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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
今日の話題3

詐欺を防いだ少年(小5)

  11月21日付の東京新聞の社会面で、久しぶりに転載したくなるような良い記事(福浦未乃理という方が書かれた記事です)に出会いました。
  それは拍手喝采したくなるような賢くも勇気ある少年の記事です。転載ておきましょう。


祖母への電話に「詐欺だよ!」

  祖母が受けた二セ電話詐欺を機転を利かせて防いだとして、横浜市中区の小学5年藤田杏さん(11)が20日、神奈川県警山手署から感謝状を贈られた。
  同県警が小学生にニセ電話詐欺で感謝状を渡すのは初めて。

  署によると、5日に自宅に電話があり、同居する祖母(77)が出た。デパート職員を装う男が
   「あなたのクレジットカードでかばんを買おうとした人がいた。悪用されたかもしれないので銀行から連絡が来る」
  と言い、間もなく銀行協会職員をかたる男が電話をかけてきて
   「ここに連絡するように」と.電話番号を伝えた。

  横で聞いていた藤田さんは、祖母がクレジットカードを持っていないのを知っていたため不審に思い、タブレット端末で調べて詐欺の手口と気付いた。
   「詐欺」だよ!」
  と大声で伝え、祖母が電話口から離れた際には受話器取り、
   「これ詐欺ですよね?」と相手を問い詰めた。
  祖母と2人で署を訪れた藤田さんは、本城宏一署長から感謝状を受け取り
   「これからも気をつけたい」と笑顔で話した。  

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今日の話題3

四十数年前の作品(2)

 論説の一つは「化石が蘇る」という表題で天皇制の問題を取り上げています。言うまでもなくこの問題は現在にまで連綿と続いている問題ですが、四十数年前の一青年論説としては今でも通用する良く書けた論説だと自画自賛しています。しかし、顔をしかめて反発する人が多いかもしれませんね。改めて問題提起ということで掲載しておきます。

   

化石が蘇る

 ぼくが日本国憲法を初めて読んだのは中学一年の時だったと思う。第一条と第九条が特に強調され教えられたという印象がある。
 その時、第九条の方は大変明確なことですぐに納得できたのに対して、第一条の方はぼくにはどうしても理解できなかった。

 その後、第九条の方は、予備隊→保安隊→自衛隊と日本の軍隊の名称の変化とともに、ぼくが納得していた意味とはますますかけ離れたものに恣意的に変えられてきた。
 そしてその都度第九条は多くに人に論じられ、大きな問題としてぼくの意識の中に定着している

 その一方、第一条の方は表面きって論じられることもなく、普段はほとんど忘れられているのは何故だろうか
 ぼくが初めて憲法を学んだときの疑問は相変わらずのままなのだが、天皇が日本国の象徴であるという変てこな規定が他の人にはすっかり納得できているのだろうか。あるは納得できないぼくが愚かなのだろうか?

 最近、新聞の天皇に関する記事には最上級の敬語が麗々しく使われている。これが以前からのことなのか、最近急に起こってきた現象なのか、いまそれを調べる余裕がないが、ぼくには大変奇異な感じがする。

 「万世一系」であった頃、「天皇」という言葉が口にされるとその場に居合わせたものは全員直立不動の姿勢をとったというが、それを彷彿とさせるような語調である。しかし、ことは文法の問題ではない。
 つい先日、ニクソン大統領が天皇の訪欧の折に天皇と会見をしたいということを申し出たそうだが、その時の記事では天皇を「元首」と呼んでいた。「象徴」とは「元首」のことだったのか。そのうちに「君主」になるのかも知れない。

 天皇の存在が一般に問題とされないのはそれが新たにタブーとなりかけているためだろうか。それとも、天皇制イデオロギーは既に化石であって、もう蘇る心配がないからだろうか。
 天皇制イデオロギーそのものは蘇らなくとも、それと同じ論理が隠微な形でもう久しい以前からぼくらを圧迫していると思うのは、ぼくの誇大妄想のせいだろうか。
 とまれ、天皇制イデオロギーを意識せざるを得ない問題が、ぼくの身近にあって、ぼくは最近それに大変こだわっている。

   わがきみは、千世にやちよに さざれいしのいはとなりてこけのむしまで (岩波古典文学大系の古今和歌集巻第七より. 通し番号343)

 これは日本の国歌「君が代」の本歌である。岩波古典文学大系にはこの歌に頭注があって
 『「きみ」は広く用いることばであって天皇をさすとは限らない』
 とある。これは高校生程度の古典の素養があるものにとっては常識である。その程度の常識をなぜわざわざ頭注にしたのだろう。ちなみに「きみは」という句を用いている他の歌を任意に数首さがしてみたが、「きみ」についての頭注は後にも先にもない。この頭注は343の歌に限ってつけられたものらしい。

 この頭注を付けた人の心にどんな意識が働いたのだろうか。
 「わがきみは」というときの「きみ」は一般には女性が男性を呼称するときの二人称代名詞であるが「君が代は」というときの「きみ」は天皇以外のものを指すことはありえない。頭注者は一般読者が国歌の「きみ」の意味を本歌にまで敷衍することをおそれて注意を促そうとしたのか、あるいはその逆で本歌の「きみ」の意味を国歌にまで敷衍しようという心積もりなのか、いずれにしても、これもことは文法の問題ではないと、ぼくは思う。
 本歌を読むときにさえ、国歌を強く意識せざるを得ない、その時に起こったであろう頭注者の意識の微妙な屈折は、恐らくぼくらにとって見過ごせない問題である。

 軍隊と警察と教育を掌握したときの国家権力は絶対である。どのような体制の国家であれ、国家権力は教育を我がものにしようと躍起になる。
 明治憲法下の天皇制イデオロギーが教育の場を通して、とりわけその度々の儀式を通して青少年の意識のうちに刻み込まれていったことは周知のことだ。
 そして今、この国の国家権力の志向が奈辺にあるかは今問題になっている教科書問題や中教審答申の中に集約的に示されており、もっとあからさまには学校での国歌斉唱がじわじわと強要されつつある。
 国民が国歌を歌うのは当たり前、「きみ」は天皇を指すとは限らず、この歌は祝い歌に過ぎないという皮相なでまかせの論理が、歌っても歌わなくてもどっちでもいいじゃないかという大多数を吸収していく。

 国際的な行事や国家行事さらには大相撲の会場にいたるまで、国家がうたわれる機会は多い。人々は一体どういう気持ちでなにを考えながら「君が代は」という句を歌い、あるいは聞いているのだろう。それは心に何の屈折も起こさず、ストレートに通過してしまうのだろうか。

 最後にもう一つ素朴な疑問。
 社会党や共産党の先生方は、目出度く政権を握るようなことが起こった時、ありがたくかしこまって天皇から認証のお言葉を頂くのだろうか。国際上の場で国歌が必要な時、おごそかに敬虔に「君が代」に耳を傾けるのだろうか。

今日の話題3

四十数年前の作品(1)

   『自作品の公開』で過去の作品を全て公開したと思っていましたが、身辺整理ということで四十数年前に生徒たちが作った文集に目を通していたら、その中に私が書いた詩一篇と論説二編がありました。これらも転載しておくことにしました。

 詩の標題は「花一匁」で詩の段落の区切りごとに<ふるさともとめて 花一匁>というフレーズが使われています。30才ころの私はこのフレーズがよほど気に入っていたようです。
 そういえば、『自作品の公開』の「詩文篇2」で紹介した「「母の沈黙 あるいはふるさとのありか」でも使っていました。
 これ以上関わる必要はないでしょうが、念のためブログ内検索をしてみたら、詩とは関係のない6件の記事で使われていました。

 では、「花一匁」を転載します。


   花一匁

    なぜだれのために一篇の詩をかくのか
    われわれは拒絶されるためにかく
          ――吉本隆明「告知する歌」よリ

  歴史の外にはじき出されて
  無駄死にを死に続けている
  無数の死者たちの
  大きく見開かれた眼孔は
  無駄死にを強い続けている
  卑小な生者たちへの無言の訴えだ

    <ふるさともとめて 花一匁>

  ぼくを幾重にも呪縛する
  虚構の世界は甘味だけれど
  その中に安息の椅子を求めてはならぬ
  たてまえばかりの言葉をたよりに
  支配者に寄り掛かる弱者たちの
  偽の連帯に押されてはならぬ

    <ふるさともとめて 花一匁>

  生まれ落ちた土地で生まれ落ちた時から
  ぼくはその世界の異邦人だったと気づいた
  今は少女たちの遊戯のように
  手をつなぎ声を合わせて
  歌うことを望んではならぬ
  ひとり立つかめに低くつぶやけ

    <ふるさともとめて 花一匁>

  死者たちの見開かれた眼孔が
  静かに閉じられるために
  彼らが再び真の死を全うして
  ぼくの世界への愛の
  肥沃な土壌となりえるために
  ぼくはふるさとを創らねばならぬ

    <ふるさともとめて 花一匁>

  虚構の世界はまず
  僕の中で廃墟であらねばならぬ
  廃墟の世界を掘り起こし
  ふるさともとめて覚め続けるために
  ぼくの言葉は自らの心に苦しく刺す
  ついに咲かぬかも知れぬ茨の花一匁

今日の話題3

米国の属国・日本(5)

  11月14日付の東京新聞に前回転載した「辺野古・高江リポート」の続編が掲載されました。まずそれを転載しておきます。。


 【3日】
  沖縄県名護市辺野古で開かれた県民大行動には、韓国済州島の中学校に通う生徒八人の姿もあった。
  住民が反対する中、海軍基地戯建設が強行された済州島と似た環境境にある沖縄で、米軍の新基地建設に反対する市民の運動や平和について学ぼうと、引率者のキム・ホンタク先生が企画した。
  生徒のイ・ジョンヒョンさん(十四)は「こんなにも多くの市民が反対運動に参加していて驚いた」と話した。

 【5日】
   沖縄防衛局は県の承認撤回後に回収された浮具(フロート)の設置を続けた。
   市民らは「作業をやめろ」と抗議の声を上げた。
   午前八時すぎ、汀間漁港から抗議船二隻が出港した。カヌーも十五艇ほど繰り出し、海上での抗議活動を展開した。
   海上保安庁のゴムボートとの間で小競り合いが起こり、市民が拘束される場面もあった。
 【8日】
   辺野古の新基地建設工事の再開からー週間が経過。
   政府は大浦湾側での海上作業を進める。この日には沖合の長島と平島の近くにもオイルフェンスを設置した。
   今後は辺野古崎よりも西、辺野古橋側での設置作業を進めていくとみられる。
   海上と米軍キャンプ・シュワブのゲート前では、市民らが抗議し、工事断念を求めた。

 【10日】
   沖縄防衛局は臨時制限区域を示すオイルフェンスとフロートで大浦湾を囲った。
   市民らは「大浦湾を壊すな」「違法工事を止めろ」などと怒りの声を上げた。
   辺野古側は作業中で同フュンスや浮具でまだ囲われていない。

   抗議市民はカヌー十五艇と船三隻で抗議行動を展開。
   ロープを同フェンスに結び付けるなどして抗議の意志を示し、周辺を警備する海上保安官ともみ合う場面もあった。

  シュワプのゲート前では市民約百人が集まり、新基地建設反対を訴えた。

  さて、今回は過去記事の中から「辺野古問題」が始まった経緯を論じている部分を取り上げることにします。
  まずカテゴリ『沖縄に学ぶ』の中の記事『沖縄問題の本質(8):日本には国境がない』を読んで、日本が米国の属国(というより、ここでは植民地と言った方が適切でしょう)になった経緯を要約しておきましょう。


 日本がアメリカの植民地状態に置かれていることを示す文書がある。それは、1957年2月14日、日本のアメリカ大使館から本国の国務省にあてて送られた基礎資料を基に作成された秘密報告書である。
 その報告書は当時、再選されたばかりだったアイゼンハワー大統領が、世界中の米軍基地の最新状況を把握するため、フランク・ナッシュ大統領特別補佐官に命じてつくらせた極秘報告書で、「ナッシュ・レポート」と呼ばれている。

 日本国内におけるアメリカの軍事行動のきわだった特徴は、その規模の大きさと、アメリカにあたえられた基地に関する権利の大きさにある。〔安保条約にもとづく〕行政協定は、アメリカが占領中に保持していた軍事活動のための権限と権利を、アメリカのために保護している。安保条約のもとでは、日本政府とのいかなる相談もなしに米軍を使うことができる。

 米軍の部隊や装備なども、地元とのいかなる取り決めもなしに、また地元当局への事前連絡さえなしに、日本への出入りを自由におこなう権限があたえられている。すべてが米軍の決定によって、日本国内で演習がおこなわれ、射撃訓練が実施され、軍用機が飛び、その他の非常に重要な軍事活動が日常的におこなわれている。

 こうした米国の日本国に対する植民地扱いは現在まで連綿と続けられている。その一例として東京新聞の連載記事<税を追う>の昨日(2018.11.16:金)の記事「歯止めなき防衛費(3)進む日米一体化 軍事戦略の一翼担う」を転載しておこう。


 四回目の核実験、続く長距離弾道ミサイルの発射。2016年2月、北朝鮮の挑発行為に半島情勢は緊迫の度合いを増していた。

  ハリス氏は今年2月の米下院軍事委員会でも日本の地上イージス導入の効果を聞かれ、
  「私や海軍、太平洋艦隊の負荷の一部を軽減することになるだろう」
 と明言した。日本国内では今も、「トランプ氏に買わされた」との声がくすぶる。

  地上イージスを運用する陸上自衛隊でトップの陸幕長まで務めた冨澤暉(ひかる)氏は、日本で先にミサイル弾道を探知すれば米国は迎撃しやすいと分析。日米一体の運用を見据えた配備とみる。
  「日本にとってミサイル防衛はあったほうがいいが、米国は日本を守るためだけに売るわけではない」

  政府が配備候補地に挙げるのは、陸自の新屋演習場(秋田市)とむつみ演習場(山口県萩市、阿武町)。
  北朝鮮から秋田、山口に向かう延長線上には、それぞれ米軍基地のあるハワイとグアムが位置する。
  もし、北朝鮮がグアムを狙ってミサイルを発射したらどうするのか。
  防衛省の答えは「地上イージスで対応することも理論上は考えられる」。
  日本を守るための兵器が米国を守るために使われる可能性を認めた。

  「地上イージスだけでなく、どんどん日米の軍事一体化が加速している。」
  民主党政権で防衛相を務めた北沢俊美氏は、第二次安倍政権下での日米同盟の変貌ぶりに目を見張る。

  転機は15年9月、他国を武力で守る集団的自衛権の行使に道を開いた安全保障関連法の成立だ。
  自衛隊の戦闘機や護衛艦が、米軍機や米艦を警備するケースが増えている。日米安保政策に長年かかわってきた米国務省   の元高官でさえ、「五年前にはあり得なかった光景だ」と言う。

  官邸で安保政策を担当する薗浦健太郎首相補佐官は
  「今や日米同盟は、かつてないほど強固。揺るぎない絆により、同盟の抑止力・対処力は大きく向上し、日本の安全はより確固たるものになった。」 と主張する。

    今年9月、海上自衛隊は中国が進出を強める南シナ海で潜水艦の訓練を実施したと発表した。
  「極秘であるはずの潜水艦の行動を公表することは、本来ありえない。」
  北沢氏は異例の公表に、米国にすり寄る日本の姿を重ねて続けた。
  「集団的自衛権が容認された証しとして世界にアピールする。おもねってるんだ、米国に」

今日の話題3

米国の属国・日本(4)

 前回で紹介した鎌田慧さんの「本音のコラム」の下に「話題の発掘」というコラム欄があり、そこの今回の記事は『辺野古・高江リポート』でした。
 米国の属国の傀儡政権は沖縄の民意を無視して暴力的に辺野古の新基地建設工事を押し進めている。その問題の現況を取り上げている琉球新報の記事を転載したもので現時点での辺野古の様子を知ることができます。


 辺野古・高江リポート

 【10月31日】
  沖縄県名護市辺野古での新基地建設を巡り、国土交通相が知事の埋め立て「承認」撤回の執行を停止する措置を決定してから一夜明けた。米軍キャンプ・シュワブ沿岸部での工事作業は確認されなかった。
 基地ゲート前では建設に反対する市民ら約四十人が座り込み、 「何度、沖縄を愚弄するのか」などと抗議した。

 【11月1月】
  沖縄防衛局は、工事に反発する市民の声が海上やキャンプ・シュワブのゲート前で飛び交う中、工事を再開した。
  海上で抗議する十六艇のカヌーは海上保安庁に排除され(抗議船に海保職員乗り込む弾圧の様子を捉えた写真が掲載されている)、浜から沖合に延びる浮桟橋が設置されるなど作業は着々と進められた。
  市民は「工事を止めるのが翁長雄志前知事の遺志、沖縄の民意だ」と訴え、決して諦めないことを誓った。

 【2日】
  浮具(フロート)を並べる作業が続き、新基地建設に反対する人たちは抗議船やカヌーで工事の中止を求めた。
  海上保安庁は海を監視し、反対の意思を示す人たちを拘束している。抗議船「不屈」には海保職員が乗り込み、約四十分間、拘束が続いた。

 【3日】
  新基地建設に反対するオール沖縄会議の県民大行動がキャンプ・シュワブのゲート前で開かれた。千人(主催者発表)が駆け付けた。
  前名護市長で、オール沖縄会議共同代表の稲嶺進さんが
 「絶対に負けずひるまず、しなやかに最後の最後まで、みんなの力をチムグクル(人の心にある深い思いを指す沖縄の方言)を一つにして頑張ろう」
 と呼び掛けた。市民は互いに手を取り合いガンバロー三唱し、建設阻止を改めて誓った。

 この記録を受け継ぐように、今日(11月13日)の東京新聞の社説が辺野古移設を取り上げ「民意伝えて打開策探れ」と政府を批判していた。正論です。これも転載しておきます。


   (前文)
  沖縄県名護市辺野古への米軍新基地建設を巡り、県と政府の集中協議が始まった。
  政府は無理やり再開した工事を直ちに止め、米側との再交渉など、県民が納得できる打開策を示すべきだ。

  協議は、六日の玉城デニー知事と菅義偉官房長官の会談で合意された。菅氏の受け入れ判断は良いが、工事続行は納得できない。県の埋め立て承認撤回に対し防衛省が行った効力停止の訴えを、国土交通相が認めて工事が再開された。
 脱法的との批判もある手続きは見直しが当然だろう。
 九日に謝花喜一郎副知事と杉田和博官房副長官の間で行われた初協議は、米軍普天間飛行場の辺野古移設「阻止」と「推進」と、双方が立場を主張するに終わった。
 十日に沖縄を訪れた岩屋毅防衛相と玉城氏の会談も平行線をたどった。このままでは溝は埋まらない。沖縄の民意は直近二回の知事選で明確にされた。ここは政府側が打開策を提示するしかない。
 普天間返還と県内移設で日米両政府が合意して二十二年。両国の政権は何度も代わり、日本周辺の安全保障環境も変わりつつある。
 この機に政府がすべきは、沖縄の民意を米側に伝えて再交渉に臨むことではないか。トランプ米大統領は就任前、海外駐留米軍の運用見直しに言及した経緯がある。
 普天間を拠点とする海兵隊が今後も沖縄に常駐する意義があるか、突っ込んだ議論を期待する。
 折しも、玉城氏も訪米し沖縄の声を米政府関係者らに届けようとしている。沖縄からの平和の構築を掲げる玉城氏には、基地の島を返上し、どんな役割を果たせるかを積極的に発信してほしい。
 政府は、普天間返還のために辺野古移設が「唯一の解決策」と繰り返してきた。「沖縄の同意を得て移設が決定された」とも言う。
 だが、軍民共用や使用期限の条件付きで県知事らが移設を容認したことはあっても現在の基地固定案を県民が信任したことはない。
 そもそも普天間飛行場自体、沖縄戦中、戦後に住民の土地を強制接収して造られた。移設なしの返還が道理である。政府は認識を根本から変えるべきだ。
 県は、国交相の決定を不服とし月内に国地方係争処理委員会へ申し立てる準備を進める。協議期間も一応月末までとされるが、双方にはじっくり話し合いを進めるよう望む。今夏の台風被害で、辺野古埋め立て土砂の現場搬入が難しくなっている。工事も決して急ぐときではない。

広目天の怒り
広目天

怒りは静に深く沈潜させ
より遠くまで射抜く眼差しとなせ。
その眼差しをもって
自由と民主を食い荒らす邪鬼どもの
あさましい心底を射抜き
踏みしだくまで反逆せよ
邪鬼