FC2ブログ
2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
今日の話題3

続「安倍政権6年間の悪行・愚行」(65)

   安倍政権の「桜を見る会」をめぐる不祥事問題はなかなか収まらない。12月3日付の東京新聞では一面トップ記事と2面の「核心」欄、そして「こちら特報部」、さらに社会欄(26面)と、4ヵ所でこの問題を取り上げていた。
   今回はこの四つの論考のうち、一面トップ記事と26面の記事を転載することにします。

【一面トップ記事】

桜を見る会 首相説明不足、幕引き図る

  (前文)

  安倍晋三首相は二日の参院本会議で、二〇一五年に首相主催の「桜を見る会」に招待され、悪質なマルチ商法を展開していた「ジャパンライフ」の山口隆祥元会長について「個人的な関係は一切ない」と話し、面識を否定した。
    廃棄したとしている招待者名簿の電子データについては「復元は不可能」と語った。
  九日に閉会する予定の今国会で、首相の答弁はこの日が最後となる見通し。首相は数々の疑惑について説明責任を果たさず幕引きを図る。 (川田篤志)

  元会長は、首相らの推薦枠で招待されたことが内閣府の内部資料で判明している。首相は元会長とは「多人数の会合で同席した可能性は否定しないが、一対一で会ったことはない」と強調。妻の昭恵氏とも面識はないと説明した。同社が桜を見る会の招待状を、会社の信用を高めるために利用していたことは「容認できない」と語った。

招待者名簿データ「復元不可能」
  内閣府が今年の招待者名簿を、共産党議員から資料要求があった日と同じ五月九日にシュレッダーで廃棄したことについて、首相は資料要求に先立つ四月二十二日に廃棄の予約が入っていたと説明。廃棄により隠蔽(いんぺい)を図ったとの指摘に「資料要求とは全く無関係だ」と反論した。

  コンピューターの管理に詳しい上原哲太郎・立命館大教授(情報セキュリティー)は本紙の取材に、データ削除後も一部の細かいデータがサーバーに残っている可能性を指摘する一方、削除から半年以上が経過しているため「復元はかなり難しい」と話した。

  首相は、桜を見る会を廃止する可能性について「現時点で考えていない」と否定した。招待者が増加し、支出額が予算を超過したことについて「支出の詳細は承知していなかったが、結果的に望ましいものではなかった」と陳謝した。

【26面の記事】

桜を見る会 首相「大いに反省」…でも

答弁のらりくらり
傍聴者 「逃げ切れると思ってる」

   安倍晋三首相が公費で主催する「桜を見る会」を巡る疑惑に対し、二日の参院本会議で答弁に立った安倍氏は「(招待者は)最終的に内閣府と内閣官房で取りまとめる」など、これまでの答弁を繰り返した。野党議貞の厳しい追及に詳細は答えず、逃げの姿勢に終始した首相に、議場からは「説明責任を果たしていない」 「税金を使った買収行為だ」などと、野党議員のやじが飛び交った。


   ただ悪質なマルチ商法で知られたジャパンライフの元会長に招待状が送られたことを追及されると、「会合で同席した可能性は否定しないが、妻(昭恵氏)も含めて個人的な関係はない」と強く否定した。
   前夜祭の会費五千円については、「事務所職員は集金を行い、ホテル名の領収書を渡しただけ。会費は参加者からホテル側に支払われたもので、後援会の収入支出はない」と、政治資金収支報告書への記載は必要ないと改めて主張した。
   議場からは「(反社会勢力とみられる男性などについて)質問に答えていない」と、改めて集中審議を求める声が上がった。(アイドルグループの)嵐のコンサートに行く時間があるなら予算委に出ろ」などヤジも飛び交った。
   本会議を傍聴した岡山県の無職男性(六九)は「相変わらずの答弁。のらりくらりがまかり通っている。このまま逃げ切れると思っているのだろう」とあきれた表情だった。 (安藤淳)

 政治資金問題に詳しい神戸学院大の上脇博之教授(憲法学)の話

一定経費かかるはず
     桜を見る会と前夜祭は大きなイベントで、安倍事務所の職員が後援会の人たちにツアーの案内を出すなどのとりまとめをしており、輸送代など一定の経費がかかるはずだ。職員が一人五千円の前夜祭の会費を集金したことを首相も認めている。党の支部から、職員の旅費などを支出していたことが分かっている。こうした収支は政治資金収支報告書の政治活動費のイベントの欄にまとめて記載すべきで、政治資金規正法の不記載に問われる可能性がある。

【新聞労連声明】
 「オープンな首相会見を」
    安倍晋三首相主催の「桜を見る会」を巡る参院本会議での政府答弁を受け、新聞労連は二日、官邸記者クラブに限らないオープンな首相記者会見を求める声明を出した。
   声明では、政府は公文書の招待者名簿を廃棄したことを盾に、国民に対する説明責任を放棄していると主張。十一月十五日に安倍首相がぶら下がり取材に応じた際は、開始十分前に官邸記者クラブに通知がありクラブに所属していない記者は参加できず、公正さを欠いたと指摘。報道各社は結束し、オープンで十分な時間を確保した会見実現に全力を尽くすべきだとした。

スポンサーサイト



今日の話題3

続「安倍政権6年間の悪行・愚行」(64)

   前回、安倍政権の「桜を見る会」をめぐる不祥事を取り上げていた東京新聞(2019年11月26日付)の「こちら特報部」の記事を紹介しましたが、2019年12月1日付の東京新聞に編集局次長の金井辰樹さんが『日本の岐路 11月をつづる』という表題でその問題についての論文を発表していました。今回はその論文を転載します。
  なお、「2019年11月に起きた主なニュース」と題した表が添付されていますので、それを転載してから、本文に入ることにします。


日本の岐路 11月をつづる


2019年11月に起きた主なニュース

 1日
   ・大学入学共通テストへの英語民間検定試験の来年度からの導入が見送りに
 2日
   ・ラグビーのワールドカップ(W杯)日本大会で南アフリカが優勝
 8日
   ・香港で続くデモで、駐車場から転落してけがをした男子大学生が死亡
13日
   ・安倍晋≡首相は「桜を見る会」を来年は中止すると表明
14日
   ・天皇陛下の即位に伴う祭祀「大嘗祭」の中心儀式「大嘗宮の儀」が始まる
16日
   ・警視庁が俳優の沢尻エリカ容疑者を麻薬取締法違反の疑いで逮捕
20日
   ・安倍首相の通算在職日数が桂太郎を抜き憲政史上1位に
22日
   ・韓国政府が日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄通告の効力停止を発表
23日
   ・ローマ教皇フランシスコが来日。24日には長崎、広島で演説
29日
   ・国鉄の分割・民営化などを手がけた中曽根康弘元首相が死去。101歳

(本文)
夫人、友人、大臣…お本人

 十一月の政治は「桜」一色だった。「桜を見る会」の問題が国会で本格的に追及され始めたのは十一月八日。しかし当初は、安倍晋三首相や首相官邸サイドのこの間題に対する危機感は乏しかった。焦りを感じ始めたのは十三日、来年の「桜を見る会」の開催中止を発表したのに逆風が止まる気配がないと気づいたころだろう。

 首相が政権復帰後、七年に及ぶ長期政権を築いてきた秘訣は、政治判断のダブルスタンダード(二重基準)を確立しているからだ。安倍首相は特定秘密保護法、安全保障関連法、「共謀罪」の趣旨を含む改正組織犯罪処罰法など、自身がこだわりを持つ課題は、支持率の低下を覚悟の上で成立させてきた。

 一方、それ以外の課題については柔軟だ。工費が膨れ上がり批判が高まった新国立競技場の建設計画を白紙にしたり、消費税増税を二度にわたって見送ったりしたのがその典型。その結果、傷口が広がるのを防ぎ、支持も回復してきた。最近では、大学入学共通テストへの英語民間試験の導入を見送った。この公式に当てはめれば「桜を見る会」問題は来年の開催中止で、沈静化するはずだった。

 しかし、今回はそうならない。火の手は広がり、宮邸前では市民らが怒りの声をあげる。その理由は、安倍政権がこれまで指摘されていた問題点が「桜を見る会」に凝縮されているからではないか。

 安倍政権下では、多くの閣僚らが「政治とカネ」にからむ凝感を突きつけられ、説明責任を果たさずに退場していった。「森友」「加計」や「自衛隊日報」問題などでは、文書の隠蔽、改ざん、破棄の疑いが持たれた。そして長期政権になるにつれて官僚たちの忖度は顕著になり「安倍一強」が進んだ。

 「桜を見る会」では、前夜に行われた懇親会を巡り公職選挙法や政治資金規正法に関わる疑いの目が安倍首相側に注がれている。

 政府は招待者名簿を破棄したと説明するが、国会で追及を受ける前に隠蔽したのではないかという疑念は消えない。菅義偉官房長官らは名簿を「遅滞なく破棄している」というが、この表現自体、公文書に対する政権の意識を疑わざるを得ない。

 そして大勢の支援者を「首相枠」や妻昭恵氏の「夫人枠」で招き、税金を使いもてなす「桜を見る会」は、まさに「安倍一強」の象徴に映る。

 もう一つ。これまで安倍政権下で発覚した問題と決定的に違うことがある。今回は安倍首相自身が批判の対象となっているのだ。「森友」では、妻・昭恵氏が批判にさらされ「加計」では腹心の友・加計孝太郎氏が疑惑の中心となった。今国会召集後には菅原一秀経済産業相、河井克行法相が相次いで辞任した。

「夫人、友人、大臣」ときて「本人」にたどり着いたことで野党は色めき立つ。

 先月、安倍首相の通算在職日数は憲政史上最長に到達した。記念すべき月にスキャンダル対応に追われることは不本意だろうが「桜を見る会」で国民が納得できる説明ができるかどうかは、長期政権そのものの評価につながる。説明責任は十二月、国会が閉幕しても続く。

今日の話題3

続「安倍政権6年間の悪行・愚行」(63)

  「桜を見る会」をめぐる不祥事が連日新聞紙上を賑わしている。
  私は安倍政権が発足した時から、この政権を「アベコベ軽薄姑息うそつきカルト政権」と呼んできましたが、「桜を見る会」をめぐる不祥事はまさに、私のこの命名が的外れではなかったことを如実に示していると思っています。
  東京新聞(2019年11月26日付)の「こちら特報部」がその問題を克明に論じていました。
  今回は、少し長いのですがこの記事を転載します。

「安倍話法」再び

前文

「安倍話法」再び 「桜を見る会」疑惑 答弁迷走

   自身が主催する「桜を見る会」を巡る安倍晋三首相の答弁が迷走している。突き詰めて考えると何が言いたいのか分からず、相手をけむに巻くような発言も多い。ただ、こうした回りくどい言い方は今回に限った話ではない。「安倍話法」にごまかされず、何が真実かを見抜く力が国民には求められている。 (中沢佳子、榊原崇仁)

その場しのぎ→周囲がつじつま合わせ

   「相談を受ければ、推薦者について意見を言うこともあった」。
   二十日の参院本会議。桜を見る会の招待者を選ぶ経緯をただされた首相は、そう答弁した。
   関与を認めたと思いきや、
   「最終的に内閣官房と内閣府で取りまとめた。私は一切関与していない」と続け、公選法にも違反しないと言い張った。
   不可解な主張は、会前日に後援会関係者向けに東京都内の高級ホテルで開かれた夕食会関連でもあった。一人五千円の費用は安すぎるという指摘に当初、「参加者の大多数が宿泊者という事情を踏まえ、ホテル側が設定した」と説明した。

   ところが、二〇一五年の会は宿泊先と会場が別のホテルなのに会費は同じだったと判明。すると、「事務的な手違いで結果的に同一ではなくなった。ホテルと相談し、サービス内容や規模を勘案して(会費が)設定された」と述べた。

   「安倍首相がよく使う手が、また繰り返された」と話すのは、論点をすり替える政府答弁を「ご飯論法」と名付けた法政大の上西充子教授(労働問題)。「朝ご飯食べた?」と聞かれ、パンを食べたのに「ご飯(米)は食べていない」と答える話法を指す。「『最終的』という言葉を付けたことで、自分は関係ないと印象付けようとしている。ごく一部に論点を狭め、そこだけ否定するのは、森友学園を巡る文書改ざん問題で『私は指示していない』と言ったのと同じ論法だ」
   立教大大学院の平川克美客員教授(現代企業論)は「強い力を持つ独裁者は、どこまでうそを通せるかで権力を誇示するもの。それには計画性をもって周到に準備するのに、安倍首相は追及されるとその場しのぎのうそで逃げる。それを周囲にいる頭のいい官僚や取り巻きが必死につじつま合わせし、事実をねじ曲げるのが特徴だ」とみる。

細断機は10分で2万枚処理力

「利用重なって」……苦しい釈明

   その「つじつま合わせ」も苦しい。
   内閣府は会の招待者名簿を野党が資料要求した五月九日に、シュレッダーにかけて廃棄したと説明した。大塚幸寛官房長は国会で「(他部署とシュレッダーの)利用が重なり、大型連休明けになった」と釈明した。
   内閣府が細断に使ったというシュレッダーの製造元、事務機器メーカー「ナカバヤシ」に尋ねたところ、製品は幅約三二㍍奥行き約一・四㍍、高さ約一・五㍍の大型業務用。同社広報IR室の西浦弘史郎リーダーは「約千枚を一括投入でき、四十秒ほどで細断する。一時間で最大五百五十㌔の紙を処理できる」と語る。
 A4判の紙は千枚で約四㌔といい、二万枚近い文書でも十分ほどで細断できる。ちなみに、会の招待者は約一万五千人だ。
 日々、どれだけの文書を廃棄しているのか内閣府に質問したが、二十五日午後九時までに回答がなかった。


そらし ずらし 押し切る

正面からの議論回避 安保法制や共謀罪でも

   安倍首相は以前から、真っ向からの議論を避けてきた。例えば、安全保障関連法案に関する議論。二〇一五年五月の衆院平和安全法制特別委員会では、野党から「自衛隊の活動範囲が広がり、リスクが増すのではないか」と問われた際、正面から答えずに「訓練を重ねてリスクを低減する」と論点をずらした。
   一六年十月の衆院予算委でも似た場面があった。国連平和維持活動(PKO)で陸上自衛隊が派遣された南スーダンの情勢について「民間人を乗せた車両が襲撃され、二十一人が死亡したと発表された。リスクの可能性を認めるべきではないか」と質問を受けても、「もちろん永田町と比べれば、.はるかに危険な場所だ」とまともに取り合わなかった。
   一七年一月の衆院予算委では共謀罪を巡る議論で「テロ対策は現行法で可能だ」と指摘されたのに、実際に可能かどうかの議論に応じず「テロ対策の穴を埋めなくても五輪を開けばいいという考えは取らない」とやはり話をずらした。
  成蹊大の高安健将(けんすけ)教授(比較政治)は「政治家は通常、丁寧な説明を求められると渋々ながらも応じる。そうしなければ選挙で不利になったり、党内で評判が落ちたりするからだ。しかし安倍政権の場合、説明責任を果たさなくても支持率が下がらず、選挙でもマイナスに働いていない。そうした状況から国会での説明や議論が軽んじられているのではないか」と話す。
  高安氏は、こうした姿勢の根底には第一次政権の経験があるとみる。当時は閣僚の相次ぐ辞任で任命責任を認めざるを得ず、短命で終わった。

強さ前面 非を認めず
   「現政権は『強さ』をキーワードにし、非は認めず自らの考えを押し通すことに重きを置く。議論は避けつつ、明快さを感じさせる言葉を用いる。それが有権者には分かりやすく見える。しかし、現実が首相の言葉と矛盾した時には、隠蔽や改ざんといった問題が起きる」
   かたや野党も「問題が政権にあり、批判一つ一つはまっとうでも、『あなたたちは政権を担う代わりになり得るか』という疑問を常に突き付けられ、批判すること自体が否定されてしまう」(高安氏)。
   首相は「印象操作」という言葉を好んで使う。具体例の一つが、今年七月の参院選に合わせて開かれた主要政党の党首討論会。選択的夫婦別姓などへの賛否を聞かれた際に挙手せず、「単純化はやめた方がいい。印象操作はやめてもらいたい」と述べた。
   名古堅外国語大の高瀬淳一教授(情報政治学)は「『印象操作だ』という訴えは、『作為的な情報発信はやめるべきだ」と印象づけるメーッセージ」と述べる。自身への批判をかわす姿勢を顕著に表しているのが、この四文字のようだ。

   首相が批判を嫌い、議論を避ければ、そのツケは国民に回ってくる。さまざまな問題の検証が進まないだけではない。 駒沢大の山崎望教授(政治理論)は「議諭は民主主義の根幹を成す。議論の過程で幅広く意見をくみ上げることで、さまざまな立場の人に配慮した社会の仕組みができる。税金の使い道もそう。逆に言えば、首相が議論を避ければ、おのずと首相に近い人の利益ばかりが大切にされるようになる。いわゆる『お友達優遇』だ」と語る。
   山崎氏は「不健全な状況に対し、私たち市民は口をつぐんではいけない」と呼び掛ける。「黙っていれば『今のままで良い』となる。駄目なものは駄目だと声を上げ続けないといけない。ツイッターなどでもいい。現状に対する不満を可視化することが必要だ」


デスクメモ

   普段は論理が明快な話をする人がおかしなことを言うと、「あれ?」思う。いつも適当な話をしている人が変なことをロにしても「ああ、またか」になる。慣れは恐ろしい。首相の発言を聞く時は頭を空っぽにし、じっくりと考えないといけない時代になったのかもしれない。(千)


今日の話題3

続「安倍政権6年間の悪行・愚行」(62)

   「天皇制を問い直す」の二面の記事は四人の識者の論説を掲載した記事です。
   天皇制についての自分の考えを纏めるための参考論説として一応全部を転載しておくことにしました
   私としては最後のケネス・ルオフ氏の論説に一番大きな共感を持ちました。

日大名誉授ー憲法学 百地章(ももちあきら)氏(73)

皇位継承には不可欠 

 大嘗祭は皇位継承に伴う重要な儀式で、皇位の世襲制を採用する憲法のもとでは公的性格を認めることができるから、国費支出に憲法上の問題はない。政府も前回の御代替わりで検討し、そう結論づけた。
 憲法二〇条三項は、国の宗教的活動を禁止している。だが最高裁は国家と宗教の完全な分離はできないとし、判断の物差しとして目的効果基準を示した。この基準に照らすと、大嘗祭は皇位継承に不可欠な伝統儀式を行うことが目的で、効果も特定宗教の援助に当たらないから、憲法違反ではない。過去の関連訴訟はいずれも原告が敗訴した。
 大嘗祭の宗教色は否定できないが、公的性格のある伝統儀式という側面に着目すると、宮内庁が手伝うのは当然だ。そこには行為の二面性が認められ、天皇にとってはまさに宗教儀式だが、宮内庁職員にとっては伝統儀式をお手伝いするということになる。

国際基督教大名誉教授ー憲法学 笹川紀勝氏(79)

憲法20条に明白に違反

 大嘗祭に国費を支出することが重大な問題であるのは前回と変わらない。憲法の政教分離原則に違反する。今回も前例を踏襲して大規模にやったが、天皇がどうしても皇室の伝統儀式をやりたいのなら、小規模にして天皇家の私費である内廷費でやるべきだった。
 国家機関の宮内庁がすべてを丸抱えで取り仕切り、国家公務員の宮内庁職員が宗教儀式を全面的にサポートした。国の宗教的括動を禁じた憲法二〇条に明白に反する。皇室の伝統儀式といいながら、天皇の主体性もまったく見えなかった。
 天皇は即位にあたり、国民に寄り添い、憲法にのっとって責務を果たすと誓った。しかし、台風や洪水の被害で苦しむ国民がいるというのに、即位礼や祝賀パレード、大嘗祭や祝宴など天皇のためのお祭り騒ぎが続く。それは国民一人一人に寄り添う姿勢ではない。天皇は憲法の何を守ろうと考えているのだろうか。

大東文化大名誉教授ー日本古代文学 工藤隆氏(77)

宗教以前の土俗文化

 現皇室典範には大嘗祭への言及がないが、憲法は天皇の存在を別格にしているのだから、その天皇位を根拠づける大嘗祭への国費投入は容認されるべきだ。憲法は天皇家以外が天皇になれない理由を明示していない。天皇位継承の際の大嘗祭はその文化的根拠の儀礼的表現だ。
 大嘗祭は冬至の太陽復活呪術の上に、穀物の再生呪術と新天皇の誕生儀礼を重ね合わせたものなので、その基盤は縄文・弥生以来のアニミズム系の土俗文化にある。この〝宗教以前″の古層の部分には、政教分離規定の「宗教」をそのまま適用できない。
 経費を節減するのならば、核心の悠紀(ゆき)・主基(すき)両殿だけを、伊勢神宮の内宮(ないぐう)・外宮(げぐう)の正殿(しょうでん)よりさら素朴な、皮付き掘っ立て柱、茅葺(かやぶ)き屋根、高床式などで五日間で組み立てて、終了後に直ちに破却できるような建築に戻し、他の建物は縮減・省略すればよい。

米ポーランド州立大教授ー天皇制研究 ケネス・ルオフ氏(53)

建物に多額公費 問題

 政教分離の維持は民主主義の基本であり、日本はほぼこの原則を踏襲しているが、大嘗祭には問題がある。理解できないのは、いくつもの建物に多額の公費があてられることだ。そして明らかに宗教的な儀式なのに、その準備から実施にいたるまで大勢の公務員がかかわっている。
 このことだけでも政教分離はうやむやになってしまう。
 大嘗祭の原型となる収穫祭が始まったのは千年以上前だが、現在の儀式はほとんど明治時代の産物であり、伝統的というよりも、近代的なものだ。明治になって天皇はあらためて政治的、社会的、宗教的頂点に立つ存在と想定されるようになったが、戦後体制ではこの地位はもはや維持されていない。
 秋篠宮による小規模な大嘗祭提案は、皇室の伝統に沿っているだけではなく、戦後憲法体制にもかなっている。政教分離が厳密に守られることが望ましい。

今日の話題3

続「安倍政権6年間の悪行・愚行」(61)

   他の事で時間を取られてしまって、約二週間ほどもご無沙汰してしまいました。
   この間、天皇の代替わりを巡って仰々しい世相が続きいささかうんざりしていました。そのうんざりの中でもっともうんざりしたのが、安倍首相が「即位礼正殿(そくいれいせいでん)の儀」での天皇挨拶に続いて、「寿詞(よごと)」を読み上げ、万歳を三唱したことだった。
   が、この世相は「天皇制を問い直す」よい機会なのだとも思っていましたら、東京新聞((2019年11月12日))が一面と二面の「核心」欄でこの問題を取り上げていました。
   今回はまず、その問題提起の意味ということで、その記事の前書きを転載しておきます。

一面の前書き

天皇制の意味 問い直す時

 天皇陛下が14日から、代替わりに伴う重要な祭祀(さいし)「大嘗祭(だいじょうさい)」に臨まれる。皇位継承は126代に及ぶとされるが、天皇とはいかなる存在かを明確に語れる人は、どれだけいるのだろうか。天皇制にちなむ論考を多数発表してきた社会学者の大澤真幸氏(61)に、天皇制と日本社会について聞いた。 (聞き手・関口克己)

二面の前書き

大嘗祭 政教分離は

 大嘗祭(だいじょうさい)は宮廷費(国費)予算が24億円を超え、憲法の政教分離原則の観点から論議を呼ぶ。政府は平成の大嘗祭のときに法的問題はクリアし、決着済みとする。今回も明治以降に肥大化した大嘗宮の姿をほぼ再現し、戦後に廃止された登極令(とうきょくれい)の式次第に基づき宮内庁職員が全面的に儀式を支援した。令和の大嘗祭をどう考えるか識者に聞いた。 (編集委員・吉原康和、阿部博行)

  本文はそれぞれ長いので、今回は一面の記事だけを転載し、二面の記事は次回に転載することにします。

(一面の記事)

14日から大嘗祭 社会学者・大澤真幸氏に聞く

即位の儀式 崇拝心引き出すフィクション

 ― 憲法が「象徴」と定める天皇とは、どんな存在なのか。
     「国民は何のために天皇がいるのか分からずに、大事だと思っている。明治から敗戦までは、天皇のために国民は生き、仕事もしたが、戦後は天皇と無関係のシステムに切り替えた。象徴を定義せず、誰もが分かっているようにふるまうゲーム(情況)になっている。いずれにせよ長い間、天皇制が維持されてきたのは、日本にとってよほど必要だからだ」

 ― どう必要とされているのか。
     「近年の欧米は分断が進み、民主主義そのものが危うくなっているが、日本では民主主義が究極的に空中分解しないでいる。最低限の連帯感や仲間意識があり、それを壊してはいけない空気があるからだ。その要に天皇がいる。かつての左翼は『天皇制反対』と言うことが格好良さのようになっていたが、それも天皇制が存続する枠内での反対だった」

 ― 天皇制が続けば、日本は安泰ということか。
     「その日本人の空気は、血の純粋性といったゲーム(想定)で保たれてきた。しかし、日本もグローバル化を迫られる中、外から入ってくる人には、その思想的な根拠は分からない。最終的なよりどころは天皇だという生き方はグローバル化の足かせになる」

 ― 天皇制が排除の論理に転化するのか。
     「そうだ。世界に日本人しかいないのなら、天皇制がなぜ素晴らしいのか説明できなくてもよいが、日本人は世界の中で他の国の人々とともに生きようとしている」

 ― 世論調査では、多くの国民が皇室に好意を示す。
     「天皇制が素晴らしいのか、特に退位された上皇が人間的に素晴らしいのかが一体化していると思う」

 ― 十月の即位礼正殿の儀や大嘗祭は、「伝統」を強調している。
     「日本人から見ても神秘的に見えるが、どこまでが(歴史の上で)実際に続いてきた伝統なのかは分からない。天皇も普通の人間。儀式は、何らかの崇拝心を引き出そうとするフィクションにすぎない」

 ― 国民主権なのに、天皇制への賛否は、国民の間でもタブーになっている。
     「国民は、首相についてはいくらでも賛否を語れるのに、天皇制については多くを語れないという不思議さがある。破れない空気の壁になっている」

 ― タブーは破るペきだということか。
     「陛下よりも若い世代の男系男子の跡継ぎが、秋篠宮家の悠仁さましかいないことが心配されているが、まずは日本人の政治的な意思として天皇制を続けるのかどうかを決断すべきだ。必要としているのなら、自らの政治的意思で選択しているという自覚と覚悟が必要だ。このとき初めて、持続可能な制度への立て直しが本気で議論される。最悪は、皇室にお子さまが生まれず自然消滅すること。やめる時も、政治的意思に基づく決断によるべきだ」

 ― 政治的には、女系・女性天皇を認めるかどうかで議論が分かれている。
     「国民にとっての天皇とは何かが分からない前に、その議論をするのは順序が違う。女系・女性天皇に反対する人は、男のプライドというような自分の価値観を天皇制に投影している」

広目天の怒り
広目天

怒りは静に深く沈潜させ
より遠くまで射抜く眼差しとなせ。
その眼差しをもって
自由と民主を食い荒らす邪鬼どもの
あさましい心底を射抜き
踏みしだくまで反逆せよ
邪鬼