2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
歴史隠蔽偽造主義者たち(3)

日本会議(2)

 特集「日本会議とは何か」の第三論考は能川元一(のがわ もとかず 大学非常勤講師)さんによる「幼稚な陰謀論と歴史修正主義」という表題の論考で、「生長の家元信者で、政府の諮問機関委員にもなっている」という高橋史朗の歴史隠蔽偽造主義を厳しく批判している。その論考の前書きで次のように書いている。

「反米」か?
「東京裁判史観」批判の荒唐無稽


 日本会議の代表的な論客の一人、高橋史朗氏。戦後になって戦争を反省したのは、「占領軍の洗脳」のためだという。こんな「理論家」が幅を利かせているのが日本会議なのだ。

 私は『右翼イデオローグの理論レヴェル』
で八木秀次という右翼学者の論考批判を書いている。その中で八木を次のように紹介した。
『この右翼イデオローグは「新しい歴史教科書をつくる会」の会長を務めていたことがあり、いまは「日本教育再生機構」理事長だそうだ。政府の諮問機関「教育再生会議」と紛らわしいが、「日本教育再生機構」は右翼巨大団体「日本会議」傘下の民間組織である。つまりヤギは「日本会議」の教育部門のトップ・イデオローグということになる。』
 つまり、能川さんが取り上げている高橋史朗と同類なのだ。八木秀次の論考は「憲法」についてなのだが、その底流に流れているイデオロギーは高橋史朗と全くと言っていいほど同じなのだ。

 では能川さんの論考を転載しよう。

 「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」(以下、WGIPと表記)という用語を、ご存知だろうか。評論家の故・江藤淳氏によって保守・右派論壇に導入されたもので、「戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画」(江藤『閉された言語空間』文春文庫)を意味するという。

 具体的には、占領期にGHQ(連合国総司令部)が行なった検閲や、NHKラジオ番組「真相はかうだ」に代表される、一連のプロパガンダ事業を指している。現在もこのWGIPについて熱心に語っている右派論壇人の一人が、明星大学の高橋史朗特別教授だ。日本会議の代表的なイデオローグの一人であり、育鵬社の右翼的な中学校用公民・歴史教科書を実質的に支えている一般財団法人「日本教育再生機構」の理事でもある。

 2014年に高橋氏が刊行した『日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと』(致知出版社)の第3章によれば、WGIP政策を遂行した民間情報教育局(CIE)の主要任務は、日本人の「内部からの自己崩壊」「精神的武装解除」であったとされる。今日の日本が「自虐的にすべて日本が悪かったのだと謝罪をくり返すようになって」いるのは、このWGIPの「成果」だ、というのである。

 東京裁判やその報道、検閲などを通じ、GHQが日本の侵略戦争や戦争犯罪についての認識を当時の日本人に持たせようとしたことは、事実である。有名なところでは、1945年12月15日に出された「神道指令」により、国家と神道が分離され、「大東亜戦争」など国家神道、軍国主義と密接に結びついた用語の公文書での使用が禁じられた。

 また、同時期にCIEは全国紙のすべてに「太平洋戦争史―真実なき軍国日本の崩壊」という記事を掲載させ、同趣旨の内容のラジオ番組「真相はかうだ」をNHKで放送させた。満州事変以降の日本の戦争を侵略戦争とするとともに、責任をもっぱら軍部に負わせるという、東京裁判とも共通する歴史認識を日本国民に提示し、検閲制度とあわせ「太平洋戦争」という用語の定着を図ったのである。

 高橋氏らのWGIP論が史実にそぐわない陰謀論となっているのは、第一に「洗脳」の効果を極度に過大評価し、GHQの占領の終了以降も日本人を呪縛し続けたという、心理学的に無理のある主張をしているからである。

すべてはWGIPのせいか

 前述の『閉された言語空間』に対する一橋大学の吉田裕教授の「アメリカ側の提示した価値観をうけいれるだけの歴史的土壌が日本側にもあったことが、完全に無視されている」(『日本人の戦争観』岩波現代文庫)との批判は、高橋氏の議論にもそのままあてはまる。加害責任の認識より「戦争はもうこりごり」という意識が支配的だったにせよ、アジア・太平洋戦争を批判的に捉える自発的な契機は、日本の庶民の間にもあった。

 WGIP論を陰謀論とする第二の理由は、高橋氏らがWGIPの目的を日本人に「自虐意識を植え付け」ることだと理解している点にある。アメリカ側から見れば「侵略戦争」や「戦争犯罪」は事実に即した認識なのであるから、日本人がそうした認識を持つことが「自虐」であるはずがない。高橋氏らがアジア・太平洋戦争の侵略性を否認し、南京大虐殺に代表される日本軍の戦争犯罪を否認しているからこそ、「侵略戦争だった」「南京大虐殺は事実だった」という認識は、一方的に「自虐意識」だと写るのである。

 この意味でWGIP論は、日本会議や右派の南京大虐殺否定論や日本軍「慰安婦」問題否認論といった個々の歴史修正主義的主張を包括する、メタ理論(注=一理論の、さらに上位の理論)の役割を果たしている。歴史認識に関する右派の攻勢に日本社会がまだ完全に屈するに至っていないことも、また国際社会において日本の右派の歴史認識がほとんど受けいれられないことも、すべてWGIPが原因だとされる。

 高橋氏の最新著『「日本を解体する」戦争プロパガンダの現在』(宝島社)は冒頭、「戦後70年の節目が過ぎた今日も、いまだ戦後の占領政策が日本を支配している」とし、「そこに付け入り、中韓が露骨な反日プロパガンダを仕掛けてきている」とする。つまり、WGIPを起点とする「歴史戦争」が70年間続いている、というのが高橋氏の戦後史認識なのだ。

 何しろ日本の戦争責任を追及する動きをすべてWGIPに根ざした「反日キャンペーン」のせいにしてしまうのだから、高橋氏の歴史認識は主観的には無敵となる。自らの主張が国際社会から(あるいは「左翼」から)否定されればされるほど、WGIPの「呪縛」という決まり文句が、効果を発揮するのである。

対米追随だからできる「反米」

 高橋氏のWGIP論の特徴は、それがアジア・太平洋戦争についての歴史認識のみならず、占領下での改革全般、特に「個人の尊厳」に立脚した家族政策の否定に結びつけられていることだ。「日本国憲法を神聖視し、批判をタブー視する傾向のルーツ」がやはりWGIPにある、というのである(前掲の最新書第5章)。

 日本会議の出版物や公式サイトなどにおいて披瀝されている戦争理解、戦後史認識は、WGIPについての高橋氏の主張こそ前面に出ていないが、その大筋は高橋氏のそれと一致している。アジア・太平洋戦争を侵略戦争だとする戦争理解を「東京裁判史観」と呼び、そこからの脱却を主張したり、教育勅語の否定や「押し付け憲法」が戦後の「教育荒廃=家族破壊」の元凶である――とする点などに、そのことはよく現れている。

 WGIP論に依拠した戦後史理解は、強い「反米」色を帯びている。日本の占領統治を主導したのが米国である以上、必然的なことだ。親米/反米の対立は戦後の保守・右派論壇においてくすぶり続けている火種で、2000年代のはじめに小林よしのり氏らが、親米派を「ポチ・保守」と批判したことで顕在化したこともある。

 だが論壇内でのいさかいならともかく、現実の政治においては、対米追随によって米国の「同盟国」としての地位を確保することが、保守派にとって動かしがたい既定路線となっているのが実情だ。そもそも、大日本帝国の戦争を美化し、その戦争犯罪を否認するような政治団体が公然と存在しているのは、戦後、戦争責任追及が中途半端に終わり、日本が冷戦下で米国の忠実な同盟国として対米追随を選択したから可能だった。日本会議や高橋氏が、米国の許容を逸脱した「反米」路線を追求したら、現在のような影響力はなかっただろう。

 イデオロギー面で日本会議ときわめて近い安倍首相が「侵略の定義は定まっていない」という趣旨の発言をする一方で、正面からアジア・太平洋戦争を「侵略戦争ではなかった」と公言できなかったことも、右派の歴史認識に関する主張の限界を如実に示している。「反米」的歴史認識は、対米従属が可能にしている。右派は、米国が日本の反動的動きを制止するつもりはないのもそのためだと、心得ておかねばならないだろう。

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歴史隠蔽偽造主義者たち(2)

日本会議(1)

 前回の最後に予告したように、今日は前回の続きです。さっそく『週間金曜日1089号』(2106年5月27日刊)の特集記事「日本会議とは何か」の第一論考の本文を掲載する。

 日本会議とは、一口で言えば「右派の統一戦線」です。日本の右翼の伝統は少数精鋭主義で、統一戦線は左派のお家芸だった。その統一戦線戦術を実行したのが、日本会議だというわけです。

 この団体には神社本庁のみならず、仏教系の佛所護念会などさまざまな宗教団体、文化人、財界人などが加わっています。①そういう意昧での「統一戦線」なのですが、核になって事務局を掌握しているのは、日本青年協議(日青協)という小さな団体です。日青協は、かつて活発に政治活助をやっていた右派教団である生長の家の創始者・谷口雅春氏の教えを受け継いだ集団です。

 生長の家がすでに政治から手を引き、日青協は教団と組織的つなかりはありませんが、創始者の教えが生きている。その点では他の新興宗教とは合わない部分も大きいはずなのですが、それを巧みにオブラートで包み、本来自分たが持っているものを隠すのがうまい。実際には極右ですが、表面的にはソフト。だから他の宗教団体なども、日本会議に入ってくる。

 知名度は低いですが、日本会義を動かしているのは日青協の彼らだといっていいと思います。

 彼らが影響を受けた谷口創始者の持論は、「明治憲法の復元」でした。改憲ではありません。改憲というと、現行憲法を認めることになる。現行憲法は制定続きに瑕疵があり、正統性があるのは明治憲法だ。そこに戻らねばならない――という理屈なんですね。

 また、敗戦もなかったと。太平洋戦争に敗れたのは、迷いと島国根性に凝り固まった「偽りの日本」だ。「神洲日本国」は破れたのではない――という理屈です。歴史修正主義の、極端なところまでいっている。そうした「教え」を受け継いでいる集団が、今や権力の近くにいるんです。②


安倍政権を支える有力者

 日青協関係者で存在が大きいのは、会長の椛島有三(かばしま ゆうぞう)、日本政策研究センター代表の伊藤哲夫、そして安倍晋三首相に近い参議院議員の衛藤晟一(えとう せいいち)の各氏です。みな生長の家系の民族派学生運動の関係者でした。

 椛島氏は現在、日本会議の事務総長。伊藤氏は、自民党の右派に影響力を持つ人物です。「戦後50年」の1995年、当時自民党と社会党、新党さきがけの連立与党が「侵略戦争への反省」を盛り込んだ国会決議を採択しようとした動きに対して、自民党を中心とした右派議員が猛烈に反発しました。そうした議員は97年2月、「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」(2004年に『日本の前途と歴史教育を考える議員の会』と改名)を結成します。

 そのナンバー1が、故・中川昭一、ナンバー2が事務局長の安倍晋三の各議員でした。他に下村博文、萩生田光一、高市早苗ら後に安倍政権を支える極右的な議員が育ちましたが、彼らは現在、「日本会議国会議員懇談会」の有力メンバーとなっています。

 当時、若手と呼ばれた彼らを日青協の方向に組織したのは、伊藤氏でした。高市議員が、「私たちの会にお力添えいただいた」と回顧談を書いています。また衛藤参議院議員は、日青協と国会議員をつなぐ、重要なパイプ役でした。

 そして安倍政権の一番大きな問題が歴史修正主義ですが、日青協の歴史観とオーバーラップしているのです。日本が西欧の列強と伍して帝国主義戦争に参加した時代の「栄光の日本」に戻りたいというのが、日青協ら日本会議の中核メンバーの心理ですが、それに安倍首相や側近の下村、萩生田、高市といった議員の歴史観が近い。

 そのため、日本会議の実態は小さなクループの寄り集まりで、実際に地域で動いている活動家はごくわずかでも、このように現在の極右的な政権と非常に密接なので、巨大な勢力のように見えてしまう。しかも小選挙区制では、少しの票が移動しただけでも勝敗が左右されますから、新興宗教団体を中心にさまざまな団体が加わっている「統一戦線」としての日本会議は、議員心理として頼もしく映ります。それで、「日本会議国会議員懇談会」に加盟した方が有利に思われ、多くの議員が参加する。

軍事大国路線との符合

 このように日本会議は戦術が巧みで、実態以上に自分たちを大きく見せるやり方が非常にうまい。その結果、彼らがあたかも現在の日本を覆い、政治を動かしているかのような誇大イメージが現在、あちらこちらに広まっている。

 問題は、日青協=日本会議的な心理が単なる復古主義ではなく、現実的な基盤があるということ。未来志向というか、「これからの日本がどう生き延びていくのか」という、現実的な必要性の議論と関係しているという点です。

 たとえば第二次安倍政権になって武器輸出を解禁しましたが、武器をより効率的にかつ規模を大きくして生産できるようにし、日本の産業の核として確立する。その技術はあるし、軍需産業は裾野も広い。これが日本の産業力を高める方策としてベストだ――という考え方が生まれています。

 それは、今の国際情勢は戦前と同様に資源や市場をめぐる国家間の争いの時代であり、日本が他の諸国に対抗して列強として生きていくにはやはり自衛隊を強大に仕立て上げなくてはいけない。そのためにはこれまでの専守防衛体制を変え、敵地先制攻撃も辞さない「軍隊」を確立すべきだ――という、軍事大国路線とつながる。しかも、経済大国復活路線でもあるのです。

 当然、日本会議のような戦前を肯定する歴史観は、そうした軍事的な路線と合致する。必ずしも、復古主義と片付けられない現実性があるのです。そこが怖い。

 しかし、安倍首相や日本会議の路線がそう簡単に実現するとも思えません。戦後の70年間、憲法の平和主義は国民の大多数の無意識の深いところに根づいています。一方で、隣国を罵って溜飲を下げ、「日本は素晴らしい」みたいな単純美化の傾向も強まっている。戦前を反省するような歴史観も、じわじわと後退している。今や、両者のせめぎ合いが正念場にさしかかっているといってよいでしょう。

 その意味で今回の参議院選挙は、自公に3分の2以上の議席を与えるのか否かという以上に、このせめぎ合いがどうなるかを占う重要な機会となるでしょう。(談)

 赤字部分①②については特集記事「日本会議とは何か」の第四論考と第三論考がそれぞれその関連論考となっている。次回から第三論考・第四論考の順で取り上げることにする。
歴史隠蔽偽造主義者たち(1)

極右政治家たちが関与している極右組織

 歴史を直視できない者たちを捉えている主義主張を「歴史修正主義」を呼ぶことが定着しているが、私はこの呼び方は間違っていると思っている。彼らがやっていることは「修正」ではく「偽造」である。わたくしは「歴史隠蔽偽造主義」と呼ぶことにする。

 歴史隠蔽偽造主義を推し進めている中心にふんぞり返っているのが日本会議である。日本会議についてこれまでに随分いろいろな記事で取り上げてきた。その最初の記事は『天本英世さんの「日本人への遺言」』
の中の三番目の記事『君が代問題について(1)』であった。そこで私は
『「国民・・・」や「日本・・・」という団体は、支配階級の肝いりの団体か、揉み手をしながら支配階級にすり寄る団体と見てまず間違いがない。とても分かりやすくて見まがうことがない。』
と書いていたが、もちろん現在極右政治家を捉えている団体は日本会議だけではない。俵義文さんがホームページに『第3次安倍晋三第3次改造内閣:相変わらずの極右内閣』という分析結果をアップしている。その表を見ていると、いつの間にこんな多数の極右政治家が議員になっていることにビックリした。その表に出てくる極右政治家たちが関与している極右組織を列挙しておこう。

*自民党歴史・検討委員会
*日本会議国会議員懇談会(「日本会議議連」)、 衆参290人(2016.12現在)
*日本の前途と歴史教育を考える議員の会(「教科 書議連」
*神道政治連盟国会議員懇談会(「神道議連」)、 衆参326人(2016.5.30現在)
みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会(「靖国議連」)、衆参362人(2016.5.30現在)
*平和を願い真の国益を考え靖国神社参拝を支持する若手国会議員の会
*創生「日本」、安倍が会長の「戦後レジーム」からの脱却、改憲をめざす超党派議員連盟(大部分は自民党)で事実上の「安倍議連」。2010年2月5日の発足時は75人、安倍政権誕生10か月後の13年10月29日の総会時に190人に。15年11月28日に2年ぶりに開催した研修会で190人の国会議員が加入と発表。
*憲法調査推進議員連盟(超党派の「改憲議連」)
*新憲法制定議員同盟(超党派の「改憲同盟」)
*教育基本法改正促進委員会(自民・民主による超党派議連)
*北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟(「拉致議連」)
*正しい日本を創る会
*中国の抗日記念館から不当な写真の撤去を求める国会議員の会
*映画「南京の真実」賛同者
*米「ワシントンポスト」への「慰安婦」否定の 意見広告に賛同した議員
*アメリカ下院の「慰安婦」決議への抗議文に署名した議員
*米・ニュージャージー州「スターレッジャー」 に「慰安婦」否定の意見広告に賛同した議員
*日教組問題を究明し、教育正常化実現に向け教育現場の実態を把握する議員の会
*親学推進議員連盟。高橋史郎が理事長の親学推進協会と連携して2012年4月に設立
*人格教養教育推進議員連盟。14年6月10日設立の超党派議連。道徳の教科化などを推進。70人。
*文化芸術懇話会。自民党の若手タカ派議員によって15年6月25日の初会合で正式発足。作家の百 田尚樹を講師に招いた同日の会合で、マスコミ をこらしめるには広告料収入をなくせばいい。 文化人が経団連に働き掛けてほしい」「悪影響を与えている番組を発表し、そのスポンサーを 列挙すればいい」などの意見が出て、大きな問題になった。

 さて、今回から歴史隠蔽偽造主義者たちを取り上げることにしたが、まずはじめに「日本会議」を本格的に取り上げることにする。これからいろいろな本のお世話になるが、まずは『週間金曜日1089号』(2106年5月27日刊)の特集記事「日本会議とは何か」を教科書とする。

 この特集記事の冒頭論説は魚住昭さんによる「右派の統一前線としての日本会議」で、これは魚住さんの談話を成澤宗男さんが聞き手としてまとめた論説である。副題として「復古主義だけではない 現実の怖さとは」が付されている。そして論旨を「事務局を牛耳る極右が正体をカムフラージュしている」と題して次のように述べている。

 近年、国内外で日本最大の右派運動団体とされる日本会議が注目されている。「安倍政権の黒幕」、「日本を支配」といった評価も目立つ。だが、誰がその内部を動かしているのか、どのような経過で生まれてきたのかといった点についてはあまり知られてはいない。その実像を追う。

 相当長くなるので、その本文は次回に紹介しよう。
永遠の不服従のために(64)

思想や芸術は、国家や君主を言祝ぐのを本来拒むものだ

 上の今回の表題は辺見さんの本文の中に出てくる一文です。

 2003年10月23日に「でたらめ都知事」が学校の儀式での国歌・国旗の強制通達を出したが、これが私がブログを始めたきっかけだった。はじめの数ヶ月ほどはこの問題に関連した記事ばかりを書いていたと思う。その後も折に触れて国歌・国旗問題の記事をずいぶん書いてきた。ここでは、まだ読んでいない方に是非勧めたい記事を二つだけ紹介しておこう。
『「日の丸・君が代」強制賛成論批判』(ちょっと長いです)
『世界の国々での学校における国旗・国家の扱い』
 では「オペラ」を読んでみよう。

オペラ
深い思想や芸術というものは、人々をけっして直立不動や敬礼に導かないはずだと思うのです。それに、オペラと「君が代」の組み合わせはいかにも無粋です。
           (翻訳家Mの私へのEメールから)

 友人の翻訳家Mが女友だちとワシントン・オペラの「オテロ」を鑑賞しにNHKホールに行った。7月10日、水曜日、あの台風の夕に。オテロ役のプラシド・ドミンゴの「最上質の天鵞絨(ビロード)のような」テノールを聴くのを昨秋からずっと楽しみにしていたから、おりからの激しい雨も風も気にならなかった。それに、やっとのことで手に入れたS席六万五千円のチケットである、台風だろうが地震だろうがむだにするわけにはいかなかったという。ところが、六時半の開演直前、まったく予想もしないことが出来した。二階席から時ならぬざわめきと拍手が聞こえてきたのだ。はてなにかと見上げれば、首相コイズミ堂々の入場であった。ああ、興がそがれるじやないか、と内心舌打ちしたそのとき、指揮者のワレリー・ゲルギェフとオーケストラがMをさらに驚愕せしめる挙にでた。なんと、コイズミ入場に合わせるように「君が代」の演奏をはじめたのである。いうまでもなく、これは演目にはない。Mは大いに困惑したのだが、満員の客はそうせよというアナウンスもないのに一斉に起立し、声にだしてうたう者も少なからずいて、これまたMをたじろがせた。オーケストラは「君が代」終了後、米国国歌も演奏し、「オテロ」開演はそのあとになったのだそうだ。とんだ災難ではある。

 さて、Mとその女友だちの身体は、「君が代」プラス「ザ・スター・スパングルドー・バナー」(米国国歌)のダブルパンチにどう反応したのか。Eメールによると、「ずっと座っていました。いや、その長かったこと。隣を見ると、彼女も涼しげな顔で着席していました。そうするようにべつに二人で打ち合わせたわけではありませんが……」。眼をこらすと、右前方にもぼつんと一人だけ座ったままの男がいたけれども、ホールは見わたすかぎり直立者の群れであったから、着席したままのまつろわぬ者たちは、目立ちたくなくても目立ってしまう結果になったという。その風景に私は興味を抱いた。Mは起立しなかったわけについて冒頭のような文を書き送ってきたのだが、「無粋」だから立たなかったのだ、というごくあっさりしたものいいに私は感心した。オペラ鑑賞に行ったのに、なにゆえ予告もなく「君が代」を聴かされなければならないのか。まして、なぜに起立しなくてはならないのか。一万歩譲歩しても、コイズミに対するに「君が代」とはこれいかに、ではないか。そのように反発する少数者の気分と権利と身体動作もまた、嫌煙者の権利同様に護られなければならない――などと、私ならやや肩肘張っていいつのったかもしれない。

 だが、どう語りどう書こうが、この種のことは、いうは易く行うは難しなのである。同一方向を向いた数千人の直立者の樹林が現にここにある。樹林の多数の者たちが同じ歌をうたっている。その樹林に和するか和さないか。無心に起立し素直にうたうということのできない個体にとっては、まさに思案のしどころである。起立したところで、自分以外のだれも責めてくるわけではない。逆に、起立しなければ、周囲から譴責(けんせき)の視線を浴びる可能性がある。一方では、和して同ぜずといった、インチキ政治家ふうのいいわけだってないわけではない。つまり、しぶしぶ起立はするが、うたうまではしないといった中間的選択肢もありではないか。「君が代」に心の底から同調しているわけではないこの国の自称革新政治家や新聞記者や作家やテレビキャスターやオペラ評論家らの大方も、苦笑いするかしないかのごまかしの差こそあれ、起立くらいはしているのである。なに、ほんのちょっとの我慢じやないか。さあ、どうするか。

 私はやはり、Mたちの選択にくみする。すなわち、暗い樹林の底に身も心も沈めて、ああいやだ、ああいやだとあの憂鬱な歌の終わるのを首をすくめて待つほかないのである。かたくなにその姿勢をとるのは、だれのためでもない、自分のためだ。自分の内心の贅沢のためである。思想や芸術は、国家や君主を言祝ぐのを本来拒むものだ。Mのいうとおり、直立不動や敬礼を求めてくるとしたら、それは芸術でも思想でもありえない。あれは特別の歌だ。この国の歴史への反省というものをまったく欠いた歌である。あの歌の詞を私は好まない。あの歌が引きずっている途方もない暴力の歴史と、濡れた荒縄でじわじわ心を締めつけてくるような音律を私は好かない。まつろわぬ者への暴力をほのめかすような、あのドスのきいた音階が不気味だ。そのことを、おそらくゲルギェフは知らなかったにちがいない。ゲルギェフ・ファンの私としては、正直、少しばかり失望もしたのだけれど、彼にはなんの罪もないのである。あの歌をどう考え、どう対応するかは、もっぱらこちら側の問題なのだから。ゲルギェフの振るムソルグスキーやチャイコフスキーのすばらしさは、このたびの一件によっても減じられることはないだろう。ただ、私が聴きに行くコンサートでは、後生だから、あの歌だけはやめてほしいものだ。

 あの日、公務も台風被害もものかは、オペラ鑑賞を敢行した首相を当然ながら野党が批判した。それへのコメントを記者団に求められて、彼は「文化を理解しない人はそういうね」と一蹴したのだそうだ。差別的用語をこの際承知で用いるならば、この田舎センスまるだしのコイズミの得意満面ぶりを記者諸氏はもう少し深く解析してみたほうがいい。神風特攻隊や「海行かば」に涙し、靖国を愛し、かつジョージ・W・ブッシュの忠犬でもある御仁が、同時に、世人より文化を解するのだそうである。臍(へそ)で茶をわかすとはこのことだ。オペラに行くのは結構である。だが、人に迷惑をかけずに、もっと粋にひっそりとやれないものか。だれが演出したのか、「オテロ」開演前の「君が代」と「ザ・スター・スパングルド・バナー」ですっかり悦に入り、終幕後にはドミンゴらと握手して大はしゃぎ。このミーハー独裁者につける薬はどうやらなさそうである。

 心優しいわが友Mは、むろん、私のように口汚くコイズミをなじりはしない。六万五千円を返せともいいはしない。コイズミ登場に鼻じろみ、あの歌には座して耐えて、ずぶ濡れになって帰宅したのだそうだ。さんざんみたいなものだが、それでも行ってよかったという。ドミンゴの声にはやはり聴き惚れた、生きていてよかった、と興奮していうのであった。

永遠の不服従のために(64)

横浜市議会での日の丸掲揚問題(2002年5月)

 辺見さんは『不服従』第1章②節で「わあがあよおは―」という表題で国歌「君が代」問題を取り上げている。私はこの論説を用いて《永遠の不服従のために(4)・(5)》で『「君が代」問題(1)』『「君が代」問題(2)』を書いている。

 ところで、『不服従』第6章の①「抵抗」と③「オペラ」はそれぞれ国旗問題と国歌問題を取り上げている。この2節を今回と次回に取り上げてカテゴリ『永遠の不服従のために』を終わることにする。


抵抗

さもなければ
この闇の誘惑から
逃れられるものとてなく 眼は
見出すだろう われわれが
われわれ以下になり下がったのは
ただわれわれのせいだと。何も言わい。こう言う――
われわれの生はまさしく
そこにかかるのだと。
  (ポール・オースター詩集『消失』の「信条」から 飯野友幸訳)

 たぶん高度の試薬だったのである、これは。民主主義の外皮をまとった抑圧的な政治と「民主主義的専制」の愚昧を検知するための。はたして、なにかが鮮やかに析出された。それは、民主主義は民主主義を破壊するというパラドクスであった。つまりこういえるだろう。形骸化した民主主義は本質的な民主主義を圧殺する、と。あるいはこうもいえよう。ファシズムはいま民主主義的にコーティングされつつある、と。

 横浜市議会の議会運営委員会が2002年5月末の議会から議場に日の丸を掲揚することを決めた。「市民の党」の議員だった井上さくらさんと与那原寛子さんはかねがね掲揚に反対していたが、少数会派ということで議運に出席できないため、本会議で議論するよう主張した。思想・良心の自由にかかわる重大な問題なのだから、少数会派もふくめたみんなで掲揚が妥当か十分に討議すべきではないかという理由からだった。ところが、意見は受け容れられず、同月29日、日の丸は掲揚された。彼女たちはこれに抗議、議長に発言を許可するよう求めたが無視されたため、掲揚をやめさせようと井上さんが日の丸のポールに手をかけた。それを咎めた議会事務局職員が井上さんにつかみかかり、議場外に強制排除。井上さんは手に負傷した。このことを理不尽とする二人は6月5日、約6時間にわたり議長席と議会事務局長席に座りこみ、再び職員らにより実力で排除された。市議会は同25日、自民、公明、民主各党などの賛成多数で、二人を懲罰のなかでももっとも重い議員除名処分とした。除名賛成の多数派によれば、彼女たちの行動は「議会制民主主義の否定」なのだそうである。

 時まさにW杯サッカーで国中がさんざめき、日の丸や「君が代」の風景が、第二次大戦以来もっとも事々しく、大々的に、またある意味ではかつてなく無邪気に演出されていたころだ。日の丸も「君が代」も、おのずと不可思議な"市民権"のようなものをえようとしていたともいえる。それだけに、白地に赤いあの旗の掲揚に異議を唱えるのには二人にとってそれなりの気合いが要っただろうし、逆に、彼女らの行動を誹(そし)る多数者側としては、時の勢いにでも乗ったつもりであっだろう。私個人はといえば、あの時期、数万の群衆が一斉に起立したり、声をそろえてひとつの歌をうたうというかおめくというか、おびただしい人間たちのそうした身体的同調が、おそらくその種のことをのべつやっていたかつての中国を知っているせいもあろう、正直、鬱陶しくてしかたがなかった。サッカーは嫌いじやないけれど、まつろわぬ者を許さない勢いの、あのさかりにさかった空気がなにより苫手である。だから、すこしもまつろわぬ女性二人の点景は、なんだか眼にとても心地よかった。

 井上さんたちの立ち居ふるまいをどう見るか、これはけっこう難易度の高いドリルである。期待される模範解答は、
「もとより二人の行為が穏当だとはいえない。だが、選挙で選ばれた議員の資格を失わせてしまうことの重さを、他の議員はどこまで真剣に考えたのだろうか」
「意見表明の場がなかったからといって、こうした行為が許されるはずはない。懲罰の対象にされるのもやむをえまい。しかし、いきなり除名とは何とも乱暴である」(朝日新聞社説)
あたりか。例によって、みずからは毫も傷つかない絶対安全圏からのご託宣である。けれども、極私的見解によるならば、これはかぎりなく屁に近い理屈である。だって、いつもながらひどく臭いもの。第一、社説は風景の中心を「処分問題」にすりかえてしまっている。処分が軽ければよろしい、とでもいうように。風景の中心には、しかし、あくまでもあの旗があるのだ。かりに100人のうち80人が日の丸掲揚に賛成したからといって、残り20人まで日の丸に恭順の意を表さなければならないいわれはない。100人のうち99人が「君が代」斉唱に賛成したからといって、反対する残り1人がともにうたうことを強いられるいわれもない。なぜか。旗の問題も歌のそれも、すぐれて大事な人間の内心の自由の領域に属するからである。それを侵すのは、一見民主的な手つづきをへたにせよ、暴力とすこしも変わらない。

 なにも議長席に座りこむことはないじやないか、6時間もがんばるとはやりすぎた、という議論は彼女たちを心情的に支持する側にもあるし、井上さん、与那原さんともに、それが最善の選択肢だったなどといってはいない。こうした身体的抵抗の程度の問題もまた、処分の軽重のみを論じるのと同様に、事態の本質を解析することにはつながらないだろう。どだい、ほどよい抵抗、歩どまりのいい表現など、どこの世界にもありはしないのだから。この国にはいま、多数意見による少数意見の切りすてが民主主義だとするまことに野蛮かつ原始的な思いこみが、国会から教育現場まで遍在している。こちらの倒錯のほうがよほど深刻である。今後、有事関連法案がまたぞろ態勢をよりいっそう整えて登場したらどうするのか。国会の手つづきをへて多数で可決されたのだから、みんなでこれを受容せよというのか。戦争構造を黙って支えろというのか。これに反対する政党が政権をとるまで100年ほど、ありとあらゆるでたらめを我慢しろというのか。戦争狂ブッシュが国会でさも偉そうに演説するのを、野次一つ飛ばさず、植民地国の怪しげな議員よろしく与野党ともに謹んで聴きたてまつる、ああしたやりかたが、議会制民主主義の「品位」というものなのか。女性二人の抵抗は、貴重な触媒となって、これら解答のけっして容易でない設問をも導きだしたと私は思う。

 米国は民主的な議会手つづきをへてブッシュに非道きわまる戦争発動権限をあたえた。全体主義的社会は福祉国家と戦争国家の特徴を生産的に統一する、とH・マルクーゼは指摘したことがある。ほぼ40年も前に。議会制民主主義と戦争国家の構築もまた、かならずしも矛盾しないのだ。今日ではとくにそうである。こうした時代にあっては、多数者を怖れて沈黙し服従することが、少数者としてどこまでも抵抗することより、何万倍ものひどい害悪を後代にもたらす。

 赤字部分はまさにアベコベ軽薄姑息うそつきカルト政権が作り出し続けている現在の「でたらめ状況」を予見した論調となっている。
広目天の怒り
広目天

怒りは静に深く沈潜させ
より遠くまで射抜く眼差しとなせ。
その眼差しをもって
自由と民主を食い荒らす邪鬼どもの
あさましい心底を射抜き
踏みしだくまで反逆せよ
邪鬼