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第634回 2006/10/13(金)

『柄谷行人著「世界共和国へ」を読む』(1)
「世界統一」という妄想


 「世界」の範囲は時代によって違う。そのそれぞれの「世界」で「世界」統一は古代から征服者 たちが妄想した夢だった。もちろん、その夢は全世界の住民の安寧と共生を目指すものではなく、 征服という支配と隷属の拡大に過ぎなかった。

 今は全地球を世界と呼んでいる。ブッシュの頭の中にも世界統一の妄想がある かもしれない。しかしその妄想も、手前勝手な「自由と民主」を押し売りする一種の 征服でしかない。

 その名が示すとおり統一教会もカルト宗教による世界統一を妄想している。創価学会も 同じ妄想に取り付かれている。これも一つの宗教を押し付けようとする世界征服の 野望の一種です。

 「世界は笹川一家、兄弟は皆人類」。いや違いました。「世界は一家、人類は皆兄弟」 という標語を掲げていた笹川良一が描く理想の世界は、天皇を頂点とし日本を 第一の股肱国家とするピラミッド型の世界体制であり、これも征服の思想に過ぎない。 。私は「アインシュタインの予言」(「第522回 2006年6月12日」で取り上げていま す。 )を思い出した。

 インターネットを検索してみたら、個人的な提唱から一番大きなところでは「世界連邦 運動協会」まで、「世界連邦」の花ざかり。「日本ナチ党」と名乗る得体のしてな い団体までも「世界連邦」の理想を掲げている。

 世界連邦運動協会はどういう理想を掲げているのだろうか。

 第2次世界大戦末期において成立した国際連合が戦争抑止力の低いことを痛感 した世界の科学者・文化人たちがより強力な世界連邦の形成をすすめることで、 世界から戦争を無くしていこうと決意し1946年ルクセンブルクにおいて「世界連 邦政府のための世界運動」を起こした。この運動にはバートランド・ラッセル、 アルバート・アインシュタイン、シュバイツァー、ウィンストン・チャーチル、 湯川秀樹などが賛同した。そして、現在まで名前を変えて続いている。

世界連邦運動は

1. 国連を強化して世界連邦政府に発展
2. 各国の軍備を撤廃

することを目標に活動している。
(「ウイキペディア」より)

 この協会は国際的な広がりのあるかなり大きな団体に成長している。 「日本世界連盟運動協会」は今回の北朝鮮の核実験に対し声明文を発表している。 核所有国に対する核兵器撤廃の訴えをも盛り込んだ一応まともな声明文です。

 しかし、この運動に対する大衆的な支持や盛り上がりが一向にあがらないのは 何故だろう。

 国会の中にも超党派の「世界連邦日本国会委員会」というのがある。1949年 に結成されている。かれこれ60年にもなるのにほとんど実績がない。少なくとも私たち 庶民には届いていない。
 「超党派」というのがネックなのでしょう。世界連邦の理想とは全くかけ離 れたイデオロギーの持ち主まで多数シャーシャーとして加わっている。今度の 北朝鮮に対しても先制武力攻撃を声高に主張しかねないお歴々がいる。何しろ 現在の会長が森山眞弓だそうです。とても本気の活動があるとは思えない。

 知識人・文化人と呼ばれている会員たちについても本気の活動は見られない。 国会議員の加入動機が選挙対策だとすれば、こちらの加入動機は平和主義者の免 罪符のためか。あまりにうがちすぎているだろうか。しかし、この運動がまともに 機能してきていたのなら、大日本帝国のゾンビたちに国家権力の中枢を 占拠されることはなかっただろうし、「九条の会」を立ち上げる必要も なかっただろう。

 もう一つ、この運動には重要な理論的欠陥がある。いや、「平和」「戦争反対」 をお題目にしているだけで、理論そのものがないのです。つまり、現在の国民国家や 国際関係のリアルな分析や、それをもとにした国家や国際関係の変革の道筋を示す 理論が全くない。したがって「世界連邦」を現在の国連の延長上にしか想定でき ない。この協会には社会上層部の一部の人たちの自己慰安ほどの意味しかないと言ったら 言いすぎだろうか。

 思いがけずに長くなってしまった。以上は、新シリーズ『柄谷行人著「世界共 和国へ」を読む』の序論でした。
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第635回 2006/10/14(土)

『柄谷行人著「世界共和国へ」を読む』(2)
アソシエーショニズム


 柄谷行人著「世界共和国へ」(岩波新書)

 この本で柄谷さんは私(たち)に何を提示しようとしているのでしょうか。

 私たちが目指すべき理想の社会形態は「リバタリアン社会主義」だと、私は 常々考えてきました。柄谷さんも同じように考えています。しかし、この概念 にアナキズムや評議会コミュニズムを含めて考える人もいるし、「リバタリアン 社会主義=アナキズム」として扱う人もいる。それらの名称との混同を避け て、柄谷さんは「リバタリアン社会主義」を「アソシエーショニズム」と呼 びます。

(なお、私は今まで「リバータリアン」と「バ」伸ばした呼び方 をしてきましたが、「リバタリアン」の方が一般的なようです。この稿から改 めます。)

 現在、リバタリアン社会主義は国家社会主義(ロシアマルクス主義)の衰退と ともにも衰退してしまって元気がない。なぜそうなってしまったのかと問うて、 柄谷さんは「序」の最後の節で次のように述べます。


 リバタリアン社会主義(アソシエーショニズム)がたんなる理念であって、 現実的でないから、というだけではありません。そこに資本、ネーション、そ して国家に対する認識が欠けていたからです。それは1968年に欠けていただけ でなく、1948年においても欠けていた。

 アソシエーショニズムは、資本、ネーション、国家を拒絶します。それはい いのですが、なぜそれらが存在するのかを十分に考えていない。だから、結局、 それらに躓くことになったのです。今日、たとえリバタリアン社会主義の類が 復活したとしても、資本、ネーション、国家に対する認識がないならば、同じ 轍を踏むことになるでしょう。

 私が本書で考えたいのは、資本=ネーション=国家を超える道筋、いいかえ れば「世界共和国」に至る道筋です。しかし、そのためには、資本、ネーショ ン、国家がいかにして存在するのかを明らかにする必要があります。資本、ネ ーション、国家はそれぞれ、簡単に否定できないような根拠をもっている のです。それらを揚棄しようとするのであれば、まずそれらが何であるかを 認識しなければならない。たんにそれらを否定するだけでは、何にもなりま せん。結果的に、資本や国家の現実性を承認するほかなくなり、そのあげくに、 「理念」を嘲笑するに至るだけです。


 また「あとがき」で次のように述べています。


 私は2001年に、『トランスクリティーク ―― カントとマルクス』という著 書で、資本、国家、ネーションを三つの基礎的な交換様式から見、さらに、それ らを超える可能性を第四の交換様式(アソシエーション)に見いだすというよう な考えを提示した。

 しかし、それは萌芽的で不十分なものであったから、以来、私はそれをもっと 緻密に練り直した続編を書こうとしてきた。そして、それはほぼできあがってい る。

 ただ私の不満は、それが専門家にしか通じないような著作だという点に あった。このような仕事をするかたわら、いつも私は自分の考えの核心を、普通 の読者が読んで理解できるようなものにしたいと望んでいた。というのも、 私の考えていることは、アカデミックであるよりも、 緊急かつ切実な問題に かかわっているからだ。

 ブッシュやコイズミやアベのような想像力皆無の為政者が大きなツラを している殺伐とした状況、この理念を失った現在の状況を克服するために、 いま、その状況に対抗するさまざまな運動が行われています。しかし、そ れらの運動が指針となるべき理念を欠くなら、その運動には国家権力に対する 断固とした対峙も民衆への広範な広がりも期待できないでしょう。 過去と未来を見据えた上での確固とした理念の構築は確かに「緊急かつ切 実な問題」だと思います。柄谷さんの問題意識に私は同意します。

 ところで、上記のもの言いに引っかかったことがあります。 一言苦言を呈したい。
 「専門家にしか通じないような著作」ってなんでしょう。数学や物理など そうならざるを得ない分野もあります。しかし政治学や哲学などの分野では 「専門家にしか通じないような著作」を私は(無)駄作だと思います。 アカデミックの著作であっても「普通の読者が読んで理解できるようなも の」になるように心がけるのは学者の責務だと私は思います。 「専門家にしか通じないような著作」を読む能力のない私にはこのもの言いは とても傲慢に聞こえます。

 さて、「世界共和国へ」は次のような構成になっています。


第Ⅰ部 交換様式
第Ⅱ部 世界帝国
第Ⅲ部 世界経済
第Ⅳ部 世界共和国

 「第Ⅰ部」はいわば基礎編で「資本=ネーション=国家」の内実を 歴史的に解明しています。それをふまえて、「第Ⅱ部」以降では 「資本=ネーション=国家」という環を抜け出る方法、つまり 「アソシエーショニズム」への道筋を考えます。

 順序どおりまず「序」から丁寧に読んでいくことにします。 ここでは「資本=ネーション=国家」の意味が明らかになります。また 「1948年」と「1968年」を軸にした国家についての示唆に富んだ考察を 追体験することになります。
第636回 2006/10/15(日)

『柄谷行人著「世界共和国へ」を読む』(3)
国家の四つのタイプ



 近代の国民国家(ネーション=ステート 以下ネーションと呼ぶ。)は 資本主義の世界的な拡大(グローバリゼーション)の過程で生まれ変化し 成長してきた。

 当然、各国家は国家の内部だけに閉じては存続できない。他の国家や資本と の相互関係の中で影響しあっている。一国内に閉じようとすれば、かっての 大日本帝国や現在の北朝鮮のように、世界の孤児となり、経済的にも困窮 きたす。

 しかし、世界に開かれているとしても資本主義の市場経済がもたらす諸矛盾や 階級対立は必然であり、その矛盾の緩和あるいは解決がネーションの最重要の課 題となる。


 資本制経済は、放っておけば、必ず経済的格差と対立に帰結する。だが、ネー ションは共同性と平等性を志向するものであるから、資本制がもたらす格差を解 決するように要求する。そして、国家はそれをさまざまな規制や税の再配分に よって実現する。資本制経済もネーションも国家もそれぞれ異なる原理なのです が、ここでは、それらが互いに補うように接合されています。私はそれを、 「資本=ネーション=国家」と呼びたいと思います。

 柄谷さんは国民国家をネーションと呼び、それとは別に「国家」という言葉を 使っている。この「国家」についての説明は何もなく自明のように使っているので 「資本=ネーション=国家」という規定がいまいち不明瞭です。上の引用文の文脈 から、ここでいう「国家」は「国家権力」のことと思われる。滝村国家論では「第三 権力」と呼んでいる。以下柄谷さんの「国家」をこのように理解して読んでいく。

 国家は資本主義的矛盾を「共同性と平等性を志向」して解決を図るが、その 「共同性と平等性」は、ブルジョア民主主義国家では見せ掛けに過ぎない。 国家意志が経済的支配階級(ブルジョアジー)の階級的特殊利害にもとづく 意志・要求に大きく規制されている。(「第93回 滝村隆一の国家論 2004年11月15日」、 シリーズ「民主主義とは何か」を参照してください。)

 さて、共産主義革命による「国家社会主義」国家の出現が先進資本主義国家に 与えた危機感が社会主義への対抗政策として選んだ道の一つが「福祉国家」だった。 そして「福祉国家」は民衆の社会的自由や経済的解放において「国家社会主義」 国家を凌駕した。言い換えると国家社会主義が資本主義に敗北した。その結果が ソ連の消滅だった。


 資本、ネーション、国家の接合は、危ういバランスによって存在する ものです。それは一国の内部だけで考えることはできません。たとえば、福祉 国家を例にとってみます。

 そこでは、資本=ネーション=国家という三位一体が最もうまく機能してい るようにみえます。しかし、これは20世紀後半、いわゆる「社会主義」に対す る危機感から、先進資本主義国家がとった形態です。だから、1990年以後、 「社会主義」圏が消滅すると、福祉国家への動機がなくなります。その結果、 「安い政府」が主張されるようになりました。資本が海外に出て行って、自国の 労働者が失業しても構わない、それより、資本の利潤を優先すべきだ、結局、 それが国民の利益にかなうことになる、という主張が、まかりとおるように なったのです。

 そのような新自由主義に対する反対は各地にありますが、おおむね排外的 ナショナリズムか文化的・宗教的な原理主義になってしまい、それらを超え る普遍的な理念をもちえないでいます。
 資本主義の負の部分ばかりを肥大させた新自由主義という安直な思想が世界的 な規模でどれだけの災厄や悲惨をもたらしていることか。そういう事実にも かかわらず新自由主義者たちは自らの無知無謀を恬として恥じない。新自由 主義に対峙し、それを超える「普遍的な理念」の構築が急がれる。

 「普遍的な理念」への道を探るために、まず国家の諸形態を俯瞰しておこう。

 柄谷さんは、言語学者ノーム・チョムスキーが提出した「産業的先進国で とりうる四つ国家の形態」(1971年)を援用して、次の<図1>のようにまとめている。

<図1> 国家の四つの形態

統制度↑・↓自由度
B 福祉国家資本主義
(社会民主主義)
A 国家社会主義
(共産主義)
C リベラリズム
(新自由主義)
D リバタリアン社会主義
(アソシューショ二ズム)








←不平等・平等→










 国家社会主義(A)とはいわゆる共産主義のことで、具体的には、ソ連のような 国を指します。この当時、ソ連は産業的先進国とみなされており、また、途上国 にとって工業化のモデルとされていました。

 つぎに、福祉国家資本主義(B)とは、ケインズ主義的・福祉国家的な体制で す。これは、社会民主主義といいかえてもよいでしょう。

 リベラリズム(C)とは、チョムスキーはフンボルトの思想を例にとって 語っていますが、むしろアダム・スミス以来の経済的自由主義だといってよい と思います。この時期では、それはハイエクに代表されます。ハイエクは、 ケインズ主義や社会民主主義を、国家社会主義(A)ではないにしても、国家を 強化し「隷属への道」につながると批判した。リベラリズム(C)は、現在も 新自由主義という名で存続しています。

 最後に、チョムスキーが最も好ましいという形態は、リバタリ アン社会主義(D)です。これは、福祉国家資本主義(B)を否定し ながら、同時に、国家社会主義(A)への道を拒否し、「リベラル な社会主義」を求めるものです。
 これがA、B、Cと異なるのは、どの国でも実際に存在したことがないという 点です。A、B、Cが資本、ネーション、国家のどれかに従属しているのに対し て、Dは、それらを出ようという志向をもっています。これはむしろ現実的に は存在しえないものです。しかし、無限に遠いものであろうと、人がそれに 近づこうと努めるような「統整的理念」(カント)として機能しつづけま す。


 柄谷さんのリバタリアン社会主義(柄谷さんの用語では「アソシエーショニズム」) についての記述は、次の「アナキズムFAQ」 がアナキズムについて述べていることと同じことを述べていると私は思う。

『アナキズムは未来社会だけに関わっているのではない、今現在生じている社会 闘争にも関わっている。アナキズムは一つの状態ではなく、 自分たちの自主活動と自己解放が創り出すプロセスである。

 「リバタリアン社会主義」国家はいまだかって存在しない。しかし リバタリアン社会主義を「自己解放が創り出すプロセス」とするなら、 「どの国でも実際に存在したことがない」という柄谷さんの判断には異議が ある。そのようなプロセスは「パリ・コミューン」や「マフノ運動」など、 事例にこと欠かない。「第498回 ロシア革命の真相(15)2006年5月11日」で 書き出したこれまでのリバタリアン社会主義運動の事例を再録する。


 マフノ運動が目指した自由社会は、所詮は実現不可能な「ユートピア」に過ぎ ないだろうか。

 「アナーキズムFAQ」は労働者による自由のために闘いを次のように 列挙している。私(たち)の知らない闘いがまだまだあるに違いない。

パリ=コミューン(1871)
ヘイマーケット事件(1886)
イギリスにおけるサンジカリスト叛乱(1910-1914)
メキシコ革命()1911-1917)
イギリスにおける職場代表制(ショップ=スチュワード)運動(1917-21)
ロシア革命(1917)
ドイツ革命(1919-21)
スペイン革命(1931)
ハンガリー動乱(1956)
キューバ革命(1959)
1960年代後半の「就労拒否」闘争(特に1969年イタリアの「熱い秋」)
ポルトガル革命(1974)
英国の炭鉱ストライキ(1984-85)
英国の人頭税反対闘争(1988-92)
フランスの1986年と1995年のストライキ
80年代と90年代のイタリアのCOBAS運動
21世紀初頭のアルゼンチン叛乱における民衆集会と自主管理型職場占拠

『革命と大衆闘争は「虐げられた者の祝祭」である。その時に、普通の人々が、 自分のために行動し始め、自分自身と世界の両方を変え始めるのだ。』

『柄谷行人著「世界共和国へ」を読む』(4)
1848年のヨーロッパ



 今のところ私は「リバタリアン社会主義=アナキズム」という理解している。 柄谷さんは後の方(第Ⅲ部)で次のように述べている。


 プルードンがいう「アナルシー」(アナーキー)とは、双務的=互酬的な契約 にもとづく民主主義社会のことです。アナーキーは通常、混沌や無秩序のように 思われますが、プルードンによれば、国家によらない、自己統治による秩序を 意味するのです。

 これは私のアナキズム理解と同じです。さらに言えば、現在のアナキズムは 、歴史的な教訓を踏まえて、その運動方法も非暴力直接行動を旨としている。 この点も通俗的なアナキズム理解は誤解をしている。

 柄谷さんは「リバタリアン社会主義」を「アソシエーショニズム」と言い換え ているが、それが私の理解している「リバタリアン社会主義」とどう違うのか どうかという点もこれから読書をすすめる上での一つの観点です。

 ところで、前回の四つの国家形態は「産業的先進国」をモデルにしている。では 発展途上国の現状はどうなのか。その点についての柄谷さんの分析は次のよう です。


 かつて第三世界として立場の同一性を確認しあった諸国は、グローバリ ゼーションによって両極に分解してしまった。一方では、中国やインドの ように工業化が進み、他方では、アフリカ諸国のように壊滅的な状態になっ ています。また、一部に国家社会主義(A)は残っていますが、もはや何の 牽引力もない。一般的に社会主義という理念が消えたのち、その空洞を埋 めたのは、宗教的なファンダメンタリズム(原理主義)です。これはある 意味で、資本=ネーション=国家を超えようとする運動なのですが、結局、 教会=国家、つまり、Aと似たものに帰着するほかありません。

 さて、チョムスキーの発見した「国家の四つの形態」はすでに一世紀ほど前、 1848年のヨーロッパ革命の頃に見られるとして、柄谷さんは次のようにまとめ ている。

<図1> 19世紀の構図

統制度↑・↓自由度
B 福祉国家資本主義
(ボナバルト、ビスマルク)
A 国家社会主義
(サン・シモン、ラッサール)
C 自由主義
(古典経済学)
D アソシエーショ二ズム
(プルードン、マルクス)









←不平等・平等→










 上の表の二つの社会主義(A)と(D)についての柄谷さんの解説は次のようです。


 一つは、サン・シモンやルイ・プランなどに代表されるもので、国家による産業化と 「配分的正義」 の実現をめざすものです。これは、国家社会主義(A)だ といってよいでしょう。しかし、これはフランス革命以来のジャコバン主義 (国家権力を握って改革を強行するという考え)を受け継ぐものです。

 そのようなジャコバン主義を否定した社会主義者が、プルードンです。彼の 考えでは、「配分的正義」 つまり富の再配分は、それを実行する国家 (官僚・政治家)の権力を強化する。つまり、国家権力をにぎってなされる 革命は、国家をべつのかたちで強化するだけである。それに対して、社会主義 は、国家を揚棄するものでなければならない、とプルードンは考えました。 そこで、彼は、政治的革命に反対して経済的革命を唱えた。それは、貨幣と 資本主義に対して、代替通貨、信用、そして生産-消費協同組合(アソシ エーション)の連合によって対抗するというものです。ゆえに、これを アソシエーショニズム(D)と呼んでよいでしょう。

『柄谷行人著「世界共和国へ」を読む』(5)
1848年から1990年まで



 1848年の革命のその後についての柄谷さんの記述を要約する。

   1848年の革命でAもDも敗北した後に、こうした社会主義に対する「対 抗革命」として福祉国家資本主義(B)が台頭する。

フランス
 革命の過程で、ナポレオンの甥ルイ・ボナパルトが、あらゆる階層の支持を 得て大統領になり、さらに皇帝に就任する。ルイは社会主義者(サン・シモン 派)であり、国家による産業発展と同時に、労働者の保護や社会福祉を実現し ようとした。

ドイツ
 1848年の革命でビスマルクが登場する。ビスマルクは宰相となって、プロシャ の飛躍的な工業化を進めると同時に、社会主義的な労働者対策をとっている。

イギリス
 自由主義(C)に該当する国はイギリスだった。フランスやドイツの福祉国家資本 主義は、当時経済的・軍事的に世界を庄倒していたイギリスに対抗するための 政策でもあった。
 しかし、イギリスではリベラリズムでありながら、1848年以後、労働組合の 保護や社会福祉政策などが急速に進んで、フェビアン協会のような社会民 主主義が出現した。

 そして柄谷さんは、1870年を実質的に帝国主義時代に突入した節目の年と 位置づけている。

1870年
 この年、国家資本主義によって急激に重工業化を遂げたフランスとプロシャの 間に戦争が起こった。勝利したプロシャは、南北戦争(1865年)によって統一 を遂げたアメリカ合衆国と並んで、イギリスの自由主義的帝国に挑戦するよ うになる。さらに、明治維新(1868年)以後に、プロシャをモデルにして急 速な産業革命をとげた日本も、そこに加わった。

 一方、プロシャに敗北したフランスでは、翌年パリ・コンミューンが成立した。 これは1848年の革命の延長とみなせるものであり、リバタリアン社会主義 (アソシエーショニズム)がその最後の光芒を放つものだった。それ以後、 社会主義運動はまったく違ったものになっていく。


 どうしてそのようなことになってしまったのでしょうか。1870年以前には社会 主義運動を担った人たちは、主に職人的労働者であり、独立心が強く組織を嫌う アナキストでした。しかし、19世紀末、重工業化が進む時期には、その基盤は なくなります。それで、アナキストも労働組合に依拠するサンディカリストに 転じたのですが、一般的にいって、アナキストは革命家というよりも反抗者で す。革命騒ぎは大好きだけれども、地道な政治・経済的な問題にとりくむこと ができないタイプの人が多い。彼らは組織と権力を嫌い、国家を否定するとい う理由から現実的な改革には関与しないし、選挙にも行かない。そのような 「リバタリアン社会主義」に嫌気がさした人たちが、国家社会主義(A)や福 祉国家主義(B)に向かったとしても仕方がないといえましょう。

 実際、19九世紀末から、社会主義運動はこの二つに分かれていきます。その 一つは、エンゲルスの相続人であったベルンシュタインに代表される社会民主 主義(福祉国家主義)であり、他方は、レーニンに代表されるロシアのマルク ス主義(ボルシェヴィズム)です。

 後者は、ロシア革命の結果として絶大なる影響力をもつようになりましたが、 結局、国家社会主義(スターリン主義)に帰結し、社会主義そのものへの幻滅 をもたらすことになりました。レーニンがプロレクリア独裁のあとに死滅する と想定した国家が、官僚体制とともに、この上なく強固になっていったからで す。そして、それに対する批判として、1960年代に初期マルクスやプルー ドンを復活させる運動、つまり「リバタリアン社会主義」が出てきたという わけです。

 1848年から現在までの社会主義の命運の大筋を知ることができた。しかし 「彼らは組織と権力を嫌い、国家を否定するという理由から現実的な改革には 関与しないし、選挙にも行かない。」というアナキストに対する評言には少し 異論がある。

 アナキストは「組織と権力を嫌い、国家を否定する」のではなく「そのヒエラ ルキー」を否定しているのです。ヒエラルキーのない共同体や組織を求めている。 だから、そういう方向で、前々回記載したように、さまざまな 「現実的な改革」に関与してきた。
 また「選挙に行かな い」のは、ブルジョア民主主義というまやかしの民主主義システムでの選挙が なんら改革につながることがないからなのです。実際、選挙を重ねるごとに 状況は悪くなってきている。ここでの状況の良し悪しはリバタリアン 社会主義に近づいているか否かを基準にしての評価です。この観点からは 支配階層の被支配階層へのわずかばかりの譲歩とその後のそれを凌駕する反動 という繰り返しが選挙というセレモニーの成果でした。(シリーズ「選挙について」を参照して下さい。)

 ついでながら、「選挙について」の第一回のまくらで塩野七生さんの次の文章を引用した。

『政治家に支配されているとか搾取されているとかの被害者意識は、いい加減に捨てることです ね。それよりも、民主政治や主権在民という言葉の意味を再認識すべきです。 政治の担当者を生か すも殺すも有権者しだいと思い、その権利を活用すべきです。
 そのための手段は何かと言うと、選挙、そしてスキャンダル。選挙については説明するまでもな いでしょうが、スキャンダルも有効な手段であることに変わりはありません。』

 スキャンダルが権力者を追い落とす有効な手段だということには同意しよう。