2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
510 認識論と矛盾論(1)
レーニンの神格化
2006年5月26日(金)


 吉本さんがレーニンのマルクス曲解を2点あげていた。(第502回、第503回)そして、レーニンのロシア革命が反ユートピアに終わるほかなかったのは、レーニンをはじめロシア共産党の成員に人間としての弱点があったからではなく、理念とその遂行にはじめから誤りがあったからだ、と言っていた。
 ソ連におけるスターリンによる「粛清」という惨劇は、スターリンが冷酷無比で残虐な性格をしていたからではない。日本赤軍による「総括」という惨劇も、彼らの性格に重大な欠陥があったからではない。いずれもその思想を支えている「理論」あるいは「理念」にその淵源を求めなければならない。
 重大な誤謬を含んだ「理論」はさほどに恐ろしい。こうした事件に対して当事者たちの性格のせいにして済ます論者ばかりがマスコミをにぎわすが、全く浅薄としか言いようがない。そのような浅薄な理論からは未来への希望は何にも生まれない。

 ここで「第489回」で書いたことにつながる。
『ロシア革命がスターリン主義へと堕落していく根源的な要因はレーニンにあった。一つは理論上の誤謬である。「レーニン矛盾論の誤謬」が「欠落の理論」を生み、「粛清の論理」へとつながる。これは三浦つとむさんが「レーニンから疑え」でつとに指摘していることだ。この問題は稿を改めて取り上げたい。』

というわけで、今回から三浦つとむ著「レーニンから疑え」(芳賀書店1964年 なんと 42年も前の本だ!)所収の同名の章を読んでいくことにする。

 レーニンが1909年に公刊した「唯物論と経験批判論」に対する三浦さんの評価から入ろう。


当時のレーニンの哲学研究はまだ十分ではなかった。ゴリキーあての手紙にも、「私たちは単純なマルクス主義者です。哲学はよく読んでいません。」とのべられているが、マルクスおよびエンゲルスの著作にもられた哲学思想を十分にくみとるだけの条件を持っていなかったにももかかわらず、同志たちが観念論にまどわされているのを知って、マルクス主義擁護のために立ち上ったのである。ところが官許マルクス主義にあっては、レーニンのこの本はマルクスおよびエンゲルスをさらに前進させたものとして聖書あつかいされている。ソ連の哲学者はつぎのようにのべている。

「レーニンは、客観的に存在する世界の反映論としての弁証法的唯物論の認識論を全面的にしあげた。彼は、認識の歴史的発展過程の複雑な弁証法的性格を示し、絶対的真理と相対的真理の弁証法の基礎をきづいた。」(『哲学教程』)

 事実はこのような信仰的解釈とまったく反対なのである。レーニンは決して「全面的」にしあげていないばかりでなく、後退させているのであり、絶対的真理と相対的真理の弁証法の基礎をきづいたのもエンゲルスであって、レーニンはそれを修正してしまっているのである。



 三浦さんはソ連で体系化されていったマルクス主義を「官許マルクス主義」と呼んで、マルクスとエンゲルスの思想を正しく継承発展させた思想と区別している。
 ここでは2点のことが問題にされている。一つはレーニンの認識論がエンゲルスのそれを修正(後退)させたものであることであり、もう一つは、それにもかかわらずレーニンの理論が聖書扱いされ、そのレーニンその人を神格化してしまったことである。
 第2点については、スターリンがレーニンの神格化に果たした役割とその手法を、三浦さんは次のように記述している。


 このレーニンの神格化には、スターリンが一役買っていた。彼は自分が「レーニンの弟子」であることを、そのもっともすぐれた弟子であることを、一枚看板にしたのである。革命運動におけるレーニンの同志たちが、哲学的論文を書いたとき、レーニンと肩をならべるだけのものを書けなかったことは事実であるが、彼らがレーニンを神格化しなかったこともまた事実である。スターリンは、彼らの哲学的論文にあやまりがあったことと、彼らがレーニンを神格化しなかったことを意識的にむすびつけ、彼らは「反レーニン的」だと攻撃した。レーニンの哲学活動を過大評価しないことと、彼の革命運動への功績を高く評価することとは別の問題である。けれどもソ連の国民が革命の指導者としてのレーニンを崇拝している中で、この「反レーニン的」というレッテルをはることは、「反革命的」ないし「反ソ的」と受けとられるようなムードを生み出していく。スターリンは、かつてのレーニンの同志たちを「反レーニン的」だとよぶ一方、自らを「レーニンの弟子」だとよぶことによって、国民が一方を「反革命的」分子、他方を「革命的」指導者だと拡大解釈するようにしむけ、そこから粛清へと持っていったように思われる。



 「レーニンの弟子」を自認するスターリンは誤謬に満ちたレーニンの認識論をそのまま受け継ぎ、それが粛清を遂行する理論的支柱の役割を果たした。
第1点目の問題、粛清の論理的支柱となったレーニンの認識論がこの稿のテーマであり、それをこれから詳しく読み解いていくことになる。
スポンサーサイト
511 認識論と矛盾論(2)
唯物弁証法の発見者
2006年5月27日(土)


 自らあきれもし後ろめたい気持ちでもいるが、私はどの分野でも「チョッとかじっただけ」が多い。たぶん多くの誤解曲解をしているだろうな、と危惧をいつも持っている。その誤解曲解は現在の自らの内実の表象であって如何ともしがたい、が、自らの内実を豊かにすることによって誤解曲解を解消する努力はしようと思う。
 いまさら殊勝なことを言っちゃって! とチャチャが入りそうだけど、やり通せるかどうか心もとないが、「資本論」(岩波文庫版)を読み始めた。冒頭「第1版の序文」の次に「第2版の後書」が掲載されている。この「後書」は示唆に富んだ内容の濃いものだ。その「後書」の中に記憶の片隅に追いやられていた名前を発見した。


 ドイツのブルジョア階級の博学な代表者たちと博学でない代弁者たちは、私の以前の諸著についてやりとげたと同じように、『資本論』をまず黙殺しようと試みた。この戦術がもはや時勢に向かないようになったと見るや、彼らは、私のこの書を批判するという口実で、「ブルジョア的意識を鎮静させるために」処方を書いた。だが、労働者新聞紙上には ― 例えば『人民国家(フオルクスシユタート)』紙上のヨゼフ・ディーツゲンの諸論文を見よ ― 傑れた戦士を見出した。彼らはこの人々にたいして、今日までまだ回答を与えていない。



 この発見がうれしかったのであえて記録したわけだが、またこの発見が三浦さんの次の著書を思い出させてくれた。
 ここから、資料として前提書のほかに「認識と言語の理論第1部」(剄草書房)と「弁証法・いかに学ぶべきか」(季節社)を加える。

 さて、「弁証法・いかに学ぶべきか」は「唯物弁証法は、誰が発見したのだろうか?」という問で書き始められている。哲学者たちは誰でも「マルクスとエンゲルス」と答えるに違いないと三浦さんは言う。しかしエンゲルスの「フォイエルバッハ論」には次のように書かれている。


この唯物弁証法は、爾来われわれのもっともよい道具となり、もっとも鋭利な武器となっているが、この唯物弁証法はわれわれだけが発見したのでなく、注目すべきことには、われわれから独立に、否、へーゲルとさえ関係なしに、ドイツの一労働者ヨゼフ・ディーツゲンによって発見されたのであった。



 さらにマルクスやレーニンもヨゼフ・ディーツゲンを賞賛している。
マルクス
『一労働者の独力の思惟になるものとしては、賛嘆に値いする思想をふくんでいる。』
レーニン
『独力で弁証法的唯物論を発見した、この労働者哲学者の中には、幾多の偉大なものがある。』

三浦さん自身も「ヨゼフ・ディーツゲンはわたしの教師である。わたしはそれを誇りとする。」と絶賛している。三浦さんもディーツゲンと同様、独学者である。なお三浦さんは1989年に亡くなられた。

 さて、レーニンはそのノートや論文にしばしばディーツゲンを記録しているが、ソ連の学者も日本の学者もそれらの文章を引用するとき、ディーツゲンという名だけを抹殺しているという。

 マルクスの「資本論」を無視しようとしたドイツのブルジョア学者やディーツゲンを無視している学者たちの心性の機微は、古田さんを無視し続けている日本の古代学者たちのそれと同じではないかと私は思う。そういえば吉本隆明さんもアカデミックな学者たちには無視され続けている。

 三浦さんは言う。


 マルクス・エンゲルス・レーニンの評価が正しいのか、それともいまの哲学者の態度が正しいのか?
 マルクス・エンゲルス・レーニンはなれ合いの仲間ぼめをやったのか、それともいまの哲学者が、ディーツゲンを理解する能力をもっていないのか?
 レーニン以後、哲学者によってディーツゲンが「死んだ犬」のように扱われているこの事実は、深くつきつめていく必要があると思う。一体どこに原因があって、この評価のくいちがいがうまれてきたかをたぐっていくと、学者はいかに評価すべきか・学問する者の態度はいかにあるべきかという、わたしたちにとって根本的な問題につながっていると考えられるからである。



 実はこの「根本的な問題」についての三浦さんの論考に唯物弁証法の「認識論」の基本的な考え方が書かれている。それを入り口として「認識論」の世界に入っていこうと思う。
512 認識論と矛盾論(3)
真理と誤謬
2006年5月28日(日)


 『ディーツゲンの著書には言葉づかいに不正確なところがあり、また理論としてもところどころに混乱があった。マルクスはディーツゲンの著作の原稿をみてそのことを認め、レーニンも具体的にそれらを指摘しているのだが、彼の偉大さを決して否定しはしなかったのである。』
 なぜか。と三浦さんは問うている。
 三浦さんは次のような例をあげている。

 算数の応用問題を10題、宿題としてあたえられた生徒が2人いる。一人は独力で解いたが、二題だけあやまった答を出した。80点である。いま一人の生徒は全然解きかたがわからなかったが、父親に解きかたを教えてもらって、全部正確な答を出した。100点である。結果としては、後者の生徒がヨリ正しい解答を示している。だから、彼のほうがすぐれた生徒である。

 すぐ異論が出るだろう。
 正しい答が多いか少ないかという外面的・現象的な点だけで優劣を比べると誤ることがある。この例の場合は自力で解いたのかどうかという観点から見れば明らかに80点の方の生徒が優れていよう。

 学者の業績や著作も同じである。著作にのべられた真理が多いか少ないかという、外面的・現象的な面をとりあげただけではその優劣は測れない。


 著作は手が機械的にうごいてつくられたものではない。そこには頭脳の 媒介がある。著作にのべられた真理は、現実の世界からくみとってこられたものであるから、著作と現実の世界のあいだには頭脳を媒介とした結びつきがある。真理が多ければ、それだけ現実の世界との結びつきも大きいことはたしかである。しかしそれは、著作者の頭脳が自力で現実からくみとって来たか、それとも他の者の頭脳がくみとったものをもらい受けたかと、直接の関係をもつものではない。ところが、学者としての優劣はこの自力か他力かに関係してくる。



 至極もっともなことだ。前回引用した「資本論・「第2版の後書」の文章の少し前のところに次のような記述がある。


 このようにして、資本主義的生産様式の対立的性格が、フランスやイギリスにおいてすでに歴史的闘争によって露呈され、人目をそばだたせるにいたった後に、ドイツでも、この生産様式は、成熟していつた。他方では、ドイツのプロレタリア階級は、すでにドイツのブルジョア階級よりはるかに決然たる理論的階級意識をもっていた。したがって、経済のブルジョア的科学がここに成立しえそうに思われたとたんに、それは再び不可能になってしまっていた。
 このような事情のもとで、ブルジョア経済学の代弁者たちは二つの隊伍に分かれた。一方の人々、すなわち利巧で金儲け好きで実際的な人々は、俗流経済学的弁護論のもっとも浅薄な、したがってもっともよく成功した代表者であるバスティアの旗のまわりに群がった。その科学の教授的品位をほこる他の人々は、ジョン・ステユアート・ミルに追従して、調和しうべからざるものを調和しょうと試みている。ドイツ人は、ブルジョア経済学の古典時代におけると同じように、その衰退の時代においても、まだ単なる生徒、受売りや追随者にすぎず、外国の卸商からもらってくる小行商人にすぎなかった。



 まるで欧米の学者の受け売りにかまけているだけの学者が多いこの国の現状を描いているようだ。

 また同じ趣旨のことを三浦さんが言っている。『いまの哲学者は、いったい独力で何を発見したであろうか? もしマルクスが現存していたら、「驚嘆に値いする」と賞められるような、立派な研究でも持ち合わせているのであろうか? ディーツゲンは、なめし皮工場の労働者であった。高等教育も受けなかったし、哲学の研究とても仕事の合間に行われたものであった。いまの哲学者は最高の教育を受け、研究によって生活している知識人である。それにもかかわらず、現に学問的にディーツゲンから後退してさえいるではないか。』と。

 さて本筋に戻るろう。
 著作は人間の主体的活動の産物だから、著作の優劣を論じるのであれば産物だけを取り上げるのではなく、活動そのものを検討しなければならない、ということだった。このことから得られる結論は次のようになる。

 一定の主体的条件においては「著作にのべられた真理の多少と学者としての優劣は一致する」という認識は正しいが、ある主体的条件においてはその認識は誤謬となる。

 この結論を論理的に一般化すると唯物弁証法の認識論となる。まず三浦さんが引用しているディーツゲンの論述を読んでみよう。


 真理はある一定の条件のもとにおいてのみ真理であって、ある条件のもとでは、誤謬がかえって真理となる。太陽は輝くということは、真実な知識である。ただし空が曇っておらぬことを前提としてである。まっすぐな棒は、水の流れに突っ込めば曲がるということも、もし視覚上の真理ということに限るなら、右に劣らぬほど真理である。……誤謬が真理とことなる点は、誤謬はそれがあらわしている一定の事実に対して、感覚的経験が保証する以上にヨリ広い、ヨリ一般的な存在を度はずれに認めるところにある。誤謬の本質は、逸脱ということである。ガラスの玉は、本物の真珠をきどるとき、はじめてニセモノとなる。(1896年)



 同じ問題をエンゲルスは『反デューリング論』で次のように論じている。


 真理と誤謬とは、両極的な対立において運動するすべての思惟規定と同じく、まさに極めて限定された領域に対してのみ、絶対的な妥当性をもつ。われわれが真理と誤謬との対立を、右に述べた狭い領域以外に適用するや否や、この対立は相対的となり、従ってまた、正確な科学的な表現の仕方のためには役に立たなくなる。しかるにもしわれわれが、この対立を絶対的 に妥当なものとしてかの領域以外に適用しようと試みるならば、われわれはいよいよ破局に陥る。すなわち対立物の両極はその反対物に変り、真理が誤謬となって誤謬が真理となる。(1877年)



 このディーツゲンやエンゲルスの論述と凡百(観念論者や俗流唯物論者の)の認識論との際立った違いは誤謬の扱い方にある。誤謬に満ちた認識論の誤謬の根源は、皮肉にも、誤謬を真理と切り離して誤謬の分析を試みようとしない点にある。
513 認識論と矛盾論(4)
唯物弁証法による認識論
2006年5月29日(月)


 三浦さんが説く認識論のうち「真理と誤謬」の関係に的を絞ってその概略をまとめてみる。
 まず真理とは何か。
 現実の世界と正しく照応している認識を<真理>という。どんな観念論者でも自分が存在していることや自分が人間であることは疑わないだろう。そのとき、その認識は対象である自分との照応において真理と呼ばれる。

 「なんだ、当たり前のことじゃないか。」という感想が聞こえそうだが、もしそう思った人は唯物論的な思考に慣れているからで、「真理」という概念をこのようには考えない人の方がむしろ多いのではないかと思う。
 例えば『「真理」という言葉は、数学的真理とか物理的真理とかのことで、絶対的真理というような意味で用いられるものである。』という俗説がある。こういう理解と上のように定義した<真理>とはどう違うのだろうか。

 現実の世界と正しく照応している認識が真理だから、真理はア・プリオリに頭のなかにまず成立するわけでもないし、認識それ自体が真理と呼ばれる資格があるわけでもない。真理はあくまで、客体との関係において論じられなければならない。

 なによりもまず、統一された全体としての現実の世界がある。私たちはまず現実の中での活動を通して、その現実の世界のいろいろな個々の部分についての認識を得ていく。その認識には真理もあれば誤謬もある。誤謬を真理と思い違いをしていれば誤りであるが、それを誤謬と知っていれば正しい認識であり、有用である。

 また、個々の認識は現実の無限の世界の一部分のそれであり、さらに認識の主体である私たち自身の有限性に規定されて、それぞれの限界や制約を持っている。しかし私たちはそれらのさまざまな認識を観念的に結合し、個々の認識の限界を超えた新しい認識を得る。この新しい認識が真理であるか否かは結合の仕方いかんにかかっていて、個々の認識が真理でもそれを統一したものが真理とはかぎらない。ときには真理が誤謬に転化する。

 このような認識作用の過程をへながら、われわれの認識は体系化されていく。正しく体系化されたものをわれわれは科学と呼ぶ。哲学もやがては単なる解釈学から脱して、科学になるべきものと期待される。

 この体系的な認識は歴史を経るにしたがって現実的な世界のあり方にますます近接していく(ときには後退させてしまう者もあり、実際にはジクザクした進み方になる。)けれども、最終的には完結することはあり得ない。現実の無限の世界のあり方と認識の有限なあり方との間には常に矛盾が存在するのが当然である。しかし、だからこそ科学としての体系は常に発展進歩するわけである。

 数学的真理や物理的真理は絶対的真理だろうか。エンゲルスは「反デューリング論」でボイルの法則を取り上げて説明しているが、私は数学で説明してみよう。
 平面の幾何学では「三角形の内角の和は180°である」という認識は真理だが、球面の幾何学では三角形の内角の和は180°より大きくなり、その認識は誤謬となる。こういう意味で私たちの得る真理を相対的真理という。「三角形の内角の和は180°である」という認識が絶対的真理と言い得るのは「平面」という条件下にのみである。「絶対的真理」とはこういう意味である。

 上の例から「真理が誤謬に転化」するのは「認識の限界」を逸脱することによるのが分かる。二つの逸脱がある。
 一つは、 「対象のもつ限界を無視して、その限界を超えたところにまで認識の在り方を逸脱させる」誤謬。
 もう一つは「対象や認識のもっている限界を絶対化して、それらは超えられぬのだと逸脱させる」誤謬。

 相対的真理を定義すると「正しさの中にわずかではあるが修正の余地のある誤謬を含んでいる認識」と言えようか。
 また、弁証法的な思考においては、相対的真理の対立物として相対的誤謬という概念も重要である。相対的誤謬とは「正しいものよりも、修正の余地のあるものの方がずっと多く含まれている」認識をさす。

 『相対的真理の総和が絶対的真理になる。』と思っている人も多いのではないだろうか。あにはからんや、「絶対的真理」というのは狭い条件下の真理なのだった。
 あるい形而上学者が頭からひねり出した閉ざされて硬直した体系を「絶対的真理」と呼ぶ人もいる。「究極の決定的真理」を約束したデューリング氏がその典型である。デューリングはエンゲルスの「反デューリング論」によって完璧に論破されたが、「デューリング氏」の再生産はいまだにやまない。
 ほとんどの宗教も「絶対的真理」を競い合っている。この場合は、真理がア・プリオリに頭のなかにまず成立している。

 ではデューリング氏の壮大な体系や宗教の理論は「絶対的誤謬」か。いな、それらは相対的誤謬である。いくらかは真理を含んでいるから、それらは容易には滅びない。誤謬は「常に観念を客体との関わりにおいてとらえながら物事を考え」ていくことによって止揚していくほかはない。
515 認識論と矛盾論(5)
レーニンの躓きの石
2006年6月4日(日)


 前回に紹介したような認識論を三浦さんは「マルクス主義の認識論」と呼んでいる。これからはその言い方にならう。しかし、ここでいうマルクス主義が「官許マルクス主義」のことではないことを改めて強調しておきたい。

 三浦さんよると、多くのマルクス主義者はエンゲルスの『フォイエルバッハ論』を入門書として一度は目を通すそうだ。。そして、これだけを読んでフォイエルバッハの全てを分かった気になってしまっているという。その結果、フォイエルバッハに対する過小評価と過大評価の両方が生まれてくると分析している。
 過小評価の方は『フォイエルバッハの宗教批判およびヘーゲル批判における観念的な自己疎外の解明を軽視する傾向』として現れる。また過大評価の方は『フォィエルバッハの社会観以外の唯物論的見解をそのまま正しいものとして受けいれる傾向』となって現れる。

 レーニンがこの後者の陥穽に陥っていた。
 フォイエルバッハはヘーゲルの「絶対精神」を否定して人間の思惟を「彼岸」から「此岸」に引き戻したけれども、「客観的存在そのもの」を「真理」と呼んでいる点で中途半端な唯物論にとどまっていた。

 真理について、フォイエルバッハは次のように言っている。

『観念論と自称する現代の哲学的唯心論は、唯物論に対してつぎのような ― その意見によれば唯物論を根絶するところの ― 非難を与えている。唯物論は独断論である。即ちそれは確定的なもの、客観的真理としての感性的世界から出発し、この世界をそれ自体における、すなわち我々なしに存立する世界とみなす、しかし世界はただ精神の産物にすぎないのだ、と。』

 これを受けてレーニンは

『フォイエルバッハが、唯物論は究極的な客観的真理としての感性的な世界から出発するといっている。』

とフォイエルバッハを丸呑みしている。

 ところで、マルクスの『フォイエルバッハ・テーゼ』の第二項は次のように述べている。

『人間的思考に対象的な真理が到来するかどうかという問題は ― なにも理論の問題ではなく、実践的な問題である。実践において人間はかれの思考の真理性、すなわち現実性と力、此岸性を証明しなければならない。思考の現実性あるいは非現実性についての論争は、 ― この思考が実践から遊離しているならば ― まったくスコラ的な問題である。』

 この第二テーゼについては三浦さんが分かりやすく解説している。


 対象であるお菓子がうまいかまずいかと予想を立てるのは思惟の活動であるが、それは食べてみるという実践によって、訂正されあるいは確認される。ここで真理であるか否かが証明される。対象的真理とは対象から与えられた真理の意味である。



 フォイエルバッハに躓いたレーニンはこの第二テーゼの「対象的真理」をフォイエルバッハ的に「客観的な世界そのもの」と曲解して、マルクス自身が「対象である物自体」を「真理」と呼んだかのように主張した。

『思惟の『対象的真理』とは、思惟によって真に反映される対象(=「物自体」)の存在をいいあらわしたものに ほかならない。』(強調はレーニン自身によるもの)

 つまり、レーニンはマルクスをフォイエルバッハまでひきもどし後退させて、その真理論を展開していった。三浦さんがレーニンの「唯物論と経験批判論」から引用している文章は次のようである。

『客観的真理が(唯物論者の考えるように)存在するとすれば、そしてただ自然科学のみが、外界を人間の「経験」の中に反映することによって、客観的真理をわれわれに与える能力があるとすれば、あらゆる信仰主義は無条件的に拒否される。』

『(1)客観的真理は存在するか? 即ち人間の表象の中には、主観に依存せず、人間にも人類にも依存しないような内容があり得るか?
(2)もしあるとすれば、客観的真理を表現する人間の表象は、この真理を一度に、すっかり、無条件的に、絶対的に表現し得るのか?それともただ近似的に、相対的に表現し得るにすぎないのか?

 この第二の問題は絶対的真理と相対的真理の問題である。』

『現代唯物論、即ちマルクス主義の見地から見れば、客観的、絶対的真理へのわれわれの近接の限界は歴史的に制約されている。だが、この真理の存在は無制約であり、われわれがそれに近接するということは無制約的である。画像の輪廓は歴史的に制約されている。だが、この画像が客観的に存在するモデルを描写するものだということは無制約的である。……一口にいえば、あらゆるイデオロギーは歴史的に制約されている。だがあらゆる科学的イデオロギーには(例えば宗教的イデオロギーと異って)客観的真理、絶対的自然が照応するということは無制約的である。』

 前回の認識論の検討で退けてきた間違った真理論のオンパレードである。
 第一の引用文では「誤謬」をまったく切り捨てている。
 従って第ニの引用文では絶対的真理が客観的真理の無条件的・絶対的な反映だと言っている。
 さらに、第三の引用文を加味すると、対象的真理=客観的真理=絶対的自然=絶対的真理であって、人間の認識としてはこの客観的な世界をすっかり反映したものが絶対的真理、部分的に不完全に反映したものが相対的真理だということになっている。そしてこのことから、部分的に不完全に反映したものがつぎつぎにつみ重ってすっかり反映するようになるという考え方、つまり「相対的真理の総和が絶対的真理である」と主張している。

 すべて、前回検討した「マルクス主義による真理論」とは全く逆立ちしたものになってしまっている。


 レーニンが、このように客観的に存在するモデルそのものを真理とよんだことは、マルクス主義に反しているけれども、このあやまりはさらに真理の弁証法的な把握を妨害する結果にならざるをえない。なぜならば、真理は誤謬に対立するものであり、弁証法は真理と誤謬を対立物の統一として……相互に転化するものとして、とらえるのである。だが、客観的実在を客観的真理とよぶならば、これはどこまで行っても真理であって、誤謬に転化することはありえない。それゆえ、あらゆる真理は条件づきであり、誤謬に転化する可能性を持っているというマルクス主義の真理論は、この時代のレーニンにあっては暗黙のうちに修正されているわけである。