2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
宮古島市長選の争点

 関東大震災(1923年)の時に「朝鮮人が暴動を起こした」という流言が拡がって朝鮮人が多数虐殺されたという事件があった。今日(1月20日)の東京新聞が取り上げていた次のような記事を読んで、すぐこの事件を思い出した。

 私は知らなかったのだが、東日本大震災直後に宮城県内で「被災地で外国人犯罪が頻発している」という流言が流布されたそうだ。そのウワサは次のようである
 当時はSNSで「被災地で外国人窃盗団が横行している」「外国人が遺体から金品を盗んでいる」(遺体損壊)といったデマが飛び交い、被災者の間でささやかれていた。宮城県警はこのウワサが事実ではないこと確認している。

 郭基煥(東北学院大教授・共生社会論と言う方がこのデマを聞いた人たちの反応を調査した。調査方法と結果は次のようだった。

 日本国籍の20~69歳、計2100人を対象に実施。質問を郵送し、770人から回答を得た。回収率は36.7%。
 「被災地で外国人の犯罪があるといううわさを聞いた」と答えた人は回答者全体の51.6%で、情報源(複数回答)は「家族や地元住民」が68.0%と口コミが最も多く、次いで「インターネット」が42.9%。うわさとなった犯罪は「略奪、窃盗」97.0%、「遺体損壊」28.0
 うわさを聞いた人たちの内そのうわさを信じた人は86.2%で、年齢や性別で大きな差はなかったという。少ないながら外国人犯罪を「確かに見た」と答えた人(0.4%)、「そうだと思われる現場を見た」と答えた人(1.9%)もいたという。

 人は非常時には根拠のないウワサを信じてしまいやすくなるものだろうか。では多くの人々が、アベコベ軽薄姑息うそつきカルト政権が「集団的自衛権行使容認・戦争法強行採決・海外派兵・高額兵器購入(例:オスプレイ5機、1機当たり約103億円)・沖縄辺野古新基地と高江ヘリパッド建設工事強行」などの悪政の根拠にしている「中国の脅威」を疑おうとしないらしいのはどうしてなのだろうか。今、宮古島市長選挙(22日投開票)で大きな争点になっている自衛隊基地へのミサイル配備の論拠も「中国の脅威」である。東京新聞のこちら特報部(1月16日)はその経緯と基地規模を次のように報道している。

 陸自のミサイル配備計画が明らかになったのは2015年春ごろだ。国の「中期防衛力整備計画(14~18年度)」は南西諸島の防衛強化をうたっており、宮古島へのミサイル配備によって沖縄本島以南の防衛上の「空白」を埋めるのが狙い。中国を念頭に、本島との間の宮古海峡を突破して太平洋へ進攻する艦船をけん制するという。

 計画地は、宮古島中央部の航空自衛隊宮古島分屯基地にほど近いゴルフ場「千代田カントリークラブ(C)」。「こちら特報部が入手した計画案には「宮古島駐屯地(仮称)への配置予定として「部隊」のほか、「島しょに対する進攻を可能な限り洋上において阻止し得る対艦誘導弾部隊」「重要地域の防空を有効に行い得る地対空誘導弾部隊」と物々しい部隊名が並ぶ。部隊総数は700~800人だ。

 折しも、夕刊ゲンダイ(1月19日)で高野孟さんの『安倍政権 離島防衛のためのミサイル基地建設という欺瞞』という論説に出会った。歯切れがよく論拠にも全く虧損(きそん)がない。転載しよう。

 15日に告示された宮古島市長選の焦点は、陸上自衛隊のミサイル基地の建設を認めるか否かである。賛成・反対両陣営とも候補を一本化できず、4人が立つ乱戦模様だが、翁長雄志知事は反対派の前県議を支持している。

 安倍政権は盛んに「中国脅威」論をあおり、今にも中国軍が尖閣を手始めに南西諸島を“島伝い”に攻め上ってくるかのような時代錯誤も甚だしい(太平洋戦争の米軍ではあるまいし!)危機シナリオを振りまいて、まず与那国島に昨年、陸自の沿岸監視隊駐屯地を進出させたのをはじめ、石垣島、この宮古島、そして奄美大島にも基地を造ろうとしている。

 「離島防衛のための南西諸島戦略」というわけだが、これが当初、90年代にいわれ出した時には、「北朝鮮が国家崩壊し、一部武装した難民が大挙して離島に押し寄せる危機が切迫している」という“お話”だった。私はこれについてテレビやシンポジウムで何度も議論して、第1に、北朝鮮はそういう様態では崩壊しない(理由は今は省略)、第2に、仮に崩壊しても難民は99%、鴨緑江を歩いて渡って中国東北へ向かう――なぜなら中国東北には朝鮮族100万人が住むからで、なぜわざわざ海を渡って「資本主義地獄」と教えられている日本に向かうのか。第3に、そもそもそんな大量の難民が乗り組むだけの船がない、と指摘した。

 当時、ある公開の場で、後に防衛大臣となる森本敏にこの意見をぶつけ、「離島防衛なんてまったく架空の話じゃないか」と問うと、彼は苦笑いしながら「いや、実は旧ソ連が攻めてこなくなったので、北海道の陸自がやることがなくなっちゃったんだよ」と言った。

「なーんだ、用済みの陸自の失業対策だったんですか」と私がちゃかし、会場は笑いに包まれた。そんなことで、一時は下火になっていた離島防衛論だったが、野田政権の尖閣国有化の愚挙をきっかけに、東シナ海の“緊張”が高まると、それを利用して安倍が一気に基地建設の具体化を図った。

 マスコミは「宮古海峡を突破して太平洋に進攻する中国艦船を牽制」(16日付東京新聞)などと書き立てるけれども、ご存じですか、あの海峡は日本の領海でも接続水域でもなく公海なので、どこの国の軍民艦船が通過するのも自由であって、「突破」とかいう問題は、そもそも存在しないのだ。

 高野さんの文中にも(16日付東京新聞)からの引用文があるが、この引用の仕方ではこれが「こちら特報部」の記者の意見のように読めるが、私が引用した通り、これは記者が語った言葉ではなく「中期防衛力整備計画(14~18年度)」で語られた主張である。信頼している「こちら特報部」のために付言しておく。

 しかし、高野さんがこの引用文を批判している意図は、政府が垂れ流すウソを検証なしでそのまま引用するのはそのウソの拡散に手を貸しているという点にあると思う。そういう観点からは私も賛成する。今日(1月21日)の東京新聞の社説「首相施政方針 同盟を不変とする誤り」にもその例があった。その部分を引用する。
『中国の海洋進出や北朝鮮の核・ミサイル開発など厳しさを増す地域情勢を考えれば、紛争を抑止する警察力としての米軍展開の必要性は当面、認めざるを得ない。』
 これでは「中国の脅威」と「北朝鮮の脅威」を検証なしで認めていることになる。せめて「…地域情勢観…には検証が必要だが」ぐらいの付記があったらよいと思った。

 「中国脅威論」の検証は難しいが、この問題を取り上げているすばらしい論考に出会ったので、次回からそれを読んでみることにする。

(今回の記事から新たにカテゴリー「中国脅威論の信憑性」を設けることにしました。)
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マスゴミが報じる世論調査は信用できるか

 私は現在の政権をアベコベ軽薄姑息うそつきカルト政権と呼んでいるがこれが決して誇張でも不当でもないことは、この無知で無恥な連中がやってきたトンデモ政策を俯瞰してみれば明らかだろう。第1次政権時の悪政も含めて列挙して見よう。

教育基本法改悪・特定秘密保護法・自虐史観攻撃・靖國神社公式参拝・従軍慰安婦の強制性否定・内閣法制局人事介入・武器輸出三原則の撤廃・集団的自衛権行使容認・戦争法強行採決・海外派兵・高額兵器購入(例:オスプレイ5機、1機当たり約103億円)・沖縄辺野古新基地と高江ヘリパッド建設工事強行・アベノミクス失敗・GPIF大損隠し・原発輸出と原発再稼働・マスコミへの圧力と言論統制・マイナンバー制度導入・カジノ合法化・TPP強行採決・(消費増税、解雇規制緩和、サービス残業自由化)など貧困格差拡大の諸政策・一方で「地球儀を俯瞰する外交」と称して約70兆円のバラマキ外交・・・

 これまでの報道によると、これらの悪政の支持率は全て不支持率を大幅に下回るが、アベコベ政権の支持率は不支持率を上回っている。例えば、アベコベ軽薄姑息うそつきカルト政権の最終目標のスローガンは「戦後レジームからの脱却」つまり「改憲」である。今日(1月14日)に東京新聞に時事通信が6~9日に実施した1月の世論調査の次のような結果が報道されていた。

(*)安倍政権が目指す改憲は優先的に取り組む政治課題かどうか。
「優先しない」49%
「優先的に取り組む」36.5%
「分からない」13.9%
これに対して (*)安倍内閣の支持率
前月比2.0ポイント増の51.2%
不支持率は3.0ポイント減の26.5%

 報道は「2ヵ月ぶりに五割に戻った」と言い、その理由を「日米両首脳による真珠湾訪問などが評価されたとみられる。」と推測している。確かに安倍の打算的な言動に振り回されている単細胞的な判断をする人が多いのだろう。こういう単細胞的な判断の本質を論じている論文二つに出会った。

 一つは金子勝さんの『残業なし、賃上げ、経済成長というバラ色の虚構が安倍政治』である。金子さんは単細胞的な判断の本質を「安倍首相が「息を吐くように」繰り出す嘘に求めている。核心の部分だけを転載しよう。

 2014年12月に総選挙において、リーマンショックか東日本大震災級のショックがないかぎり、消費税増税の再延期はないと断言しました。ところが、アベノミクスが失敗したことを認めない安倍首相は、伊勢志摩でのG7サミットにおいて、「リーマンショック並みの緊急事態」であると言い出し、国際メディアから袋だたきにあうと、前言を翻し、公然と公約を投げ捨てました。しかし、そのことで責任をとる気配は全くありません。

 アベ政治の特徴は、失敗がバレそうになると、つぎつぎと別の嘘をつく点にあります。つぎつぎと嘘をつくことで、前の嘘を検証させるスキを与えないためです。これまで安倍首相はアベノミクスが目標を達成できないことを批判されると、「道半ば」と言って、失敗の原因を追及させません。失敗しても「道半ば」、永遠に「道半ば」。失敗の原因が明らかにされなければ、同じ失敗が延々と続くことになります。そして責任逃れが永遠に続くのです。メディアが批判をすれば、さまざまな圧力を加えます。まるで北朝鮮のようです。

 もう一つは醍醐聡さんのブログ記事(2017年1月2日)『「和解」という名の歴史の抹消に抗って』で、まさに『「個別の政策では政権が目指す方向に反対の意見が過半であるにも関わらず、安倍内閣支持率が横ばいか、上向く傾向さえある」のはなぜか、』という私が常々考えていた問題に対して納得のいく解答に出会ったと思った。これも核心の部分だけを転載しておく。

 まず、醍醐さんは次のように東京新聞の記事を紹介している。
『ベルラーシのノーベル文学賞作家でジャーナリストのスベトラーナ・アレクシュエービッチは昨年11月に来日し、東京外語大で学生と対話した。その時、彼女は「福島を訪ねて何を思ったか」と尋ねられ、「日本社会にはロシアと同様、抵抗という文化がないように感じる」と語った(『東京新聞』(2016年11月29日)。』

 そして『「抵抗の文化」の日韓落差』を論じながら、次のように述べている。

 個別の政策では政権が目指す方向に反対の意見が過半であるにも関わらず、安倍内閣支持率が横ばいか、上向く傾向さえある有力な理由として、現政権に代わる受け皿が有権者に見えてこないという政治状況がある。

 それとともに、安倍首相が巧みに駆使する情緒的話法―――「和解」、「寛容」、「将来の世代にまで過去の罪を背負わせてはならない」、「未来志向で世界の平和を語るべき」といった情緒的な語りかけ―――に漠然と共感し、歴史を直視する理性がへたれてしまう日本国民の心性が安倍政権への支持を繋ぎとめる一因になっているように思える。

 そして、安倍を退場させるための方策を次のようにまとめている。

 安倍政権の「棄民政治」と対峙し、退場させるには、安倍政権の個別の主要な政策に過半の有権者が反対している民意の受け皿を作ることが緊急の課題である。目下、野党各党が唱えている「野党と市民の共闘」がそれに応えるものか、私は懐疑的であるが、懐疑しているだけでは現実は動かない。今の政権がダメというなら、それに代わる政権構想とそれを担う主体作りの形を指し示す必要がある。

 一介の研究者に何ができるかと言われるとそれまでだが、論壇をハシゴする口まかせの「著名人」に任せては市民の災禍は加重しかねない。「有識者」などという官製用語、マスコミ愛用の呼称を跳ねつける気概を持って、一人一人の市民が「主人なし」の自律した立場に徹して、意見を発信し、行動を起こす以外ない。

 その際には、「アベ政治を許すな」と唱和するだけでなく、自分たちも情緒的安倍話法に毅然と対峙できる理性と知力を研ぎ澄まし、安倍話法に染まりがちな世論を対話の中で変えていく努力が不可欠である。


 ここで私には常々持っている疑問がある。金子さんや醍醐さんはマスゴミが報道する支持率に関する記事をまともな調査結果と考えて論じているのだが、私はその世論調査そのものに疑いを持っている。その観点からネット検索をしていたら、Facebookで安倍内閣支持率を調査するというおもしろい試み『≪Facebook調査≫』に出会った。その結果は

投票は終了しました。ご参加いただきありがとうございます。

あなたは、安倍内閣を支持しますか?
9,282 answers(投票数)
支持しない。8,596 votes(票)92.6%
支持する。 461 votes(票)5.0%
どちらでもない。 225 votes(票)2.4%

 参加者はほとんど若者と考えられるが、圧倒的に不支持者が多い。

 もう一つ「oradaeさん」という方の『安倍晋三の本当の支持率』という記事に出会った。世論調査の裏事情を論じている。私には少し疑問に思う点もあるが、大筋に於いて賛同できる議論だと思った。「安倍晋三の本当の支持率は非常に低い多分5%はありません。」と結論している。長いので転載はしないが、興味のある方は直接ご覧下さい。
「協同組合」思想が世界的な規模で実践されるようになっていた

 《『羽仁五郎の大予言』を読む》の『「独占資本主義の終末」補充編(3)~(19)』(2015年8月15日~2015年10月9日間記事)の中でマルクスが到達した理想の未来社会像を取り上げたが、それは「アソシエーション(協同組合的社会)」と呼ばれている。アソシエーションについては色々な所で取り上げてきたが、『吉本隆明の「ユートピア論」』で吉本さんがその理想モデル像を提示しているので、それを再掲載しておこう。

①賃労働が存在しないこと
②労働者・大衆・市民がじぶんたち相互の直接の合意で、直接に動員できないような軍隊や武装弾圧力をもたないこと
③国家は、存在しているかぎりは、労働者・大衆・市民にたいしていつも開かれていること。いいかえれば、いつでも無記名の直接の票決でリコールできる装置をもっていること
④私有では労働者・大衆・市民の障害や不利益になる「生産の手段」にかぎり、「社会的な共有」とすること

 そして『「独占資本主義の終末」補充編(6)』ではフランスでの協同組合的組織の成功例を取り上げると共に、日本でも「協同組合的組織」へとつながる運動が生まれているという岡田知弘(京都大学教授)さんの知見を紹介している。

 さて、いきなり古い記事の紹介を始めたのは、1月3日に「ちきゅう座」というサイトで吉川駿(よしかわすすむ 元・日本農民新聞社社長)という方の記事『協同組合がユネスコ「無形文化遺産」に申請したドイツと無視する日本』に出会ったからでした。「協同組合」思想が世界的な規模で実践されるようになっていたのを知って嬉しくなったのでした。と同時に、日本政府とマスコミの体たらくに今更ながらあきれ果てました。多くの人に知ってもらいたいと思い、吉川さんの記事を全文転載しておきます。

 ユネスコが昨年11月30日、「共通の利益の実現のために協同組合を組織するという思想と実践」を「無形文化遺産」として登録されていたことが、二週間後の12月14日になって、日本協同組合連絡協議会の発表で分かった[後掲]。登録理由は「共通の利益と価値を通じてコミュニティづくりを行うことができる組織であり、雇用の創出や高齢者支援から都市の活性化や再生可能エネルギープロジェクトまで、さまざまな社会的な問題への創意工夫あふれる解決策を編み出している」とした。協同組合関係者にとって、極めて誇らしいことであり、そのレーゾンデートルが、一地域でなく世界的広さで認められた意義は大きい。しかしなぜかマスコミは、同じ日に登録された日本の「山・鉾・屋台行事」については華々しく報じたが、「協同組合」の登録報道はほとんど無視された。政府各省庁も「歓迎」のコメントすら発表することもなかった。

 今回の申請はドイツから出されたものだそうで、わが国政府も団体も思いもよらなかったもののようだ。日本はこれまで「無形文化遺産」登録を「和食」も含め22件も有しているようだが、地域限定でなくあまねく世界全体の遺産という視点から申請したドイツの姿勢を多としたい。無形文化遺産とは「世代から世代へと伝承され、社会及び集団が自己の環境、自然との相互作用及び歴史に対応して絶えず再現し、かつ、当該社会及び集団に同一性及び継続性の認識を与えることにより、文化の多様性及び人類の創造性に対する尊重を助長するもの」としているそうだ。すなわち、協同組合の存在そのものに普遍的意義を与えるのだ。だが、残念ながら日本の風潮は、度量が狭い。

 とりわけ経済界や政府の主流は、昨今の農協バッシングにみられるように、協同組合を経済成長戦略、農業の成長産業化にとってしか位置づけておらず、したがって成長の足枷と捉えているのではなかろうか。日本政府はこれまで国連が制定した2012年の「国際協同組合年」、2014年の「家族農業年」にも極めて消極的ないし冷淡な対応しかしてこなかった。政府も財界も学会も改めて協同組合を本質的領域から位置づけなおしが必要ではなかろうか。

 上の記事に続いて、2016年12月19日に『「協同組合がユネスコの「無形文化遺産」に登録されました』と題して「日本協同組合連絡協議会」が次のような声明文を発表していたも紹介されていた。


  世界100カ国以上に10 億人の組合員

 国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)は11月30日、エチオピアのアディスアベバで開催された無形文化遺産保護条約第11回政府間委員会において、「協同組合において共通の利益を形にするという思想と実践」のユネスコ無形文化遺産への登録を決定しました。

 決定にあたってユネスコは、協同組合を「共通の利益と価値を通じてコミュニティづくりを行うことができる組織であり、雇用の創出や高齢者支援から都市の活性化や再生可能エネルギープロジェクトまで、さまざまな社会的な問題への創意工夫あふれる解決策を編み出している」としています。協同組合は、人々の自治的な組織であり、自発的に手を結んだ人びとが、共同で所有し民主的に管理する事業体を通じて、共通の経済的、社会的、文化的なニーズと願いをかなえることを目的とした組織です。

 19世紀に英国やドイツなど各国で生まれた協同組合の思想と実践は、全世界に広がり、現在は、世界100ヵ国以上で10億人の組合員が協同組合に参加しています。

 日本には農林漁業協同組合、労働者協同組合、労働金庫などさまざまな協同組合があり、生活協同組合(略称:生協)も数ある協同組合の一つです。

 日本生協連は、協同組合の無形文化遺産への登録を喜びを持って受け止めるとともに、今後も世界の協同組合の仲間と連帯しながら、日本において協同組合の思想と実践をさらに発展させ、よりよい社会づくりに貢献してまいります。

 続いて『ユネスコ「無形文化遺産」について』の解説文が掲載されているので、それも転載しておきます。

 無形文化遺産の保護に関する条約(無形文化遺産保護条約)は、無形文化遺産の保護や無形文化遺産の重要性に関する意識を高めることなどを目的として、2003年10月のユネスコ総会において採択され、2006年4月に効力発生の条件となっていた30ヵ国の条約締結により発効した条約です(日本は2004年6月に世界3番目に条約を締結しました)。

 ここで「無形文化遺産」は、「世代から世代へと伝承され、社会及び集団が自己の環境、自然との相互作用及び歴史に対応して絶えず再現し、かつ、当該社会及び集団に同一性及び継続性の認識を与えることにより、文化の多様性及び人類の創造性に対する尊重を助長するもの」とされています。

 この条約は、ユネスコにおいて「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表(代表一覧表)」や「緊急に保護する必要がある無形文化遺産の一覧表(緊急保護一覧表)」を作成することなどを定めています。

 今回ドイツからの申請に基づき登録が決まった「共通の利益の実現のために協同組合を組織するという思想と実践」は、前者の「代表一覧表」に登録されます(2013年に日本からの申請に基づき登録された「和食」もこの代表一覧表に登録されています)。

年頭のご挨拶

 昨年の1月1日のブログ再開の記事で、アベコベ軽薄姑息うそつきカルト政権の所為で、「年賀状に「おめでとう」のような言葉を書けなくなったと報告して、2014年以来の年賀状の文章を掲載しました。ますます状況は悪くなり、私としては今年も「おめでとう」という言葉を発することが出来ない。で、今年の年賀状は、一休さんの狂歌「門松は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし」からヒントを頂いて、次のようなりました。


冀望平和

六人に一人の子供がまともな食事を
とれていないと言われています
全ての子供たちがすくすくと豊かに
育っていけるような国になることを
願ってやみません

すると、一休さんが眼を細めて
口ずさむ言葉が聞こえてきました

そうなったら心から
明けまして
目出度くもあり
目出度くもあり


でもね、
無知にして無恥なる愚者どもが
強行採決する悪法の数々は
冥土の旅の… いや違った
戦争への道の一里塚なのだ

すると、一休さんが眼を怒らして
吐き捨てる言葉が聞こえてきました

これでは明けましても
目出度くもなし
目出度くもなし



 そういえば、ここ数日の新聞で「平和」という言葉に随分出会った。今日(5日)の東京新聞の社説の表題は『平和こそ「希望の光」』だったし、同じ面の「読者部だより」の表題は『平和への願いが平和をつくる」だった。それぞれから一部を引用しよう。

「読者部だより」より
『戦争のない世界、仕事や学校の目標、行きたい場所、健康な暮らし。どんな願いも、願うことが実現の第一歩です。平和な社会は、平和が続いてほしいという願いかつくると思います。』

「社説」より
『平和こそが国づくりの基礎であり、今を生きる私たちを照らし、将来世代に引き継ぐべき「希望の光」です。それをないがしろにした「新しい国づくり」など許されません。』
『気掛かりなのは「安倍一強」とされる政治状況です。政権の言動はすべて正しいと受け取る易(やす)きに流れ、異を唱えづらくなってはいないか。』
『衆院議員の任期は昨年十二月、四年の折り返し点をすぎました。首相は会見で「解散は全く考えていない」と否定しましたが、首相がいつ衆院解散・総選挙に踏み切ってもおかしくない状況です。』
『国会での憲法改正論議の進捗(しんちょく)状況次第ですが、仮に総選挙になれば憲法改正を含む「新しい国づくり」を進めるのか否かが争点になる可能性があります。
 私たち有権者にとっては重大な選択です。そのときに備えてしっかり考えておかねばなりません。私たちの心構えも問われる一年になるのです。』


 東京新聞の社説を全文お読みになりたい方は下記をクリックして下さい。
『平和こそ「希望の光」』
 
今日の話題

2007年4月23日(日)
万国の労働者よ、団結せよ

 東京新聞(4月22日)のコラム「時代を読む」にロナルド・ドーア(英ロンドン大学政治経済学院名誉客員)さんが「米国の経済・思想的覇権」という記事を書いている。

 資本対労働の階級闘争が政治の枢軸となっている国はもうないかもしれないが、経済概念として、分配国民所得を労働配分・資本配分に分ける計算は依然として普通に行われている。前者は賃金・給料・ボーナス・自営業者の稼ぎの総計。後者は、配当、利子、有形・無形財産の貸借料。

 先日、国際通貨基金(IMF)の年次報告書「世界経済見通し」によると、グローバル化が加速されてきた1980年以降の期間に、先進国の労働分配率が平均69%から62%へと、7ポイント下がってきた。特に低いのは最近の日本の59%。

 「資本対労働の階級闘争が政治の枢軸」にならなくなったのは、もちろん、「階級闘争」の要因がなくなったからではなく、支配階級の狡猾な権謀術数により労働者側がずたずたに分断され闘争力を失ったからである。

 「万国の労働者よ、団結せよ」と言えば、「階級闘争の時代は終わった」としたり顔にほざく御用学者は冷笑するだろうが、どっこい、どのように隠蔽しようとも現実は相変わらず階級社会だし、人間の真の解放のためには労働者の団結こそがその要諦である。

 国際通貨基金(IMF)の年次報告書は、その原因を次のように分析している。

 IMF・世界銀行が創立された戦争直後には、30年代の世界不況の記憶が新しかった。二度と起こらないよう、国内では、政府の経済への介入、国家間では、世界経済を秩序立てるための、合議制による権威ある国際機関の必要性を認める思想が支配的であった。

 上述のIMF報告書の分析の基点は80年である。重要な転換点の年だった。レーガン・サッチャー、米英の新指導者たちの新自由主義・自由市場万能主義が世界的に支配的な地位を占めるようになり始めた年であった。世銀、IMFの役割は、最低限のルールの下で、市場の自由化、特に資本投資の自由化を助長することとなった。外資系企業による三角合併の解禁は、日本におけるその思想の体現の一例である。

 その市場原理主義思想を「ワシントン・コンセンサス」というようになった。ワシントンにおけるIMF・世銀および米国財務省という三機関の指導層の政策的合意 ―特に、発展途上国に対する援助の条件として強いる政策に関する合意― をいう。

 なぜ、そのコンセンサスの形成に米国財務省が入るかといえば、理由は明らかである。自由市場とは強いもの勝ちの市場である。世界市場のルールを設定するのは世界経済の覇権国である。建前として各国の合議制の下で運営されるはずのIMF・世銀は米財務省・ウォール街の強い影響下で運営されている。

 今週末ガールフレンドへの不当の厚遇という咎で総裁のいすから追い出されそうなウルフォウィッツ氏が広く反感を買っているのも、ガールフレンドよりも、あからさまな米国外交への密接な協力を第一としてきたことである。

 IMFの上述の報告書の分析の出発点は、「グローバル労働力の拡大・80年から4倍」である。「グローバル労働力」とは、「先進国資本の手が届く労働力」を言う。先進国での労働分配率の低下は、どれだけその労働力に中国・インドの安い労働力が使えるようになったことによるか、どれだけ技術の進歩なのかを分析する。

 ロナルド・ドーアさんはこれを「一理のある分析」としながらも、故意にか否かIMFが見逃しているもう一つの重要な変化の要因を指摘している。

 「企業は株主のもの・経営者の使命は株主の利益を最大化すること」という、日本で特に最近早く浸透してきた思想の世界的普及である。

 ドイツは、それと異なった思想、「企業は人なり」の思想、の世界における最後の要塞である。今まで、「共同決定制度」の形で従業員の利益をも守る会社法を維持してきた。日本のように、製造業を強みとする「モノづくり」の国で、最近日本よりも景気がいい。

 なのに、そのドイツでも、金融業者が先頭に立って、会社法の「株主主権的」改正を呼びかける運動が最近活発になってきた。

 米国の経済的覇権に伴う思想的覇権は恐ろしいものである。

 ここでもまた、『人間を手段としてのみならず同時に目的として扱え』という倫理の問題が問われている。

(カテゴリ『今日の話題』に入っていなかった「今日の話題」の記事を『今日の話題2』として掲載し直す作業が、奇しくも12月31日で終わりました。新年から心を新たに新しい記事をアップしていく予定です。)
広目天の怒り
広目天

怒りは静に深く沈潜させ
より遠くまで射抜く眼差しとなせ。
その眼差しをもって
自由と民主を食い荒らす邪鬼どもの
あさましい心底を射抜き
踏みしだくまで反逆せよ
邪鬼