2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
2007年2月16日(金)
高野岩三郎著「囚われたる民衆」(1)

(読みやすいように新たに段落を設けたり、段落間を行空けしました。)

囚われたる民衆
            高野岩三郎


 アメリカ連合軍司令部の眼には、わが国民はほとんど済度し難い囚われた民衆であるように映ずると想像されるのであるが、私自身の眼にもはなはだしく鳴滸がましい言い分であるが、また同様に写るのである。それは何故!? この点に関してまずしばらく私ども一家の経歴について言説するを許されたい。

 ここで私どもというのは亡き兄高野房太郎と私との両人を指すのである。約十年前私は、当時大阪市天王寺畔に在った大原社会問題研究所内の講堂において「本邦最初の労働組合運動」と題して亡兄の労働組合運動について一場の講演を試みたことがあったが、昨昭和20年12月、また大阪に毎日社の主催にかかる「毎日文化講座」において私の少年時代の回顧を談じ、始めにおいて同様の話をした。その速記はおそらく近日同社より公けにされるはずであるから、詳細はそれについて承知されたい。

 講演の趣旨は高野房太郎の組合運動たるや、労働組合の理論および意義に共鳴しつつも、単に時世の波に便乗しいわば興味本位に努力したものにあらずして、同人の社会的および個人的境遇よりして、自然発生的に没頭するに至ったものであるという点を解明するにあったのである。

 そもそも私ども両人は共に明治の初年長崎市に生まれた。兄は明治元年、私は明治4年、市の中心銀星町の一町家に生を享けた。

 元来長崎はいわゆる天領すなわち旧徳川幕府の直轄地である。したがって大村藩・佐賀藩というがごとき旧藩主その下に立つ藩士の階級存在せず、いわば束縛なき一自由都市たる観があった。しかもまた開港市であり、支那人、オランダ人、ポルトガル人、ロシア人等の多数外人との交流繁き国際都市であった。それにまた私どもの生まれ落ちた家族は職人階級に属していた。父は和服裁縫師、母は米小売商人の娘であった。すなわち私どもは国際的自由都市の職人仲間の町家の家庭に生まれたわけである。

 しかるに父の長兄高野弥三郎なる者は、明治の初年郷里を出でて横浜におもむき、当時岩崎弥太郎の創立した三菱汽船会社の傘下における一回漕店を始めたのであるが、事実隆盛にして協力者を必要とするに至りしかば、私ども家族を長崎より呼び寄せることとなった。そこで私どもの両親は私ども両人に長姉を加わえ家族合わせて五人にて父祖以来長く住み馴れた郷里を後にして東京に上り、神田区浅草橋畔、神田久右衛門町に落ち着き、万事叔父の世話を受けて回漕店兼旅人宿の営業を営なむこととなった。私どもの小学校教育は共に近くの千代田小学校に受けたのである。

 かくて国際的自由都市の中心において町人の家に生まれた私どもは、さらに東京の真中で下町ッ子として不規則極わまるしかも奔放闊達なる教育のうちに育て上げられた次第であって、私どもの独立自由・負けず嫌いの強きを挫き弱きを助けるという幡随院長兵衛的気象はこの境遇環境の中よりおのずから養成されたものであろうと、自認せざるを得ないわけである。

 かくて私どもは比較的順境のうちに小児時代を経過したのであるが、好事魔多し、明治12年虚弱なりし父は齢39歳をもって死亡した。しかし37歳の若さで未亡人となった母は健康無比かつ男勝りの婦人であったので、叔父の援助の下に姉と二人して家業を継続せしが、明治14年神田松枝町の大火災 - 一万二千軒を一嘗めした大火災 - のために家は焼け蔵は落ち私ども親子四人は素裸の姿となって街頭に放り出されたのである。

 しかるに叔父はあくまで私ども一家の面倒を見、類焼後間もなく日本橋浪花町に家屋を建築して従来の旅人宿営業を継続せしめた。兄は小学校八年の課程を修了して卒業後叔父の横浜の店におもむき店員として従事したるが、明治18年この大黒柱たる叔父は急死した。かつその前年長姉は良縁を得て遠く九州唐津在に嫁したれば、無資産同様のわが家計を支え母と私の二人を扶養するの責は兄の肩上に懸かることとなったので、兄は奮然志を立てて明治十九年北米サンフラソシスコに渡り、微々たる日本品商店を開きしが、いくばくもなく失敗に終わり、明治20年一旦帰朝しおもむろに再挙の策を講じようとした。

 しかるにその間私は僥倖にも第一高等中学校の試験に及第して同年9月予科三級に入学するを得た。しかしこれは母の扶養に加えて私の学資を支弁するの責を兄に負わしめることとなったのである。ここにおいて兄は同年末再び米国に渡ったが、爾来十年間苦心惨憺、米国の各地に転々してあらゆる労働に従事し、その得たる収入の一部を割きて毎月私ども親子の家計費と私の学資とを貢いだのである。これによって、私はその後一高五年の課程を終え、直ちに進んで東京帝国大学法科大学政治科に入り、明治28年7月大学を卒業し得たのであった。

 これに反して兄は小学八年の科程を修めたるにすぎないのであるが、サンフランシスコにおいては商業学校に通学し、また経済学関係の図書を少なからず購入して自修独学に怠らなかった。

 かくて、私の大学卒業により兄の負担の一半は軽きを得るに至ったので、兄は米国の一小砲艦の乗組員として艦内の労務に従事しつつ欧米の各港を視察して、明治30年、十一年の遍歴の後帰朝したるが、いくばくもなく片山潜君と共に労働組合運動に身を投じ、後さらに消費組合の運動にも従事した。しかし前者は治安警察法の発布によりその発展を阻まれ、後者は資金の欠乏により成績不振に陥り、ついに兄は両運動より退ぞき、明治33年北清事件を機として支那に渡航し、各地を転転し、ついには山東省青島に落ち延び、明治37年同地において病死したのである。

 以上高野房太郎の経歴の大要を語ったのであるが、その滞米の十年間にわたる諸種の労働の体験と、当時米国における労働組合運動- サミュエル・ゴムパースのひきゆるアメリカ労働総同盟(Samuel Gompers American Federation of Labor) - の興隆に興味を感じかつゴムパース氏自身とも相知るに至り、帰朝の年明治30年の夏(1897年7月)同氏より日本における組合総組織者(authorizedand legally commissioned to act as General Organizer for Japan)たるの委嘱を受け、帰朝後いくばくもなく組合運動に従事したることは前述のごとくである。

 上来述べたるところによってもって、読者諸君は高野房太郎なる人物が出来合の労働組合主義者にあらずして、反対にその生立ち境遇等より自然発生的にこの運動におもむきたるものであることを容易に了解されるであろう。かくして高野房太郎は熱烈なる組合主義者であったけれども、彼は協同者片山潜君と異なり、社会主義者ではない。単純なるゴムパース流の組合主義者であった。

管理人のつぶやき「高野岩三郎に興味があって読み始めましたが、兄上の岩崎房太郎も興味深い人ですね。」
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(追記 2016年12月10日)
 (2007年2月15日~19日の「今日の話題」は、「囚われたる民衆」というカテゴリ名で掲載することにします。)

2007年2月15日(木)
焼け跡で生まれた憲法草案

 ビデオに撮っておいたETV特集「焼け跡で生まれた憲法草案」(NHK教育テレビ 10日放送)を観た。

 鈴木安蔵、岩淵辰雄、室伏高信、馬場恒吾、高野岩三郎、杉森孝次郎、森戸辰雄という7人の学者・ジャーナリストが「憲法研究会」を立ち上げた。第一回会合は敗戦約3ヶ月後の1945年11月8日にもたれている。7人はそれぞれ思想信条を異にしているが、戦中に厳しい言論弾圧を受けていたことで共通している。

 その番組は、彼らがまとめた憲法草案がGHQの草案に大きく影響していたという主旨の内容であったが、私は「高野岩三郎」という名に注意を引かれた。

 7人の討論の過程で一番問題になったことはやはり天皇の扱いだった。主権在民をはっきりと打ち出すことには異論なく一致したが、それと天皇制とは相容れない。結局は「象徴天皇制」に落ち着くが、実は天皇制廃止を主張した人がいる。高野岩三郎である。

『デモクラシーと君主政治は到底調和すべくもない。反動的分子が天皇を担ぎ上げて再挙を計ることも決して絶無なりとは断じがたい』
と言い、大統領制の草案を会に提出している。『国民感情を配慮する』と国民の支持は得られまいという理由で、これは他のメンバーの入れるところとはならなかった。

 「象徴天皇制」では天皇に政治的権力はないが、それが主権在民、特に「思想・良心の自由」と相容れない矛盾を露呈して、高野の杞憂が現在、杞憂に終わらない状況になりつつある。憲法に天皇条項を残した瑕疵が今大きくなろうとしている。

 さて、「高野岩三郎」という名が私の記憶の片隅にあった。資料として度々利用している『「天皇制」論集』に高野岩三郎による「囚われたる民衆」という論文がある。そこに大統領制の憲法草案が記録されている。初出は「新生」(1946年2月号)となっている。これもその番組で知ったのだが、「新生」は「憲法研究会」のメンバーの一人・室伏高信(政治評論家)が発刊した雑誌だった。

 次回から何回かに分けて、高野の論文「囚われたる民衆」を全文紹介しようと思う。(実は私はその論文をまだ読んでないので、何よりも自分のためであります。)
(「凡庸な悪」をテーマにした記事は3件続きます。少し長くなりますが、まとめて掲載します。)

今日の話題

2007年2月7日(水)
「凡庸な悪」について(1)

 大澤真幸(社会学者)さんの論壇時評(1月31日付東京新聞夕刊)に、日ごろ考えていたことと共鳴する一節があった。まず、書き出しの一文。

 現在の国際政治における困難を、あえて宗教的な語を用いて要約するならば、「最後の審判の視点の不在」となろう。「私の今の言動が正しいかどうかはわからない。しかし、歴史の最後の日の神の裁きが、それが正義にかなっていたか否かを教えてくれるに違いない」。これが、最後の審判という想定である。

 だが、われわれが今日失っているのは、この感覚つまり仮に目下のところははっきりしていなくても、われわれの行為の規範的な価値を正しく評価してくれる公正な視点がどこかにあるはずだという感覚である。「正義」を呼ぶ声が論壇の世界に響くのは、「最後の審判」を失ったことへの不安の表現にも思える。

 この問いかけは、もちろん、「現在の国際政治における困難」にとどまらない。一般的な倫理の問題として今日的問題であり、私はそのように読んだ。そのように読んできて、次の最後の結語に強く共鳴した。

 しかし、これは、倫理にとってほんとうに不利な状況なのだろうか。神の不在や正義の内容の不確定は倫理の崩壊を意味していると、普通は考えられている。ドストエフスキーが述べたように(「もし神がいないのであれば、すべてが許されてしまう」)。しかし、精神分析学者ラカンは、この同じ条件が究極の倫理的な価値をももちうると示唆している。このことは、義務の履行が「言い訳」として機能する場合があることを考えると理解できる。

 普通、人は、義務を遂行できないときに言い訳をするが、逆に、義務の遂行そのものが言い訳になる場合もある。アレントが「凡庸な悪」と呼んだアイヒマンのケースがそうだ。アイヒマンは、職位上の義務だったから、つまり命令があったからユダヤ人虐殺を指揮しただけだ、と主張した。多くの日本兵も、同じ理由で虐殺を行ったことだろう。

 このように、「正義」や「義務」を与える超越的な他者(神、指導者等)がいるとき、人は、責任をその他者に転嫁できる。

 だが、もしそのような他者がいなければ、人は、自らの行為の責任を自らで全面的に引き受けなくてはならない。そうだとすれば、「最後の審判の視点」を失ったわれわれの時代は、倫理を根底から復活させるためのチャンスを有するのではないか。

 「凡庸な悪」は戦時のような極限でだけ生まれるわけではない。

 私はここで、学校現場で「日の丸・君が代の強制」を直接指揮している学校長(特に都立高校の)に思いを馳せる。彼らが上意下達をしているのは「日の丸・君が代の強制」だけではない。教育の自由を圧殺し学校教育の全てを支配しようとして都教委が次々と押し付けてくるあらゆる施策を、彼等はそのまま上意下達している。あるいはもしかして、都教委からの命令にいくらかは抵抗したり、それの骨抜きを試みたりしている校長もいるのかもしれないが、私の耳目には入ってこない。少なくとも降格を賭けるほどの校長は皆無だろう。もっとも現在ではその程度の権力迎合教員しか校長になろうとはしない。
 当然といおうか、気の毒といおうか、ときに彼らはアイヒマンとかロボットとか罵倒されている。

 「凡庸な悪」は都教委と一般教員との板ばさみになっている校長にだけにあるわけでもない。校長が下達する不条理に抵抗できない教員もそれを共有している。

 「凡庸な悪」には、悪辣な都の教育行政に圧迫されている教員だけが直面しているわけでもない。

 「職位上の義務」だけでなく「一般的な義務」にまで「義務」を敷衍したとき、義務の履行を「言い訳」とする「凡庸な悪」は私(たち)も日常的に共有している「悪」ではないか。私は自らの人生を省みて内心忸怩たる思いを禁じえない。

2007年2月8日(木)
「凡庸な悪」について(2)

 『澤藤統一郎の憲法日記』から二つの記事を記録しておきます。

 一つは1月31日に行われた「君が代不起立ゆえに嘱託再雇用を不合格となった原告の損害賠償請求事件」の証人尋問の報告記事「課長も校長もロボットだ。」です。証人は都教育庁の人事部選考課長と都立高校の校長。

 この中で澤藤さんは次のように感想を述べておられます。

 課長も校長も実に情けない。信念に基づいてやっているわけはないのだから。上に迎合する証言を、あたかも自分の意思のごとくにしゃべらせられる気の毒な人たち。

 とは言え、教職員や生徒の犠牲で保身をはかる人々でもある。遠慮してはおられない。

 そして、それに先立って、1月7日の記事「都教委幹部の個人責任追及を」 で、『まだ個人的な見解』と断っていますが、次のような提言をしています。

 都教委は、「控訴によって9・21判決は確定を阻まれている。だから、これまでの方針を変更する必要はない。「10・23通達」は変更しないし、校長の職務命令もこれまでと同様に出してもらう」と言っている。

 しかし、そんな形式論で片づく事態ではない。

 行政裁量を幅広く認めて、望ましからぬ行政行為にも目をつぶっているのが今の裁判所である。その裁判所が、「10・23通達」とその指導には憲法上到底看過できないとした。起立・斉唱を命じる校長の職務命令に対しては、「重大かつ明白な瑕疵あり」と断じた。この重みを受けとめていただきたい。

 上級審の判断を仰ぎたいということでの控訴あっても、少なくとも、「重大かつ明白な瑕疵あり」とされた職務命令を強要したり、違憲違法とされた処分を強行するような乱暴なことは控えなければならない。それが行政のあるべき姿勢だし、道義であり社会常識でもある。

 9・21判決が上級審でも支持される確率は限りなく高い。控訴棄却となり、あるいは上告棄却となって確定したとき、誰がどう責任をとるのか。

 9・21判決の前後で決定的に異なるのは、担当者の個人責任である。この判決の以前には、客観的なには違憲・違法な公権力行使であっても、「主観的には違憲違法とは考えなかった」という弁解が通る余地はありえた。「教職員側の弁護団の指摘はあったが、横山教育長や都教委の法務関係者の意見を信用した。違憲違法なことをしているとの認識はなかった」と言って通るかも知れない。

 しかし、9・21判決が、あれだけ明確に違憲違法を言ったあとには、その弁明はもはや通らない。国賠法上、公務員は故意または重過失ない限り、個人としての責任は問われないが、逆に故意または重過失あれば個人として責任を問われることになる。東京地裁が判決という形で明確にした警告を無視して、敢えて処分を重ねた者の個人責任は、厳重に問われなければならない。

 石原慎太郎知事・木村孟教育委員長・中島正彦教育長・米長邦雄等教育委員、人事局長・職員課長までの個人責任は当然である。この点は、校長も同じことである。東京都教育委員会・東京都教育庁は、「個人責任を覚悟のうえで職務命令を出せ」と校長に言えるのか。

 権力を持つ者が、違法に権力を行使すれば影響は大きい。当然に責任も大きいのだ。自己保身のためにも、判決を尊重して、上級審判決あるまでは、乱暴なことは差し控えるべきだという警告に耳を傾けなければならない。

 われわれは、「10・23通達」とその強制によって生じた被害についての公務員の個人責任を徹底して追及する。そのことが無責任な知事や都教委幹部・校長らの行為によって違憲違法な教育行政がまかり通ることを予防する監督機能を果たすであろうから。具体的には、国家賠償請求に公務員個人も被告として加えることを検討する。確定判決後には東京都が支払った損害賠償ならびに、「10・23通達」関連で支出された諸経費について、東京都が知事・教育委員会委員長・教育長外の責任ある公務員個人への求償をなすべく、監査請求をし、住民訴訟を提起することを検討する。

 このことを事前に警告し、本気で追求しようではないか。

 9・21難波判決は都職員や校長にとって、その「凡庸の罪」を反省し、その罪過を重ねぬために自立した言動をなすための格好の根拠であり機会だと思うのですが、彼らにはそのような発想はないようです。「凡庸」の「凡庸」たる所以です。

 かれらの「個人責任をも追及する」という澤藤さんの提言に賛成します。これは法的措置としてばかりではなく、教育現場で苦闘している教員にとって、さまざまな不条理な攻撃をはねかえすための理論的根拠としても有効ではないでしょうか。

(追記 2016年12月9日)
 この画期的な難波判決は都教委が控訴し、東京高裁ではオソマツ判決で原告側敗訴。原告側が控訴し、最高裁でも原告側敗訴となる。『予防訴訟の記録』から「最高裁判決のまとめ」を転載しておこう。
 最高裁は、訴え自体を門前払いにした高裁の判断は間違っているとして、差止訴訟及び当事者訴訟としての義務不存在確認訴訟を適法としました。しかし、違憲・違法の主張は認められず、懲戒処分の差止や義務不存在の確認を求める訴えは認められませんでした。


2007年2月14日(水)
「凡庸な悪」について(3)

 いま東京都の教員たちが直面させられている問題にしぼって、「凡庸な悪」ということを考えてみようと思います。私は一部外者にすぎませんが、わが身に引き寄せて考えて見ます。

 瀬古浩爾著『生きていくのに大切な言葉-吉本隆明74語』(二見書房)の次のくだりに、私のような凡庸な者が「凡庸な悪」をまぬがれるための必要不可欠な倫理を見い出します。



組合は今回の要求を克ちとる為、いよいよ困難な交渉段階に入って参ります。我々は各位の代弁者としての責任に於いて、堂々たる態度を持してゆきます。各位も又、自らを辱かしめざらんことを。                東洋インキ青戸労働組合組合長 吉本隆明
 「堂々」とした声明である。

 吉本は昭和27年に東洋インキ製造株式会社に入社し、青戸工場に配属された。翌28年、28歳の若さで青戸労働組合の組合長に就任する。思考の強靭さや徹底した闘争意志が秀でていたと推測されるが、それもさることながら、仲間たちのあいだで余程人間的信頼を得たのだろうとおもわれる。

 掲載文に「各位も又、自らを辱かしめざらんことを」とある。われわれは絶対に「自らを辱かしめ」るような交渉はしない、「堂々たる態度」で交渉に臨む、という決意に自信があるからいえる言葉だ。じつに頼もしい。

 だが、会社側の「悪質な切くずし」によって脱落する組合員がでてくる。脱落の理由は大きく三つある。
(1)「この際忠勤ぶりを示して自分だけはよくなろうという乞食根性」
(2)「本当に生活が苦しくて、自分や家族のことを考えて(会社側の……引用者注)脅迫に心ならずも動かされた者」
(3)「組合幹部の運動方針に反感をもっていて、一石二鳥をねらった者」。

 これについて吉本はこのように書いている。「第一の連中とだけは、今後とも激しい闘いをつづけなければならない」が、「第二、第三の人たちは、今後とも組合員全部で守ってやらなければならない」。

 吉本の組織論の要諦だ。組織への入り口はだれにも開かれている。そして、組織からの出口もまた薄汚い利己主義者を例外として、だれにもきちんと開かれている。その出口を開いているのはなにか。自分の体質にまでなった、吉本の人間観である。卑怯者は許されてはならないが、人間の弱さや自分と異なる思考は最大限に理解され尊重されなければならない、というような。そして、自分の思考に絶対的な正当性はない、というような。無類の優しさであり、無比の柔軟さである。

 部外者には決して見えないことがあり、ことはそう単純ではないことを承知の上で、「日の丸・君が代の強制」が都立高校の教員集団にもたらした分断状況を推測してみます。

(1)もともと都教委・校長と同じ考えをもっていたような顔をして都教委・校長に擦り寄っていく奴隷根性の者たち。
(2)自分や家族の生活や将来を案じて心ならずも日の丸に向かい君が代を歌っている振りをしているが、日常の教育実践では決して都教委・校長に迎合はしていない人たち。
(3)「思想・良心の自由」を蹂躪するような教育行政にはどうしても膝を屈するわけにはいかず最前線に立たざるを得なかった人たち。

 冒頭の吉本組合長の闘争宣言を、いま私は(3)の人たちからのメッセージとして読んでいます。私が当事者だったとして、(1)のような者には決してならないことははっきりと断言できます。そして、それ以外のどのような生き方を選ぶとしても、「自らを辱かしめざらんこと」を常に反芻しながら一つ一つの行動を選択していこうと思います。「自らを辱かしめざらんこと」の核心は、私(たち)が生徒に対して「凡庸な悪」を行使してはならないということです。これが(1)のような者たちとのぎりぎりの境界線です。

 さて、組合は何をやっているのでしょうか。もしも都高教執行部にまだ強靭な思考力や徹底した闘争意志が残っているのなら、(2)の人たちをも守りつつ、(3)の人たちとともに闘いの最前線に立つ以外に、「凡庸な悪」におちいらない道があるのでしょうか。

 しかし翌年、吉本は、かれじしんの言葉によると「壊滅的な徹底闘争」に敗れ組合長を辞任する。組織に楯突いた者にたいする仕打ちのつねとして、吉本は職場をたらい回しにされる。かつての同士たちは吉本にどのように対応したのだろうか。よそよそしい者がいたとしても、吉本はかれらをけっして恨まなかったはずである。その二年後、吉本は飼い殺し的な本社職務への転勤を不服として退職をする。31歳だった。

 このような矜持と覚悟がないのなら、組合の執行委員になるべきではない。
今日の話題

2007年2月6日(火)
柳沢厚労相の失言「女性は生む機械」について

 柳沢の失言が問題になってからもう十日を過ぎるが、まだ収まりそうもない。私の感想も述べておきたくなった。

 其の失言の報道に接したとき、私の脳裏にまず浮かんだのは「生めよ、増やせと」という戦前の国策スローガン(?)だった。当時女性は兵士という機械を生む機械だった。もちろん男はそのための一部品に過ぎない。それと同じだなと思った。つまり、あれは失言などではなく、本音なのだ。支配者にとって被支配者は何時だって「手段」でしかない。昨日取り上げたビルダーバーグ・クラブの被支配層の人間家畜化計画でも明らかなように、被支配者への蔑視は奴等の習い性だ。

 『人間を手段としてのみならず同時に目的として扱え』というカントの格律の「他者を目的として扱う」とは「他者を自由な主体」と考えよ、ということだ。柳沢の失言が責められるとすれば、そのような倫理観の欠如という点においてだ。しかし、そのような倫理観は、柳沢に限らず、権力の中枢に巣食う守銭奴たちには求めようがないのが現実だろう。連日報道される政治家や官僚や資本家の不祥事のほとんどは不正なあるいは法の網の目をくぐった狡猾な蓄財問題だ。「きっこの日記」によると、柳沢も妻とグルで不当な蓄財に励んでいるそうだ。

 柳沢の失言が、「少子化」を憂慮し、この国の行く末を案じての発言だと好意的に解釈しても、其の矛先の向けどころが全くトンチンカンなのだ。安心してこどもを生めない、生んでもその子供の将来に希望が持てない。日本をそのような国にしてしまったのは独裁をし続けてきた自民党ではないのか。「醜い国」とか「絶望の国」とかふざけたスローガンを掲げて、相変わらず一般民衆を愚弄するようなが政治が進められている。安心して子を生み育てていけるような美しく希望の満ちた国にするための政治に転換することこそ、いまお前らに求められている第一義的な問題だろう。

 2月3日の東京新聞「こちら特報部」がこの問題を取り上げて、田村隆一さんの詩を紹介していた。感想は一言、わが意を得たり!




「恋歌」 田村隆一

男奴隷の歌  恋をしようと思ったって  ひまがない  手紙を書くにも字を知らない  愛をささやく電話もない  それでも赤ん坊が生れるから  不思議な話  男の子は奴隷の奴隷  女の子は奴隷を産む機械  それでも  恋がしてみたい  それでも愛をささやきたい  言葉なんか無用のもの  目と目で  生命が誕生するだけさ 女奴隷の歌  わたしは機械を産めばいい  いつのまにか  お腹が大きくなって  満月の夜に  わたしは機械を産むの  男の子だったら機械の機械  女の子だったら機械を産む小さな機械  仔馬の赤ちゃんだったら  生れたとたんにトコトコ走って行くけれど  人の子って  ほんとに世話がかかる  ヨチヨチ歩きまで三百日  機械になってくれるのが三千日  奴隷になるのに六千日  愛って  ほんとに時間がかかるもの  それでも  お腹だけはアッというまに大きくなるわ コーラス  奴隷には  涙も笑いもいらない  働いて働いて  ただ眠るだけ  鳥や獣や虫がうらやましい  遊んでばかりいて  たっぷり眠り  たっぷり恋をして  そのくせ  機械を産まないんだもの  そのくせ  機械を産まないんだから



今日の話題

「陰謀史観」Ⅱ

2007年2月1日(木)
「陰謀史観」はどこまで真実か(4)

 ビルダーバーグ・クラブの輪郭が見えてきた。

 前回の引用文で私は次の部分(赤字で強調した部分)に特に注意を引かれた。

『実質的な役割と権限を有するのは、ロスチャイルドとロックフェラー……非公式の場で提言(命令)するわけです。公の団体アメリカのCFR(外交問題法議会)やTC(日米欧三極委員会)、……に代弁させるわけです。』

 古くからある陰謀史観で有名なのは「フリーメーソン」だが、今日では「闇の権力」とか「闇の帝王」とか呼ばれていて、その親玉はロスチャイルドかロックフェラー(あるいは二人が共犯)というのがほとんどだ。それらの説には、いままではマユに丹念にツバをつけ接してきたが、それらの説にもなんだかにわかに信憑性が出てきた感じがする。もちろん個々の事例については、「ウラ」 が取れない限り全面的に信用する訳にはいかない。一般論としても、「真理」の中にも「誤謬」が紛れ込むし、「誤謬」の中にもいく分かの「真理」が含まれているものだと言える訳で、そうしたスタンスは常に外さないように心しなければいけないことだ。

 ビルダバーグ・クラブはその計画(陰謀)を浸透・実行させるために暴力的な手段は用いずに、マスコミなどを利用した情報操作をもっぱらにしていると言われている。そして、上記引用文によれば、公にはCFRとかTCとかの団体を使って代弁させている。しかし、「闇の権力」には専属の謀略組織があり、暗殺なども行われていると説く陰謀史観者もいる。

2007年2月4日(日)
「陰謀史観」はどこまで真実か(5)

 ロスチャイルド家の「闇の権力」ぶりの話に私が始めて接したのは田中宇国際ニュース解説の2005年6月22日配信記事のイスラエルとロスチャイルドの百年戦争であった。田中さんは毎日多種多様な情報を検討した上で、国際情勢を分析していらっしゃる。情報の出典も明らかにしているので、私はそのニュースをとても信頼して読んでいるが、このときは半信半疑だった。後に検討する機会が出てくるかもしれないと思い全文を記録しておいた。いまフト思いついて、田中宇さんのサイト内検索をしてみたら19件もヒットした。ロックフェラー家が絡んだ記事もある。チョッと時間が掛かりそうだが、これから一通り読んでみようと思う。

 ロックフェラー家を「闇の権力」とする説に初めて接したのは、統一教会や創価学会のことを調べているときだった。リチャード・コシミズさんのホームページに出合った。そのときのホームページとはかなり違う看板になっているが、 世界の闇を語る父と子の普通の会話集 で読むことができる。なんでもかんでもロックフェラーに結び付けているが、いわゆる「ウラ」が取れてないので鵜呑みにするわけにはいかない。ほとんどが推測の域をでないし、モノによっては妄想に近いものもある。しかし、ビルダーバーグ・クラブの存在と考え合わせると、一概に全てを否定し去ることはできないだろう。たとえば一番最近の記事で植草さんの冤罪を取り上げているが、できるだけ「闇の権力」の部分を削って転載すると次のような主張になる。全て推測の域をでないとしても、核心を掴んでいると思える。

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 教授の拘留が130日に及んだこと、極めて異常な事態なんだよ。女子高生のお尻触ってもいないのに、130日。よしんば触ったとしても、130日はどう考えても異常だ。しかも、東京地検が教授の保釈にキチガイのように抵抗した。保釈して外に出れば、第三者と接触できる。このインチキ事件の背後関係を第三者に喋られるのを恐れたんだろう。

 東京地検は、教授を130日間拘留し、家宅捜索してパソコンを押収したんだ。教授が誰と情報を共有しているのか、血眼になって調べまくったんだ。教授の口をどうしても封じたかった。

 教授が逮捕される前になにを言っていたか。
 小泉政権時代、りそなが倒産しそうになったよな。あの時、小泉・竹中はりそなを冷たく突き放して、「倒産容認」みたいな発言をした。おかげでりそなはマジに倒産しそうになって、株価は思いっきり下落した。その株を底値で買い漁った連中がいる。ウォール街のコーエンさんやら、なんとかバーグさんとか、なんとかシュタインさんたちだ。ユダヤ金融資本ってやつだ。親分はロックフェラーだ。

 で、小泉たちは最後の最後になって、りそなを公的に救済することを発表した。これで、りそなの株価は大反騰した。底値で買ったなんとかバーグさんたちは、ぼろぼろに儲けまくった。最初から公的救済が入ると判っていれば、底値で買い漁る。確実に儲かる。ユダヤさんたちの取引に便乗して儲けた勝共議員や政権関係者もたくさんいたはずだ。発覚すれば、大スキャンダルになるし、日本の支配構造も露呈してしまう。教授は、この巨大なインサイダー取引疑惑を追及しようとした。証券取引等監視委員会が調査に動くべきだとテレビ番組でも指摘した。

 だから、痴漢をしたことにされて、口封じされちゃったわけか。でも、警察や検察が、裏権力の利益のために動員されてるって、にわかには信じがたいよ。そこまで司法が腐ってるなんて。

 腐ってるよ。腐臭プンプンだよ。警視庁や神奈川県警は創価警官の巣窟だ。警察内部の創価組織が教授を嵌めるチームを組織し、シナリオどおり、教授を陥れた。教授は逮捕時、酩酊状態だったという。そういう状態には、酒を飲んでもなるが、酒に薬物がはいっていてもなる。ワインにハルシオンでも入れられたら、もう、意識がなくなってしまう。気がついたら痴漢に仕立て上げられているというわけだ。

 でもさあ、もし、インサイダー隠しが目的なら、教授はなんでそれを声高に主張しないの?

 あのさ、それを主張されたら金融悪魔さんたちや自民党の森派の利権議員さんたちが困るだろ?だから、口に出さないように、教授を言いふくめてるんじゃないかな。

 あー父さんが黒幕だったらの話だが.............。まず、弁護団に、息のかかったのを送り込む。で、
「裁判に関する話を外ですると保釈が取り消しになって、保釈金が没収される。」
「第三者と接触するのもまずい。」
と、教授を脅す。経済しかわからない教授は、恐れをなして口をつぐむ。この程度の話かもな。

うー、とことん腐ってるなー、この世の中。じゃ、この後、教授は痴漢冤罪で実刑判決が出て............その次は、拘置所や刑務所内部の「創価組織」の出番かもな。麻原が東京拘置所で薬物漬けで廃人にされたようなことが、また、起きるかもな。周囲の刑務職員、全員創価とかでね。

ひでー、そこまでこの国は腐ってるんですか?

 はい、腐ってます。これで、日本の構造がよく判ったろ。あの、竹中とか言うヤツが議員辞職したろ。あれも、実は、この疑惑の発覚を恐れて逃亡したってことさ。
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2007年2月5日(月)
「陰謀史観」はどこまで真実か(6)

 「陰謀史観」を取り上げたきっかけはある書評だった。そこにはビルダーバーグ・クラブの「世界統一国家」の構想が紹介されていた。あらまし次のようだった。

 地球資源の枯渇が迫り、資源の効率的管理が急務となっている。資源の国際管理を軸として、世界政府、国際法廷、国際軍その他が不可欠となる。それには個々の国家や国軍の解体が前提となる。

 ビルダーバーグ・クラブの「世界統一国家」は柄谷さんの「世界共和国」とは全く似て非なるものであることは明らかだろう。柄谷さんは「世界共和国」の必要性を次のように述べていた。

 人類はいま、緊急に解決せねばならない課題に直面しています。それは次の三つに集約できます。
  1 戦争
  2 環境破壊
  3 経済的格差
 これらは切り離せない問題です。ここに、人間と自然との関係、人間と人間の関係が集約されているからです。そして、これらは国家と資本の問題に帰着します。国家と資本を統御しないならば、われわれはこのまま、破局への道をたどるほかありません。

 柄谷さんが「国家と資本を統御」のために「世界共和国」を構想しているのに対して、ビルダーバーグ・クラブの「世界統一国家」は「資源の効率的管理」のためと言う。つまり富豪(資本)と前世紀の遺物の貴族という特権階級による資源の独占を企んでいる。従って、ビルダーバーグ・クラブが他の人間たちを「手段」あり、管理の対象としか看做していないことは明らかだ。書評文は次のことも伝えていた。

 この組織は、世界の人々の体にマイクロチップを埋め込み、それがないと生活が成り立たない状況に追い込み、民衆の国際管理を容易にしようとする。

 人間の奴隷化なんてものではない。人間の家畜化を企んでいる。しかし、テレビなどを通して洗脳しておけば、人々は嬉々としてこれを受け入れるかもしれない。嬉々としてポチ・コイズミや狆ゾウや沈タロウを受け入れているように。

(追記 2016年12月7日)
 ちなみに、2016年度のビルダーバーグ会議はドイツのドレスデンで、6月9日~12日の日程で開催された。

 また、前回の『「陰謀史観」はどこまで真実か(3)』で「ビルダーバーガーの利害に反するスタンス」を維持してきたチャベス大統領のことが取り上げられていたが、チャベス大統領は2013年3月5日にガンの合併症で亡くなられた。しかし、チャベス大統領は実は暗殺されたのだと言われている。「チャベス大統領暗殺」で検索すると実に多くの記事がヒットします。その中から、チャベス大統領以外にも
アルゼンチンのキューチネル大統領
ブラジルのルセフ大統領
ルラ前大統領
パラグアイのルモ大統領
が癌になっているという不可解なことを取り上げている『チャベス大統領のガン死亡は 米国による「テクノロジー兵器によるもの」か?』を紹介しておこう。

 ここで思い出したことがある。『「羽仁五郎の大予言」(78)』で羽仁さんが「最近CIAの謀略が大部暴露されているよね。石橋湛山なんかも毒薬飲まされたんじゃないかと思うんだ。」と発言していた。
広目天の怒り
広目天

怒りは静に深く沈潜させ
より遠くまで射抜く眼差しとなせ。
その眼差しをもって
自由と民主を食い荒らす邪鬼どもの
あさましい心底を射抜き
踏みしだくまで反逆せよ
邪鬼