権力により統御された協同社会性が<幻想上の協同社会性>であるという 点が重要です。


 しかし考えてみれば、社会の共同体的(協同社会的)な形式的秩序を特殊 に問題としなければならないこと自体、いいかえれば、社会の内部共同体的 (協同社会的)構成と切り離された形式的秩序のみを維持しなければならな いということ自体、すでにそれが形骸化されたところの<協同社会性>、 すなわち<幻想上の協同社会性>に他ならないことを意味しているわけです。 この点を充分に理解していないと、かつての「構造改革派」の理論家のよ うに、とりわけ「現代国家」において社会的なまた経済的な機能として 開花・展開した各種の<協同社会的機能>を、純粋な<協同社会的利害>の 遂行と過大評価する愚を犯すことになってしまいます。


 さて、この<第三権力>のより具体的なあり方、つまりその<実存>形態 を考えるとき、<政治的国家>と<社会的国家>という概念が必要となる。


 <政治的国家>というのは、要するにより<幻想的な協同社会性>というも の、そのあらわれであり、これに比すれば<社会的国家>の方は、より<直 接的な協同社会性>を体現しているのだ、そう了解して欲しいわけです。

 つまり、<政治的国家>は、より直接の<政治的・イデオロギー的>な支配の 体系を指しているわけです。

 これにひきかえ<社会的国家>の場合には、社会的・経済的な問題とりわけ <階級社会>における<協同社会的な利害>に関わる側面から<国家>支配の 体系を把えたということです、その意味でこれは、より<直接的な協同社 会性>を意味すると考えてよいわけです。

 しかしにもかかわらず、この<社会的国家>というものも、<国家意志>が 背後に存在するという点において、それ自体がより直接の<階級性>から侵害 を受けて非常に形骸化してしまっていることとは別に、本質的には <第三権カ>の構造の中で根柢的に規定され、<第三権力>としてのみ <実存> しうるというふうに、立体的に把える必要があるわけです。

国家の起源とその本質(3)
「共同体―即―国家」


   <共同体-即-国家>という概念は<広義の国家>の外的な側面を指している。 それは、最も発展的に完成された典型的な社会構成を想定すれば次のようです。

 その共同体の<政治的社会的構成>は<第三権力>を中心にして内的な政治体制を つくっている。しかし、この内的な政治的・国家的構成とは一応別に、他の社会構成と 直接切り結びせめぎ合うような対外的諸関係のレヴェルでの<政治的社会的構成> が考えられる。それは否応なしに<外的国家意志>によって直接、擬制的な<幻想的 共同体>として組織された<外的国家>として構成されざるをえない。

 すなわち、社会構成の対外諸関係のレヴェルでは、その社会構成は、その独立性 と自立性を守るためには、否応なしに<外的国家>として構成されることによって、 必ず、他の<共同体>に対して抑圧性・排他性というのを持たざるを得ない。 言い換えると<共同体-間-第三権力>性というものを持たざるを得ない。 そのことを<共同体-即-国家>という概念であらわしている。

 ところで言うまでもなく、どんな共同体もが<国家>になるわけではない。 では改めて<国家>になりうる<共同体>とは如何なる<共同体>か。あるいは、<国家>の現実的な基盤と なる<共同体>というものは、どのような性格をもっているのか、という問題を考える。

 その答は一般的に言えば<協同社会性の最大かつ最高の範囲である>ということになる。 <協同社会性の最大かつ最高の範囲>というのは、<共同体>の最高のレヴェルである、 といってもよい。しかしそれは何ら絶対的な尺度というものはない。つまり、それは、 実体的な範囲としては、原始末期、あるいは<アジア的>、あるいは<古代的>、あるい は<封建的>、あるいは<近代的>と、そういう<世界史的>なレヴェルにおいて、全部 違ってくる。

 具体的にいえば、<原始>末期だとある種の氏族的な共同体が、<氏族-即-国家>と いうことになる場合がある。
 <アジア>の場合だと<アジア的大家族>みたいなものが、他の<共同体>と一応隔絶 していて、それが協同社会性の最大の範囲である、つまり、生活的な実体として最高であ る、ということになる。その場合には<アジア的大家族>というのは、<国家>になりう る条件を充分にもっている。
 中世の場合には封建領主権力を戴く<農村共同体>が、また、近代以降においては <国民>ないし<民族>が、<協同社会性の最大かつ最高の範囲>であるといえる。

もちろんそれらの場合、<共同体>と<共同体>との直接的な関係が全くないという わけではないけれども、少なくとも生活している人間にとっての最高の範囲というも のが、<共同体-即-国家>になりうる現実的な基盤である、ということになる。
国家の起源とその本質(4)
<外的国家>の形成


 これまで「国家論におけるマルクス主義と国家社会主義」の前半分の「国家論」 を要約してきました。今回からは、柄谷さんの「原始社会(部族的共同体)においては、 そもそも国家がなく、…」という記述部分で疑問に思ったことを考えたい。

 「原始社会(部族的共同体)においては、そもそも国家がな」いという主張は、 言い換えると<部族国家>という概念を否定する立場です。これはエンゲルス の『家族・私有財産及び国家の起源』(以下単に『起源』とする。)に対する レーニン解釈を神格化し信奉している「正当マルクス者」たちの主張するところ です。滝村さんはこれを実証的にも論証的にも批判して国家論を展開しています。 今度の問題についてもやはり滝村さんの論文を教科書とします。まず『国家の本質と起源』( 勁草書房)所収の「歴史的国家の形成 第一章<部族国家>とは何か?1原始的共同体 と部族国家」を読みます。以下はその要約です。

 一般論として、歴史的にも論理的にも<共同体-即-国家>の形成が <共同体-内-国家>の形成に先行する。その概略は次のようです。

 <氏族>的構成を日常生活上の基本とし、<部族>的あるいは連合部族的結合 を他の共同体と区別される<協同社会性の最大の範囲>の上限とする<原始的>共同体を 考察の対象とする。

 <原始的>共同体は<共同体-間-交通関係>にもとづく<共同体-間-社会分業> という段階にまで進展したとき、地域的かつ文化的な小世界圏を生み出す。  この段階での共同体は内的には<原始的>構成体の本質をいぜん堅持したまま、 同時に外部的には他共同体を半ば恒常的に支配・隷属させ、<共同体-即-国家>形成 への第一歩を開始する。その事例として『起源』から次の文が引用されている。


 大多数のアメリカ・インディアンは、種族への結合以上にはすすまなかった。 小人数の種族をなし、広い境界地帯でたがいに分離され、不断の戦争のためによ わまっていた彼らは、少数の人間で広大な領域を占領していた。そこここで、 一時の危急に応じて、親縁諸種族間の連合がつくられ、その危急の情勢が去る とくずれた。しかし、個々の地方では、もともと親縁関係にあった諸種族が 分裂状態を脱し、ふたたび結合して永続的な連合をつくり、こうして民族(Nation) 形成への第一歩をふみだしていた。

 合衆国では、イロクォイ人のあいだに、このような連合のもっとも発達した形態が 見いだされる。彼らは、ミシシッピ河西部のその居住地 ― そこでは彼らはおそら く大ダコ族の一支族をなしていたと思われる ― を去って長い漂泊をつづけたのち、 セネカ、ケユーガ、オノンダガ、オネイダ、モホークの五種族にわかれて、現在の ニューヨーク州に定着した。彼らは、魚肉や野獣肉や粗放な園圃耕作で生活し、たい てい柵でまもられた村落に住んでいた。

 人口はかつて二万人をこえたことがなく、五種族のすべてにわたっていくつかの 共通の氏族をもち、同ー言語の、たがいに近い親縁関係にある諸方言をはなし、 いまや一つながりの領域を占居してそれを五種族のあいだに分割していた。

 これはあらたに征服した領域であったから、駆遂した相手に対抗してこれらの種族 が慣習的に協力したのは自然であり、これが発展して、おそくも15世紀初頭には本 格的な『永久的連合』、連盟(Eidgenossenschaft)になった。

 連盟はまたじきに自分の新しいカを感じて攻撃的性格をおびるようになり、その 勢力(Macht)の絶頂期である1675年ごろには、周囲の広大な地域を征服して、その 住民をなかば駆逐しなかば朝貢させていた。

 イロクォイ人連合は、未開の低段階をふみこえない範囲内で(したがってメキシコ 人、ニュー・メキシコ人をのぞく)インディアンの達成した、もっともすすんだ社会 組織であった。


 滝村さんはここで<朝貢>という事実に着目する。


 いうまでもなく<朝貢>という事実は、それだけですでに<共同体>が他共同体に 対して<支配共同体>として君臨すること、もう少し正確にいえば、共同体の <外的意志>が他共同体に<貢納>を強制する内容をもつことによって、他共同体 を支配・抑圧する<外的国家意志>の最も素朴な形態へと転化し、そのことによって <外的国家>形成への第一歩が踏み出されたことを意味している。
 

第645回 2006/10/27(金)

国家の起源とその本質(5)
<部族国家>とは何か。


 <共同体-即-国家>形成が<共同体-内-国家>形成に先行することを 歴史的=論題的に証示する第二の事例として、滝村さんは『広く個別歴史的国家形成に おいて一般的に現出した<部族国家>』を取り上げている。

 <部族国家>は完成された<国家>ではなく、<外的国家>形成の一定の進展段階 において、<共同体-内-第三権力>の萌芽的形態がようやく生み落された過渡的段階 を指している。

 それを一般的に定義すると、<部族的>共同体が<外的国家>として一定の進展を すると、<軍事的指揮者>に共同体内部における祭祀的・政治的・経済的な第一人者 的地位を付与されて<部族的・王>となり、<共同体-内-第三権力>へと転成する。  つまり、<外的国家>の侵略・支配の膨張的拡大発展が、極限的には<王国>を登 場せしめる。しかしこの場合も、いぜん根強い<部族制>的制約を保持している。

 以上のことをより詳しく、滝村さんは次のように論している。


 <原始的>共同体においては、殺人・傷害・姦通・窃盗等の成員相互間のもめごと の出来に際して、慣習的な<共同体的規範>に従った、形式的かつ名目的な祭祀的主 催者たることによって、同じく形式的かつ名目的な調停・勧告者として<首長>ない し<長老>が登場し、共同体全体に関わる他共同体との紛争とりわけ戦争に際しては、 右の平時<首長>とは別に、形式的かつ名目的な軍事指揮者がその都度選出された。 かかる事情をふまえるならば、軍事的指揮者であると同時に祭祀的主催者としても 現出する<部族国家的・王>は、当初の単なる<軍事的指揮者>から、戦争による 他共同体の掠奪・支配によって獲得した食糧・家畜・財貨・奴隷等が否応なしに齎す 物質的な富裕を、いわば唯物論なバネとして、やがて必然的に、共同体にかかる大き な利益を約束する<軍事的指揮者>たることによって、<首長>の地位を獲得し、 そのことによって同時に<祭祀的>主催者としても登場することになったものと 思われる。

 これを権力論的にいうならば、他共同体との掠奪・支配をめぐっての抗争とりわ けときに部族全体の存亡・興廃を賭けた<戦争>が、主要とはいわないまでも極め て重要な協同社会的活動としての位置を占めることによって、<部族的共同体>の政 治的かつ軍事的性格、正確には<共同体(部族)-即-国家>としての<外的国家> 構成は力強く進展し、軍事指導者すなわち戦争遂行における指導者の、<外的国家> 構成における当初は名目的かつ形式的な第一人者的地位が、対内的立場すなわち祭 司的・政治的(正確には共同体的公務への関わり)かつ経済的地位における第一人 者的立場へと、徐々にだが確実に.転化しつつある、<国家>形成の過渡的段階で ある。

 

 このような<部族国家>は<国家>形成の一定の進展段階であり、前<アジア的>・ <古代的>・<中世的>な<世界史的国家>の段階の個別歴史的国家の形成において 一般的にみられるものです。さらにこれを共同体の構造的特質という面から見ると、 次のようになる。


 <氏族-部族的>共同体構成に比しての<部族国家>的構成体の構造的特質は、 共同体内・外における交通関係と社会的分業の相互にからみ合った一定の進展が、 多くの場合ときに移動を伴なった定着的牧畜・農耕様式へと突き進み、以前とは 異なった一定の生産力水準を獲得することたよって、内部的には、上層のいわゆる 「貴族層」すなわち<王>及び<首長>・<長老>層と、それ以外の一般成員及 び奴隷とのいまだ僅少な階級・階層的落差を生み出したにもかかわらず、外部に 向っては、他と区別される<協同社会性の最大の範囲>としての<政治的・社会的・ 経済的・文化的>な関係が、いぜんとして<部族的>ないし同系諸部族連合的結合 体(構成体)として押し出され、したがって他のそれとの支配=従属の権力関係に おいては、<共同体(部族)-即-国家>としての<部族国家>として構成されざ るをえない、過渡的な段階たる点にある。