2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
69. はなしあおうじやないかとゆう声がした
2004年10月22日


 今日の朝刊に詩人・川崎洋さんの訃報が掲載されていました。享年74歳。
 若い頃その作品を読んで、川崎さんの繊細な優しさにひと時の慰藉を戴いたことを思い出しました。 息苦しい時代になり、毎日息苦しいことを取り上げざるを得ないこのページですが、今日は一呼吸置いて 、心をほぐすことにします。川崎さんを追悼して、川崎さんの詩を三編選んでみました。


  にじ

はなしあおうじやないか
 と ゆう声
     がした

うすいみどりいろのこえだった

 すると

もうひとつの空のほうから

はなしあおうじやないか
と ゆう声
    がした

ぽっかりあかいこえだった
 むらさきやら

たまごいろやら

 おりおり
わらいさざめいたりしながら

あさぎり に ぬれている
新墾地の ことなんぞを

 風が吹くたんび
話題をかえたりしながら

 それはそれは
  ほんとうにたのしそうに

 空のこちらから
むこういっぱいにかけて
はなしあっていたことだった


  こもりうた

あかんぼは
うすめをあけて
うわめづかいなど
するもんじゃない
ねむりなさい
ここはおやじとおふくろに
いっさいまかせて
わるいやつがきたら
とうさんとかあさんが
ちゃんとしまつをつけてやるから
ねむりなさい
すこしぐらいいびきかいたって
やっときこえるぐらいの
いびきなんだから
えんりょするこたない
ねむりなさい


  五月

夜になると大きな星が流れましたね
実に大きな星なので
その星の舟や木が
燃えながら
星と一緒にまわっているのが
まざまざとみえる程でした

それらにまじって
時折
眼をつむった操縦士を乗せて
戦闘機が落ちてきましたね
僕たちはといえば毎日
蛇の子供のことや
こするとよい匂いのする風防ガラスの
かけらのやりとりに夢中でした
あの舟足の速かった僕たちの船
すてきに漕ぎよかった褐色の櫂
今でもそれは
あの海岸の砂の上に転がっているのですか
僕たちが漕ぐと
いつのまにか船が船から抜け出して
船の抜けがらだけが
千の波を激しくめくりながら
海をかすめて飛ぶような感じでしたね

飛行服のまま
君の家に一寸立寄った君の兄さんが
見えない弦が張られている
牛の角のたわみを両手で握りしめ
その色つやのよい牝牛の身体ごしに
五月の海を見ていたのが
昨日のことのように思い出されます
いい人が沢山死んでしまったのだ

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90. 詩をどうぞ(1)
2004年11月12日


 ファルージャの殺戮はまだ続いている。新聞は報じる。「イラク各地で騒乱拡大」
 これはテロではなく、明らかにレジスタンスだ。ブッシュが押し付ける手前勝手な 殺戮という平和への。


語彙集第百三十章    中江俊夫


それは君のためなんだろうか
僕のためなんだろうか
誰のためでもないはずだその平和は
だってそうじやあないか
お袋も 親父も 妹も
みなその名で殺された 駄菓子屋 勤人 煙草屋は
ほかの名じゃあ殺されなんだ 僕の知ってるかぎり 僕の町筋で
不正の名でかりたてられ
友の名で殺されたものはいない もっと大きな もっと大きな!
みなうまい名でかざりたてられ 兵士は
きれいな小箱に入って帰り
不細工な忠霊塔におさめられたよ


それは君のためなんだろうか
僕のためなんだろうか
誰のためでもないはずだその平和は
だってそうじゃあないか 僕らは
まだ若いんだしそんなにいつ迄も眠っていたくはない
気がむいたときに本も読みたいし 議論もしたい
暇はなくとも 映画を観たり 散歩もしたい
朝七時には眼がさめるし 夜十時には眠くなる
そりや無理もするけれど 恋と戦争はおかどちがいだ
兄弟げんかや隣の夫婦げんかとはわけがちがうよ
僕らは愛しあっても 憎みあってもいない
誰が相手かさえ知らんのだ


それは君のためなんだろうか
僕のためなんだろうか
誰のためでもないはずだその平和は
子供のかくれんぼなら繁みに隠れても
鬼が見つけたらすごすごでてくるよ
大人のかくれんぼときたら 繁みにきてみると
黒っぽくなった骨たちをみつけたという始末さ
いったい誰がじゃんけんしたんだ
僕の兄たちを賭けて 誰がサイをふったんだ
いったい誰が楽しみ 明日の時間をつぶしたんだ
誰がふところにもうけを入れてしまったんだ
誰だ誰だ!


国の平和とは誰が言うんだ
いつも指導者で お偉方 何とか長官たち 大人たちさ
僕らをとかく平和のためだろうと 戦争のためだろうと
あごで使おうつて魂胆なのさ
人的資源というやつで 十八歳から二十五歳というやつ
結構なすじがきで僕らの未来を買占め
もうけの道具に使う
こつちは他国で血を流す
引金をひくのか 号令をかけるのか役割りもきまっていて
ほかの芸は要らないという仰せだ国のため
火をつけろ ぶっこわせ 殺せ殺せ


国の平和とは誰が言うんだ
死んじまった風? 空? 緑?
死んじまった学童? 職人? 蛙? 鳥?
生きのびた大臣
生きのびた首相
生きのびたおおぜいの役人
成程なるほど
国の平和とは大事です 便利重宝だ
それは君のためなんだろうか
僕のためなんだろうか
死んじまったものは 生きていたときも無言
死んじまったらなおさら無言 国の平和には便利重宝さ


ぬけぬけ性こりなく繰返す商売々々だ
平和は一番売りやすいよ 口実は一番崇高だ
かんじんの中味は戦争さ
断固平和を守るため
断固戦争を続行する!
平和の種類は嘘八百種だ
突然変異の珍種も頻出し
他種の平和は認めない
自種の繁栄と商売にかかわることだから
それは君のためなんだろうか
僕のためなんだろうか どっかの
人食い鮫のためなんだろうか


国の平和とは誰が言うんだ
平和は火葬場じゃない 難民収容所じゃない
爆弾じゃない
牢屋でもない
あざみのことだ タンポポのことだ
かなぶんぶんのことだ
婦人のことだ 小鳥のことだ
百姓 漁師 ひとりひとりの個人的なことだ
国なんぞ存在したためしがない 権力と
法律書や馬鹿者の頭のなか以外には
それを誰れがいったい国があると言うのか
その平和とはなんなのか なんに利用するつもりか誰が?


   (「ユリイカ・現代詩の実験」1972年10月臨時増刊号より)
97. 詩をどうぞ(2)
2004年11月19日



四海波静    茨木のり子

戦争責任を問われて
その人は言った
  そういう言葉のアヤについて
  文学方面はあまり研究していないので
  お答えできかねます
思わず笑いが込上げて
どす黒い笑い 吐血のように
噴きあげては 止り また噴きあげる

三才の童子だって笑い出すだろう
文学研究果さねば あばばばばとも言えないとしたら
四つの島
(えら)ぎに(えら)ぎて どよもすか
三十年に一つのとてつもないブラック・ユーモア

野ざらしのどくろさえ
かた かた かた と笑ったのに
笑殺どころか
頼朝級の野次ひとつ飛ばず
どこへ行ったか散じたか落首狂歌のスピリット
四海波静かにて
黙々の薄気味わるい群聚と
後白河以来の帝王学
無音のままに貼りついて
ことしも耳すます除夜の鐘
   (「ユリイカ・現代詩の実験」1975年12月臨時増刊号より)

 茨木のり子さんが政治的な問題を素材にして、それをストレートに詩にするのは珍しい。 茨木さんの憤怒のほどが窺える。
 ちなみに、茨木さんは先日亡くなられた川崎洋さんと同人誌「櫂」を1953年に創刊し、現代詩の 隆盛の一時期を担っている。

 ところで、この詩を読むといつも「頼朝級の野次ひとつ飛ばず」の一行で頭が傾いでしまう。 「頼朝級の野次」ってなんだろう?
 分からないのは私だけかもしれない。ともあれ気になるので、今回はいろいろ調べて一応私なりの解釈を してみた。
 結論。次の歴史的逸話を下敷きにした一行ではないか。

 後白河法皇が義経に頼朝追討の宣旨を下したことを知った頼朝は激怒し、大軍を上洛させると後 白河法皇を脅した。後白河法皇は頼朝に、本意ではなく天魔のせいだと弁明した。この弁明に対して 頼朝は「あなたこそ日本一の大天狗だ。他に天魔は居らんぞ」と怒りの返書を叩きつけたという。

 どうだろうか。もし違っていたら、ご教示を。
98. 詩をどうぞ(3)
2004年11月20日


 茨木のり子さんは私が好きな詩人のお一人なので、紹介したい詩がたくさんある。 しかし「詩をどうぞ」では、このホームページのテーマと共通部分があるかどうかを 基準に詩を選んでいる。そういう基準で選んだ茨木のり子さんの詩をもう一つ紹介したい。 比較的新しい詩集「倚りかからず」(筑摩書房)より。


(ひな)ぶりの唄    茨木のり子

それぞれの土から
陽炎(かげろう)のように
ふっと匂い立った旋律がある
愛されてひとびとに
永くうたいつがれてきた民謡がある
なぜ国歌など
ものものしくうたう必要がありましょう
おおかたは侵略の血でよごれ
腹黒の過去を隠しもちながら
口を拭って起立して
直立不動でうたわなければならないか
聞かなければならないか
   私は立たない 坐っています

演奏なくてはさみしい時は
民謡こそがふさわしい
さくらさくら
草競馬
アビニョンの橋で
ヴォルガの舟唄
アリラン峠
ブンガワンソロ
それぞれの山や河が薫りたち
野に風は渡ってゆくでしょう
それならいっしょにハモります
 
   ちょいと出ました三角野郎が~
八木節もいいな
やけのやんぱち 鄙ぶりの唄
われらのリズムにぴったしで


今日の夕刊(朝日新聞)の文化欄に「行動するリベラルを貫いて」という表題で 経済学者・宇沢弘文氏のインタビュー記事があった。その中に、現今の新聞紙面ではめったにお目にかかれない 歯切れのよい一節があった。
 でもいま、経済学は社会を悪くしてるよね。何の志もない小泉「改革」を持ち上げて、腐敗しきってい る。ブッシュを再選させたアメリカは建国以来、最悪の時代だけど、反対運動も反戦運動も起きない日本 は、もっとひどい。イデオロギー対立の時代が終わった今こそ、多くの人が共有できる価値を作り出す必要 がある。

 ただ、最後のくだりには疑義がある。
 「イデオロギー対立の時代が終わった」ということがよく言われる。しかし私は「ロシア・マル クス主義」の思想が、その誤謬を理論的にも現実的にも露わにして破産しただけのように思える。その 理論的誤謬は真摯でラジカルなマルクス学者や評論家などによってつとに指摘されていたことである。 それを現実が追確認したということに過ぎない。(その誤謬のためにどれだけ多くの人が虐殺されたこ とか!怠慢で無能な知識人は直接手を下さなくとも、大変な殺戮をやっていることになる。恥を知れ!)
 勿論「イデオロギー」という言葉で何を指すのかで認識が異なってくる。支配階級の「人間抑圧の 思想」と被支配階級の「人間開放の思想」をそれぞれ「イデオロギー」と呼ぶなら、いまは支配者のイデオロギー が一方的な暴力を振るっているが、その対立は断じて終わってはいない。 「イデオロギー対立の時代が終わった」というようなもの言いはその事実を隠蔽することになる。
 もしそうだとするなら、いま最も必要なのは、人類が陥ってしまった「支配ー被支配」という陥穽から 人類を解放するための万人に共通の「倫理」ではないのか。
101. 詩をどうぞ(5)
2004年11月23日


 「ユリイカ・現代詩の実験」1975年12月臨時増刊号に、1975年の詐術への憤怒をしたためた詩 もう一編発見。

オオ・ノー・モア・ヒロヒト     山本太郎

20数年ニナルカ
「オレハ アナタノ名ヲ 呼バヌ」
「モウ呼バヌ」 トイッタガ
オレノ聲ハ ムロンキコエヤシナカッタ
ヒロヒト アナタノ耳孔ガ
イチドダッテ ホンキデ
オレタチノホウニ 開イテイタコトガアルカ
ホンキト絶縁ノ
ホンキモ ソンキモナイヒトノ
笑イモ 泪モシラナイヒトノ
キミノワルサヨ
キショクノワルサヨ
オレタチハ アナタニ
数エキレヌ貸シヲモツガ
アナタハ ソレヲ知ラナイ
アンコール狎レシタ役者ノヨウニ
アンコール好キノコクミンニ
カラクリノ人形ヨロシク
カグン・カクント 首フリ腕フリ
オオ・ノー・モア・ヒロヒト
イマサラニ アワレ
ナドトイウツモリハナカッタガ
「亡霊ノ名ハモウ呼バヌ」 ト
モウイチド書イテオコウ
ジブンノコトバヲ モタヌ マレビト
血ノカヨワヌ カタコトノ
アナタハ ヤハリキケンナヒトダ
ヤッパリ邪魔ダ キッパリ無縁ダ
ヒロヒト アナタハタシカニ個体ジャナイ
一系ノ妖シイ流レニ
クラゲナシタダヨエル菊ノヒトモト
象徴劇ノ カーテンコールノ
ヨク似合ウ遺伝保持者デ
ユラユラユラリ
パントマイムノ アヤウサニ
オイタワシヤ ト
マタゾロ ワルノリノ
拍手ガチラホラ キコエルノデ
オオ ソウサ
「アア ソウ」 ト
ヒトコト スナオニ
呟イテ 消エル
イマガ 潮ドキナノダ
 太郎さんが「イマガ 潮ドキナノダ」と書き留めてからさらに14年間ヒロヒトは居直った。 ヒロヒトの即位が1926年、1989年に死去。
 太郎さんは1925年生まれで1988年になくなられた。奇しくも昭和と呼ばれた時期とほとんど重なった 生涯だった。まだ63歳だった。